川崎製鉄とNKKの統合により誕生したJFEグループのトップとして、鉄鋼業界の国際的な再編のなかで経営を指揮、その後NHK経営委員会委員長や東京電力会長を歴任したプロ経営者でもある數土文夫さん。製鉄所のエンジニアとして技術畑を歩み、やがては経営の道へと進むなかで、歴史や中国古典を座右の書に「人間学」を学び、財界きっての教養人としても知られる。そんな數土流マネジメントの流儀の一部と、リーダーのための組織運営の知恵をご紹介しよう。(第3回/全3回)

中略
組織運営に関してもう少し言えば、私にはよいリーダーになるために、30代くらいから心がけていたことがあります。

 部下に対してどんな厳しいことを言っても嫌われない上司、上司に対しては、どんなに反対の意見を述べてもその上司に嫌われない部下になろう、ということでした。

 そうなるには、あらゆる人に対し、誠実に接しなければなりませんが、リーダーたる者、どうしたって、叱らないといけない場面が出てきます。

 その場合、大切なのは、人前で叱るということです。

 こう言うと、「幕末の侠客、清水次郎長は人前で子分を怒らなかったという。子分にも体裁というものがあるから、そのやり方のほうがいいのでは」と言う人がいます。「褒めるときは人前で、叱るときはこっそりと」というわけです。

 まったく違います。次郎長は類いまれな義侠心はあったのでしょうが、これが実話だとしたら、リーダーとしては失格でしょう。千人の子分がいて、それぞれが同じミスを繰り返したとしたら、千回、怒らなくてはいけないことになる。それでは身体がいくつあっても足りません。浪曲のつくり話です。

 そうではなくて、部下が間違ったことをしたり、見当違いのことを言ったりしたら、皆の前で怒るべきです。それをやっておけば同じミスを犯す人が出なくなります。

 逆に褒める場合は、人前ではなく、こっそりやらなければならない。他の人が妬むからです。

■「人を叱るときは衆目の前で」

 雷を落とす場合は、やり方も重要です。要は、叱る前に褒める。

 私が電力会社の会長だった頃の話です。自信満々に仕事をしている人がミスをしていて、怒らざるを得ないことがありました。「人を叱るときは衆目の前で」が私のルールですから、会議の場でそのことを話題にしようと考えました。

 会議を設定し、その3日前のことです。本人の職場にわざわざ赴くと、「会長、どうしたんですか。わざわざこんなところまで来ていただいて」と言うので、「ある人から聞かされたんだけれど、君は非常に優秀で、よく頑張っている。私も常日頃からそう思っていたから、そのことを伝えに寄ってみたんだ」と。

 それを聞いた本人は、「いやいやそんなことはありませんよ」と否定しながら、喜色満面でした。

 そのうえで3日後の会議で大きな雷を落としたわけです。

 同席者は真っ青になり、「あんな叱られようをしたら、あいつはもう駄目だ」と心配したのですが、当の本人は私の思惑通り、けろっとしていました。「今日は叱られたけれど、会長は3日前に私の席まで来て褒めてくれた。あれが本当の評価だろう」と思ったに違いありません。実際、彼は優秀な人でした。

 また、人を褒めるのは「陰でこっそり」がルールですが、あえて破る場合もあります。とりたてて功績はないのだけれど、長く働いてくれている部下がいて、ちょっと勇気づけたいと思ったとしましょう。その社員が気の利いた発言をした場合、「いま、いいことを言ったね。いいね」とベタ褒めするのです。周囲は単なるお世辞だと悟るかもしれません。でも本人は違うでしょう。その夜、床に入る時、にやっと笑いながら心穏やかに眠りに入るはずです。「部長はやっと俺の力を認めてくれた。もう少し頑張ってみるか」と。

こんなことも、人間学の要諦、中国の古典には山ほど書いてある。リーダーとして人の上に立つ者であればなおさら、これらの叡智を学ばずにおくのは、まったくもって惜しい、勿体(もったい)ないことです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191223-00031519-president-life