【統計学】高校数学での統計学必修化は間違っている まったく異なる原理を持つ「数学」と「統計学」[03/05]
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2022年度から施行される新指導要領の案が公開され、高校の数学教育に携わる人々に激震が走っている。
最も衝撃的なのは、統計学が数学B(高校2年、理文共通)において事実上必修化され、
その割を食ってベクトルが数学C(高校3年、理系のみ)にはね飛ばされる、という変更点だ。
数学Bで必修化される統計学とは、「仮説検定」や「区間推定」などの「統計的推定」と呼ばれる方法論である。
これは小学校や中学校の統計の授業では学ばない、統計学の核心といって良い部分だ。
これまで普通は大学に入ってから学ぶものだった。
これについて、批判点は二つある。第一は、ベクトルが理系のみの学習で良いのか、という点。
第二は、統計学を数学で必修化するのは正しいか、という点。
筆者の意見では、第二の点は大問題であり、その意味で第一の点にも批判的とならざるを得ない。
■数学は「演繹的」、統計学は「帰納的」
ベクトルというのは、2次元や3次元の数を扱う代数の方法論だ。
確かに、経済学でもベクトルは必須の道具であるから、文系も学習したほうがいいという意見には同意できる。
しかし、ベクトルの計算自体は、そんなに難しいものではなく、
大学生になってから教わっても障壁が大きいわけではない。
むしろ、文系の高校生が数学という抽象的分野の中で教わるより、大学の経済学において、
経済現象という具体的なモデルをもって教わるほうがイメージよく理解できるように思える。
だから、文系にとってもっと有益な分野があるなら、ベクトルを排除しても仕方ないが、
統計学にはその価値はない。なぜなら、統計学は決して数学ではないからだ。
数学は「演繹(えんえき)的」な理論である。
これは、仮定から結論を、数理論理(「かつ」「または」「ならば」「でない」「すべて」「存在する」から展開される論理)だけで導く学問である。
だから、数学で証明された法則(定理)は常に正しい(真である)。
たとえ話で言えば、「すべてのカラスは黒い」を前提として、「だから、このカラスは黒い」を導くのが「演繹」である。
かたや、統計学は「帰納的」な理論である。
これは、観測された現象から「たぶんこうだろう」という推論を導く技術だ。
言い換えると、経験的な推論を行う理論である。
カラスのたとえで言えば、「これまで見たカラスは黒かった」を前提として、
「だからきっと、カラスというのはみんな黒いのだろう」という推論を行うのが「帰納」である。
したがって、統計学の結論では間違い(偽であること)が必然的に起きる。
このように数学と統計学は全く異なる性質の論理なのである。
続きはソースで
関連ソース画像
http://img.chess443.net/S2010/upload/2018022700003_1.jpg
WEBRONZA - 朝日新聞社の言論サイト
http://webronza.asahi.com/science/articles/2018022700003.html/ フーリエ解析
ベクトル解析
この辺も教えないといけないということですか?>>128 数学に入れるべきかどうかは別として統計は学んでおくべきだと思いますけども。
宝くじを買うのは無駄金だと言うことがよくわかるだろうし、
さも正しいように出てくる各種統計の「誤りの可能性」に気づけるようになることはとても大切でしょう。 >>123
証明に関わる中学から高校までのカリキュラムの大半は演繹できれいにできてるからね
