■■■■■ アンパンマン総合スレッド ■■■■■
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都こそかゝる夕はしのばるれ愛宕ほてるも灯をやともすと すると僕の隣へ來て、「二十年前の日本と今日の日本とは非常な相違です」 幾山河さすらふよりもかなしきは都大路をひとり行くこと その人はシイメンのタイプに屬さない、甚だ感じの好い顏をしてゐた。 憂しや恋ろまんちつくの少年は日ねもすひとり涙流すも かなしみは君がしめたる其宵の印度更紗の帯よりや来し 二日月君が小指の爪よりもほのかにさすはあはれなるかな ともしびも雨にぬれたる甃石も君送る夜はあはれふかゝり ときすてし絽の夏帯の水あさぎなまめくまゝに夏や往にけむ と、その人は、醉はない者にはわからない熱心さを以て、僕の杯と自分の杯とに代る代る酒をつぎながら、大分獨りで氣焔をあげた。 が、生憎僕もさつきから、醉はない者には解らない眠氣に襲はれてゐた所だから、聞いてゐる中にだんだん返事も怪しくなつて來た。 それがどうにか、かうにか、會話らしい體裁を備へて進行したのは、全く僕がイエスともノオともつかない返事をして、巧に先方の耳目を瞞著したおかげである。 その瞞著した相手の憂國家が、山本大尉とわかつた今になつて見ると、默つてゐるのも可笑しいから、白状してしまふが、僕には、二十年以前の日本と今日の日本と、何がどうちがふんだか、實は少しも分らなかつた。 尤もこれは山本大尉自身も醉がさめた後になつて見ると、あんまりよくは分らなかつたかも知れない。 そこで好い加減に話を切りあげて、僕は外の連中と一しよに、士官室をひき上げた。 外では暗い空と海との間に榛名の探照燈が彗星のやうな光芒をうす白く流してゐる。 僕はハンドレエルにつかまつて、遙か下の海面を覗込んだ。 「かうやつて下を見てゐると、ちよいと飛込みたくなるぜ。」 するとMはそれに答へないで、近眼鏡をかけた顏を僕の側へ持つて來ながら、「おい、俳句が一つ出來た」 さうしてもう一度海を見て空を見て、それから靜にケビンへ寢に下りて行つた。 エレヴエタアが止つたと思ふと、先へ來てゐた八田機關長が外から戸を開けてくれた。 その開いた戸の間から汽罐室の中を見た時に、僕が先づ思ひ出したのは「パラダイス・ロスト」 かう云ふと誇張の樣に聞えるかも知れないが、決してさうではない。 眼の前には恐しく大きな罐が幾つも、噴火山の樣な音を立てて並んでゐる。 その狹い所に、煤煙でまつ黒になつた機關兵が色硝子をはめた眼鏡を頸へかけながら忙しさうに動いてゐる。 うつゝなきまひるのうみは砂のむた雲母のごとくまばゆくもあるか 八百日ゆく遠の渚は銀泥の水ぬるませて日にかゞやくも きらゝかにこゝだ身動ぐいさゝ波砂に消なむとするいさゝ波 それが皆罐の口からさす灼熱した光を浴びて、恐ろしいシルエツトを描いてゐる。 しかも、エレヴエタアを出た僕たちの顏には、絶えず石炭の粉がふりかかつた。 むらがれる海女らことごと恥なしと空はもだしてかゞやけるかも 僕は半ば呆氣にとられて、この人間とは思はれない、すさまじい勞働の光景を見渡した。 うつそみの女人眠るとまかゞよふ巨海は息をひそむらむかも その中に機關兵の一人が、僕にその色硝子の眼鏡を借してくれた。 荘厳の光の下にまどろめる女人の乳こそくろみたりしか それを眼にあてて、罐の口を覗いて見ると、硝子の緑色の向うには、太陽がとろけて落ちたやうな火の塊が、嵐のやうな勢で燃え立つてゐる。 いさゝ波かゞよふきはみはろばろと弘法麦の葉は照りゆらぎ それでも重油の燃えるのと、石炭の燃えるのとが素人眼にも區別がついた。 きらゝ雲むかぶすきはみはろばろと弘法麦の葉は照りゆらぎ 雲の影おつるすなはちふかぶかと弘法麦は青みふすかも ここで働いてゐる機關兵が、三時間の交代時間中に、各々何升かの水を飮むと云ふのも更に無理はない。 雲の影さかるすなはちはろばろと弘法麦の葉は照りゆらぎ すると、機關長が僕たちの側へ來て、「これが炭庫です」 さうしてさう云ふかと思ふと、急にどこかへ見えなくなつてしまつた。 昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合っていました。 よく見ると、側面の鐵の板に、人一人がやつと這ひこめる位な穴が明いてゐる。 「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」 そこで僕たちは皆一人づつ、床を嘗めないばかりにして、その穴から中へもぐりこんだ。 亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草へ火をつけました。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています