「ベーシックインカム(basic income、最低所得保障、以下BI)」に関する議論が、世界中でにわかに熱を帯びている。

BIとは「勤労するかどうかにかかわらず、国がすべての個人に無条件で一定の所得を支給する」というものだ。
2016年6月にはスイスでBI導入の是非を問う国民投票が行われた。提案の内容は「大人には月2500スイスフラン(約28万円)、子どもには625スイスフラン(約7万円)を支給する」。
結果は反対多数で否決されたものの、国内外から大きな注目を浴び、投票者の4分の1弱に当たる23.1%が賛成票を投じた。

また、世界各地で給付者を限定した形での給付実験が始まっている。フィンランドは今年1月、失業者2000人を無作為に選び、毎月560ユーロ(約7万円)を2年間支給する実験を開始した。支給されたBIは課税されず、仕事に就いて収入を得ても失業手当のように減額されることはない。

カナダのオンタリオ州は、今春から18〜64歳の低所得者4000人を対象にBIを実験導入している。実験は3年間で、単身者には年最大1万6989カナダドル(約140万円)、夫婦には年最大2万4027カナダドル(約199万円)が支給される。
「勤労と収入を切り離す」のが原点

ただ、BIの発想の原点は「すべての個人が、生活に必要な所得を無条件に得る」ことであり、生活保護のように収入などによる受給条件を想定するものではない。根幹に「勤労と収入を切り離す」ということがあるのだ。
スイスで導入のための運動を率いたエノ・シュミット氏

スイスでBI導入の運動を率いた映像作家のエノ・シュミット氏の考え方は明快だ。「そもそも勤労の価値は、稼いだおカネの額ではないはず。BIがあれば、収入を得ることにこだわらず、自分や社会にとって本当に価値があると思える活動に従事する自由が得られる」と主張する。

BIは決して新しいアイデアではない。すでに18世紀末、英国出身の哲学者トマス・ペインが「21歳になったら、成人として生きていく元手に15ポンドを受け取る」という制度を提唱している。1960〜70年代には欧米諸国で、家事労働への賃金を求める女性解放運動の中で要求された。

BIの歴史や制度を研究する同志社大学の山森亮教授は「時代や地域は違えども、人が人として尊重され、評価される社会のあり方を希求する中でBIが主張されてきた」と話す。

2000年以降、BIに関する議論が再び盛り上がりを見せている背景には、失業や貧困、格差の広がりがある。フィンランドの場合、失業率が8.8%と高止まりしており、特に若年層の失業が問題になっている。
北欧の政策に詳しい日本総合研究所の湯元健治・副理事長は、「社会保障は手厚いが、複雑化・多層化しており、どのような給付がもらえるのかがわかりづらい。BIに置き換えることで効率化できるかを確かめる狙いもある」と話す。

加えて近年は、AI(人工知能)の普及により従来型の雇用が奪われる可能性を指摘しつつ、BIの導入を訴える声もある。
著書『人工知能と経済の未来』(文春新書)でAI時代の経済政策のあり方を論じた駒澤大学の井上智洋准教授は、「AIの普及により多くの人が失業する時代には、生活保護のように(資力調査などによる)選別が必要な制度は行政コストがかさむ。包括的に全員を救済するほうが早い」と話す。

機械化によって労働生産性を引き上げた経営者が多額の報酬を得る一方で、雇用の機会を奪われる労働者が生じるということは、すでに日々世界中で起きていることだ。AIが導入されればそうした現象が一段と加速し、格差はさらに拡大するだろう。
ベーシックインカムの実現は難しい

しかし、対象を限定しないBIをすぐに実現することは極めて難しいだろう。
BI導入への課題は少なくないが、中でもよく議論されるのは、第1に、無条件でおカネをもらえるならば人々は働かなくなるのではないか、という勤労意欲の問題、第2に、すべての国民に食べていける最低限の額を給付するだけのおカネがあるのか、という財源の問題だ。

第1の勤労意欲の問題は、海外でも多く指摘されている。BI賛成派は、「収入を得るための活動だけではなく、ボランティアや地域貢献、家族のための労働など、本人にとって本当に価値があると考える活動に従事するようになる」と考える。

一方で、「働かざる者、食うべからず」という規範に慣れている人々には、嫌悪感を抱かせるかもしれない。BIは貧困層だけでなく富裕層にも給付する制度であるため、なおさら反感を買いやすい。
貧困対策としては、勤労を条件に貧困層に対して税額控除をする「給付付き税額控除」のほうがモラルを維持しやすいという声もある。

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