裁量労働制に関する厚生労働省調査に不適切なデータ処理があった問題で、調査に当たった労働基準監督官の男性が二十四日までの共同通信の取材に「一社当たりの調査時間を約一時間半とする内規に従ったが、(私の場合)十分な時間が取れなかった。結果的に調査がずさんになってしまった」と証言した。

この調査を巡っては、これまで不自然な数値が二百件以上見つかっているが、実際に担当した監督官が調査手法の不備を証言するのは初めて。全国約三百二十の労働基準監督署が一万一千五百七十五事業所を調査したが、不十分な調査の一端が浮かび上がった。

問題となっているのは「二〇一三年度労働時間等総合実態調査」。裁量制の拡大など働き方改革関連法案の一部は、この調査を踏まえた政府の審議会の議論を経て作成された。安倍晋三首相は全データの精査を指示しているが、調査全体の信頼性に疑義が生じれば法案そのものの正当性が問われかねない。

男性は一三年四月ごろ、東日本の監督署管内にある約十社を調査した。労使協定の内容や最低賃金などを確認する監督業務も行った上で、一般労働者の残業時間や裁量制で働く人の勤務時間など、多岐にわたる項目を聴取した。

内規で定められた約一時間半の間には、移動や報告書作成の時間も含まれ、調査には数十分しか割けなかった。一日で五社を回らなければならず、「まともに調べられなかった」と話す。

また、この調査では「その事業所で最も多くの従業員が当てはまる労働時間に属する人」を「平均的な人」と定義。うち一人を抽出して調べることになっていたが、正確に把握するには全従業員の労働時間を集計し、分布を調べる必要がある。

男性は「抜き打ち調査のため事前に必要な資料を準備している企業はなく、分布を調べることはできなかった。実際は単に『平均的な人はだれですか?』と尋ねていた」と明かす。

政府は、法案作成の過程で調査結果に基づくデータをたびたび利用。首相も国会答弁に引用した。

<労働時間等総合実態調査> 厚生労働省が実施する労働時間や賃金などに関する調査。政策検討の基礎資料とすることが目的で、直近では2013年4〜6月に、一般労働者の残業時間や裁量労働制で働く人の勤務時間などを調べた。全国に約4000人(15年度)いる労働基準監督官が企業を訪問し、労働条件の抜き打ち検査に併せて質問項目も聞き取る「調査的監督」という手法で実施する。
◆議論には再調査不可欠
<解説> 働き方改革関連法案の柱の一つである裁量労働制について、政府が法案作成に活用した調査そのものの正当性が揺らいでいる。データの不備が次々と発覚し、調査を担当した現場の労働基準監督官が不十分だったと証言した。厚生労働省は、現場が制約のある中で集めた数値を厳しく吟味しなかったのか。裁量制の是非を議論するには、十分に時間をかけた再調査が不可欠だ。

今回の労働時間等総合実態調査は、働き方改革に含まれる(1)中小企業の残業代の割増率引き上げ(2)裁量労働制の拡大−という二つの政策実現に向け、厚労省が現状を把握するために実施した。だが政府はデータを不適切な手法で比較。「長時間労働を助長する」と批判する野党への反論材料として国会で引用してしまった。安倍晋三首相らが「調査によれば」と言及し、答弁撤回に追い込まれた。

現場から上がってきた調査票には、一日の労働時間が「一時間」など極端な数字が並んでいた。野党からは「企業が都合の悪い数字を出せなかったのでは」との指摘も上がる。各地から報告を受けた厚労省の職員たちは疑問を感じなかったのか。この調査が労働者の実態を反映しているとは言えない。
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