内閣官房の教育再生実行会議(座長・鎌田薫前早稲田大学総長)は2019年5月17日、人工知能(AI)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)などを技術の進展に合わせて様々な分野で使いこなせる人材の育成策を盛り込んだ第11次提言を取りまとめ、安倍晋三首相に提出した。

大学では「文系・理系の垣根なく全ての学生がAI、数理、データサイエンスの基本的な素養を身に付けるよう」に、国は大学の全学生が教育を受講できる環境づくりを目指すとした。このため国が産業界と協力し、教育プログラムの認定制度を創設するとしている。高校では「確率」「統計」に加え「行列」などAIやデータサイエンスの理解に不可欠な数学を確実に学べるよう検討を進める。

変化の背景に政府の「AI戦略」
 2019年1月に同会議が公表した中間報告には、国による認定制度や「行列」の履修などの項目はなかった。この変化の背景にあるとみられるのが、政府の統合イノベーション戦略推進会議が2019年3月に取りまとめた「AI人材を年間25万人育成」をうたうAI戦略の有識者提案だ。

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 AI戦略案は、年間約50万人が卒業する大学生や高等専門学校(高専)生全員に、文理を問わず初級レベルの数理、データサイエンス、AI教育を課すとしている。このうち約25万人について、それぞれの専門分野でAIを応用できる人材に育成する。日本における大学・高専の理系学生のほぼ全てと文系の一部を「AI人材」に仕立てる考えだ。優れた教育プログラムを国が認定する制度についても提言した。

 ただし同戦略案は「年間25万人育成」という規模の大きさに加え、特に近年のAI関連イノベーションの中核である深層学習について、高校の学習指導要領との整合性に課題があった。

 例えば2012年度高校入学以降は「データの分析」が必修になった一方、「行列」が削除された。2022年度からはプログラミングやデータ活用を扱う「情報T」が必修となる一方、「ベクトル」が文系の必修から削られる予定だ。行列とベクトルは、いずれも深層学習の具体的な演算を学ぶのに必要な概念である。

 今回の教育再生実行会議の第11次提言は、こうした点を前提に「データサイエンスやAIを理解する上で必要となる確率・統計、線形代数等の基盤となる『行列』等の考え方を高等学校段階で確実に学ぶことができるよう、効果的な指導方法等について検討を進める」としている。
 
 さらに、これまで10年に1度改訂していた学習指導要領を技術の進展に応じて柔軟に変更できるよう、学習指導要領の一部改訂や教科書の一部訂正などの制度の活用を推進するとした。

 教育再生実行会議には、AI戦略案を策定したソニーコンピューターサイエンス研究所の北野宏明社長が有識者として名を連ねるほか、同会議の技術革新ワーキング・グループにはヤフーの安宅和人CSO(チーフストラテジーオフィサー)が参加し、ベクトルや行列を含む線形代数の重要性について述べている。こうした意見が第11次提言に反映されたとみられる。
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