言語ベース含めて今の論理はこれベースにできてるので容易に変えられない 統計学を実際に利用して何か別の分野で推定とかをする行為は帰納的かもしれんけど
統計学の理論それ自体は演繹的に求められるものだろ >>124
AIっつーか、回帰使うところでは、ベクトルで統計処理するんだけど・・・ >>1の記事は、統計学は、確率論を包含して発展してきたことを理由に
「まるで帰納的(だから非数学的)」、といってるようだな。
しかし確率論は、数学的に扱うための概念を導入して構築されている。
(その概念は、数十年前の記憶だが、中学の教科書にすら書いてある。)
つまり確率論は、その数学的概念がなければ、一寸たりと「論」じえない。
確率論も統計学も、比較的に適用の裾野が広く身近に感じられるため、
応用に注目されがちな分野だから、体系的に論じがたい事象の経験則的
方便、眉唾な帰納論、数の奇術(マジック)、などと思われがちなのは
確かだが、>>1の記事の主張は、公にするには浅はかすぎる。 時代が変わってきてるよな
もうベクトルの時代じゃないだろ
でも統計なんて物理と一緒に大学院までやらないと意味ねーよ
マスゴミや電通の統計処理やるならそれでいいけど
大学教養程度で統計を語られても困る
あとはやっぱ現実のダイナミクスの法則を見つける方が統計より断然強力 まあ眉唾の帰納でも大量のデータがあると役に立つってことが分ってきたからやるんだろ。
中途半端なデータしかないような分野では今までとそうたいしてかわらんけどな 統計学の検定なんかを文系にまで教える必要があるかは疑問
それよりも順列・組み合わせや確率の基本部分を高校生全員に必修にすべき
多くの人が騙されて詐欺の被害にあうケースの少なからずは確率に関して被害者が全くの無理解であることが原因の根底にある
順列・組み合わせは数学として高度な道具は必要なく四則演算だけで良く、有限母集団に関する確率の具体的な計算の基礎となる場合の数に不可欠だから
これも必修化すべき 数学じゃないかもしれないけど文系でも理系でも最低限知っておいたほうがいい知識ってことだろ
文系にもよるけど文系頭で間違って経済学部とか入ってもついていけないだろうし
その前に自分には無理なのか可能なのか高校で判断しとかないとな 数学の枠であろうがなかろうが
統計学を高校レベルで身に付けるべきなのは当然 >>5
今の時期、例に出すなら厚労省でしょうが。統計の前に偏見何とかしなさい。 >>1は何が言いたいのか、さっぱり判らない
ベクトルも理系には必要だけど、一般人にはベクトルより統計の方が
有用で必要な知識だよね
そして、数学で教えるのを批判してるけど、今の高校のカリキュラム体系じゃ、
科目として独立させるほどじゃないし、他に適当な押し込み先もないでしょ
統計を独立科目にするには、カリキュラム全体を細分化した
単位制にでもしないと無理じゃね
あと、>>1が想定してる数学って偏ってるんでしょうねw 数Bを半分にして「統計」って科目を入れれば万事解決?
単なる言葉遊びに見えるが。 高校数学にベクトル解析をはよ。
高校物理に特殊相対性理論と量子論(の数学的記述と実証事実)、
それから解析力学、熱統計力学、相対論的電気力学をはよ。
何百年の計があるか知らないけど。 内的要因(演算)←フィードバック(帰納)←外的要因(変化)
内的要因(演算)→アクション(能動)→外的要因(変化) ベクトルって、
・矢印を思い浮かべる人
・行列(その行ベクトル、列ベクトル)を思い浮かべる人
こう分かれるな
で、矢印止まりだと、ベクトルの応用の広さが分からないと >>1
数学でないならどの科目で学ぶの?
まさか独立した統計という科目つくるの? 数Cってほぼ全部やる数Vに比べて、実質2〜3割しか授業で扱わないからベクトルもどうなるのやら
固有問題などの行列式に至ってはベクトル抜きには語れないけど大学にたらいまわすの? 量子力学を認めなかったアインシュタインと一緒じゃないのかね
分からないものをある手段で理解しようとする姿勢もまた数学に必要なものだ つか全く無意味な古典とかなくせば解決する話
古典教師はクビでいい
体育も週1でよし、保健はレポート課題か総合的な学習の時間に少しやりゃ十分
芸術は夏休みに2週間集中講義でいい
カリキュラム効率悪すぎる
変化を恐れて外国に勝つ気ないだろ >>157
古典やらないと日本語の理解すらも難しくなるぞ。
和歌もみんな捨てることになるし、弊害がでかすぎる。
ついでにいうと、個人的には東北地方の方言の理解には必須。
音韻の変化とか転訛とか共通点が多い。
芸術は知識以外の運筆・音楽の発声や演奏・描画は習熟による
学習なので集中講義ではそれこそ無駄。
カリキュラムの効率が悪すぎるのは同意。微積なんかだらだら
やってもダメ。自分は独自に一週間で終わらせた。
地学もそう。気象と海洋と地球の地下なんてコリオリと対流と
ちょっとした物理法則で現象の半分以上説明できるのに、
なんで別々に学ぶのか。
どちらかと言えば理系の方が効率悪いな。 指導要領改定の度にこんな議論がおこるが、
覚える事が増えてるんやから修学期間を伸ばせや
就学年齢下げたら、待機児童問題も解決 >>160
>就学年齢下げたら、待機児童問題も解決
5才から小学校は考えても良いね。 >>160
歴史も科学も覚えることが増えまくってるもんな。 >>157
>>158
自分にとって都合の良いこと≠全体にとって効率の良いこと
効率化とは常に一部の非効率化を伴うもの これから益々用途が増していくAIを自在に構築するなら、統計できないとダメじゃね? 統計学・・・かつてナイチンゲールが既得権益を守ろうとする男どもを黙らせ、素人の女王を味方に付けるために駆使したというアレか 異なるのがイカンなら英語と数学同時に教えるのも問題なわけだな 基本的な考え方は共通している
文系分野の経済学や社会統計学がいい加減過ぎるだけ 統計学を理解しないとマスゴミの発表する内閣支持率や政党支持率に騙されるぞ。 実社会で必要なのは統計の知識
ベクトルなんて学者だけしか使わん 統計は人間の認知ととてもよく似てる
大多数のバカは偏見や差別そのものになる
統計って自分たちの間違った認知を数値化した気分になれるから安心できるんだろうね
統計学はバカの学問とはよく言ったものだね ベクトルが役立ったの、統計で次元削減とかのイメージがしやすくなるくらいだわ。 >>151
あれは多数の分子から成る物質や混合物が
その分子全体で平均してどんな運動量を持つから
これこれの物理量を持つだろう
って計算する分野だなあ
これを応用して、加熱した物体の温度を直接計れなくても推測することが出来る 共分散なんて計算しようもんなら
行列使いまくりだよ
ただし統計学って、その導出方法を知らない人でも
「あのパターンの事柄で帰無仮説を検証するならこの式!」って
丸暗記してるだけでもどうにかなっちゃうw >>175
>ただし統計学って、その導出方法を知らない人でも
正規分布、偏差値の概念ぐらいは、小学校ぐらいで教えても良いよ。
簡単だよ。凄い人は、少ない。 >>141
そもそもそういう人達は理解できないだろ >ベクトルというのは、2次元や3次元の数を扱う代数の方法論
この理解も間違ってる
高次,多変数代数のことではない
複数成分に分けるってのがベクトル 民主国家では統計学の知識は国民全体に必要。
官僚だけがデータを好き勝手にいじって国民を騙す時代は終わらせるべき。 >>149
死亡した人の100%は
水を飲んでいた ベクトルと統計どちらが大人になって使うかと言ったら後者だろうなぁ
恥ずかしながらベクトル演算を生活に役立てた記憶がない この記事を書いたの、小島寛之さんか。
まるで数学と科学はまったく別の分野だというようなもの。 よく対になっている確率論と統計学はまったく異質な分野? 文系馬鹿記者が意味も分からず数学にケチ付ける
>観測された現象から「たぶんこうだろう」という推論を導く技術だ。
アカヒの文系馬鹿記者は起きた事を追いかけるだけなので不必要だろうが
統計的に導くことは多くの産業で必要なスキルです。 ベクトルや行列は応用数学の基礎だからな。
用語や表現方法に馴染んでおかないと大学の教科書読むのに苦労する。 この人が言いたいのは、統計よりベクトルの方が価値があるということではないのだが…
現行過程でも統計は旧課程よりかなり強化されてて、平均値・中央値・最頻値・範囲などは義務教育で。
数Aでデータと分析として、箱ひげ図や四分位数・分散・標準偏差あたりをやる
これ以上上のレベル(正規分布とか二項分布)とかは現行過程でも数Bに入ってるけど、
大半の学校でベクトル・数列が選択されてて実質履修されていない。
で、今の数Bの統計を見てると、どう見ても数IIIの微積分をやってからでないと、苦しい
しかも、ベクトルは物理・工学でも使うし物理基礎は分離問わずほぼすべての高校が履修してる
だいいち、文理共通で線形代数から一つもないのはおかしいと思う。
行列なんかいまでは理系もやらなくなったし。 この人が心配してるレベルより現状の数学教育がずっと低いレベルだから問題ないと思うんだけどな
一次方程式すらわからん大卒多いし >>189
さすがに中学レベルはないやろ
といってみる >>188
昔、数Cで正規分布とか扱ってたことがあったけど
完全に数IIIの微積をやってることを前提とした内容だったな >>37
よく言った
やんややんや
日本は理数系の才能のあるものを育てるべきで
義務教育化をして勉強嫌いを増やす必要はない この国はすぐ結果を求めるから統計なんて応用に走る
基礎研究能力の低下が著しい ベクトルが数Cに入ったら数Cからなんか削減されるの?>>1 >>196
何も削除されない
数Cはベクトル、複素数平面、2次曲線になって
IIICのウェイトが重くなる 高度な軌道シミュレーション計算が必要なミサイル迎撃システムや
金融テクノロジー収益ビシネスモデル作り上げるのに統計学が大きくものをいう
アメリカは統計学を制するものが世界を制するという実証主義で、高校で数学のおまけで
早々と統計学基礎を学ばせて、大学では数学のおまけではなく独立して統計学専攻エリートを
しっかり育てて突き進んだ 論理的思考のためや、マスコミ等が出す統計モドキに騙されないためにも
統計学必修化は良いことだね
似非科学を弾くリテラシーの基礎にもなるし >>6
経済学は文系でいいと思うけどたびたび目にする
>>111みたいな無知をさらけ出して平然としている
ヤツには腹が立つ おれが100円で買った経済学の教科書では「切片が正の数値をとる」という説明を文学的に1/2ページ使って表現してあったぞ。
それは文系か理系かという問いではなく、文系ではいけないという社会的要求がるのではないかと思うよ 演繹と帰納ぐらい、誰でも理解してるだろ
で、帰納法を使うから、統計は数学に入れないっての?
理解できんな
文句をつけたいだけちゃうんか 統計による説明の影響力が大きいのに、それを故意にかアホなのか知らんが、間違った使い方をする輩がいるからだろ
統計の基礎ぐらいは、フツーに現代人として理解させておこうってことじゃねーの
ああ、これからはビッグデータとか扱うようになるしな
数学に入れるのが適切でないというなら、統計学という科目にしてもいいだろ 仮説検定ってうさんくさいよなあ
5%で切るって一体誰が決めたんだ
文系の人はベイズ統計をやった方がいいよ >>205
5%とかは分野によって全然違うよ。線引きの決め事だから科学じゃなくて政治みたいなもんだ
受験生全員が気にする偏差値は統計分野なんだけどなw
>>207
標準偏差とかは今は数Iで扱ってる
問題はΣが出てくる前に扱ってしまうことで
かえって理解しにくくなってしまってること 演繹と帰納がいまいち分からん。
自然科学は帰納主義?
でもカール・ポパーさんは演繹だって主張したんだよね? 時代遅れのネイマンピアソンじゃなくてベイズ統計やれよ いままで軽視されてたのは
核心中の核心である中心極限定理が
微積の先にあるからだろうな
>かたや、統計学は「帰納的」な理論である。
>これは、観測された現象から「たぶんこうだろう」という推論を導く技術だ。
>言い換えると、経験的な推論を行う理論である。
めちゃめちゃ怪しい論法だな、
文系の作文だから突っ込んでも言い逃れされそうだが。
文系風の本人はうまく逃げたつもりのw
まあ統計と言うか確率と言うか、掘ってくと測度とか出て来るからな。
高校でどこまで教えるかだな。
>>1は統計ってこういうもんだろ、って、
物凄く浅いところにしか到達してないのに全体を把握したつもりになってるけどw
帰納から推論する能力の方が現実生活では必要だよ。
誤差率も同時に教えれば問題ない。 40年くらい前は統計は数IIIの範囲だったようだな ベルヌーイは線形的な自然数理がなくても、現実の事象を数学で分析できることを明確に示したよ。 >>158
> 古典やらないと日本語の理解すらも難しくなるぞ。
> 和歌もみんな捨てることになるし、弊害がでかすぎる。
> ついでにいうと、個人的には東北地方の方言の理解には必須。
> 音韻の変化とか転訛とか共通点が多い。
だからそれを日本人全てに教える必要があるのか?という点が問題なのだよ
東北地方の方言や音韻変化を日本人全員が知っていなければならないというのは明らかに間違い
和歌は知っていれば楽しめるが、和歌を知らねば人生をおくる上で困るかと言えばほとんどの人は困らない
だから例えば古文や漢文は選択にすれば良い
また国語そのものも小説や詩などの文学(という言い方は間違いで文芸と呼ぶべき)を延々と教えるよりは
日本語を使って論理的に考えを述べ書きまた相手の主張を論理的に読み取る訓練をすべき
つまり道具としての日本語教育に徹するべきなのだ
文芸作品の観賞は芸術として音楽や美術と同様の科目として設置し教えれば良い
今の教育の最大の不幸は文芸作品の観賞ばかりで日本語を使って論理的に読み書きし考えを述べる訓練を全く欠いている点
かつて文化庁長官だった三浦朱門が妻の曽野綾子の言として「二次方程式の根の公式など今まで必要となったことがない」という発言を紹介し
そんな事柄を全ての高校生に教えるのに疑義を挟んだわけだが、それを言うならば、小説家や詩人や文芸出版編集に携わらない限りは
古文や漢文を知らなくても人生で困ることはない、もちろん人生が貧しくなる可能性はあるが(それは古文漢文に限らず音楽や絵画でも同じ)
それから統計学を教えるならば確率を知らねば意味がない、そもそも確率の概念を知らずして統計検定など教えられても理解不能だ
危険率5%で有意などと言われても確率を教えられていなければ何のことやらさっぱり理解できない(理解できる人間こそ異常とさえ言える)
だから直感的に理解しやすい母集団が有限な場合の確率を教え、そのためには場合の数として順列・組み合わせを教えておくべきなのだ
実際、順列・組み合わせや有限集合上の確率は数学的に何も高度なものはなく素直に理解できる
単に見落としをしやすいだけだ(順列・組み合わせの具体的な問題を解く際に)
そして有限集合上の確率を基にして統計の概念を教える必要がある
統計学とは本質的には確率の応用なのだから、大元の確率を教えずして統計など理解できない >>215
誤差や安全係数は学生が学ぶことはできない。
現実の数字は業務の1から100まで通しでやる以外に実感として理解できないものだから。 >>14
実用性はわかった
しかし
数学の実用性と思っているところが東大でも文科なんだなというところ
文系は、高校時点で理数系科目なんて全部選択でいい。
大半が、高校出たら二次方程式すら解けなくなる。
そういう連中は元々全然興味が無く、やる気も無い。
文系が数学をやるのは必要性を実感してからでいい。
志望校の入試にあってそれを選択するつもりなら
意欲を持って学習するだろうから、
そういう生徒用に選択の道を残しとけばいいし、
大学行ってから真剣に取り組む必要を感じたならそこからやれば良い。
文系の理数科目なんて、理系の古文漢文の類さ。
押し付けてやらせても大して身につかんし役にも立たん。
微積も線形代数もない統計とか無理だから
結局、コンピューターシミュレーションで
なんとなーく分かった気にさせるしかない
そういうのは受験数学にしようがないし、
手抜き教師は面倒くさがってやらない 「数理統計学」などとわざわざ頭に「数理」と付けることがるように、統計には数学に含まれない部分もある ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています