ノルウェーは、雪と雨による豊富な水と、フィヨルドの地形を生かし、国内電力の約98%を水力発電が賄う。つまり、各国が四苦八苦している発電での脱炭素化はほぼ実現済み。パリ協定(温暖化対策の国際枠組み)は今世紀後半に世界全体で実質的なCO2排出をゼロにする「カーボンニュートラル」の達成を目指すが、ノルウェー政府の目標時期はなんと2030年だ。

発電部門での脱炭素化をほぼ終えているノルウェーにとって、目下の課題は輸送部門でのCO2削減だ。EVに続けとばかり、ある輸送部門の電動化計画が今年1月に発表された。ノルウェーを飛び交う航空機である。

公表したのは、ノルウェー国内45空港を運営する国有企業アビノール。そのCEO(最高経営責任者)、ダグ・ファルクペテルセン氏はノルウェー空軍でF16戦闘機の、スカンジナビア航空(SAS)でボーイング767の操縦桿をそれぞれ握ったパイロット。現在もプライベート機の操縦資格を持つヒコーキ野郎だ。そのファルクペテルセン氏は「2040年までに国内路線のすべてを電気航空機にする」と自信たっぷりに語る。

アビノールが初オーダーした電気航空機が、スロベニアのピピストレル社製「アルファ・エレクトロG2」だ。

2人乗り、約1時間の満充電で航続距離は約130キロメートル。今年4〜6月期に納入され、テスト飛行する予定だ。「重量制限は1人80キログラムで、人によってはダイエットが必要だ」とファルクペテルセン氏は笑う。

ただ、同機はデモンストレーションの側面が強く、同社によると、より重要な航空機は別にあるという。欧エアバス製(独シーメンス、英ロールス・ロイスとの共同開発)と、ボーイングが出資するスタートアップ企業ズナムエアロ製だ。

両社の特徴は、12〜19座席程度の短距離用ハイブリッド電気航空機を開発することだ。「200〜300キロメートルなら純粋な電気駆動が可能。発電機でバッテリーにチャージすれば、1000キロメートル程度に航続距離を延ばせる。2025年までには商業航路でのテスト飛行を始める予定だ」(ファルクペテルセン氏)。さらに、2030年までに初の電気航空機の商業航路を開設し、先述のように2040年までにすべての国内線を電化する計画である。

バッテリーが重いため、電気航空機は短距離から始めざるをえない。その点、アビノールは有利だ。日本と同程度の国土面積であるノルウェーは、ほとんどが短距離路線だからだ。道路や鉄道の発達が遅れ、人口の3分の2が空港まで1時間以内の場所に住む。ノルウェー西部、北部に至っては人口の3分の2が空港の30分圏内に住んでいる。26空港は短距離用滑走路しか持たず、電気飛行の範囲に収まる40〜170キロメートルの国内路線が40以上もあるという。

欧州において、僻地や離島向けなどで補助金により維持される「PSO(公共サービス輸送義務制度)路線」も抱えるノルウェー。電気航空機は、少ない乗客でありながら運航コストを半減できるとみられており、その利点が生かされそうだ。

拠点空港を経由する「ハブ・アンド・スポーク」の形態を取らず、中小空港同士を直接結びやすくもなる。仮に直行便化され、かつ航空チケットも半額になるとなれば、顧客のメリットは計り知れない。SASとその関連会社でノルウェー国内路線を展開するヴィデロー航空が電気航空機の導入に意欲満々で、アビノールと二人三脚で商業路線化が進みそうだ。

エンジン2機よりもリスクが小さい

電気航空機の安全性についても現役パイロット=ファルクペテルセン氏のお墨付きだ。「電気航空機はたとえば、両翼で計20のモーターで動くなら、仮に1つが故障しても5%の損失に過ぎない。万一、2〜4個のモーター故障でも支障はない。燃えやすいジェット燃料で動くエンジンを2つしか持たない今の航空機よりずっと安全なのは明らかだろう」

アビノールは2030年までに空港での燃料供給の30%をバイオ燃料にする目標も打ち出している。電気航空機では、ハイブリッド機が先行する見通しで、「われわれのハイブリッドソリューションとしては、ジェット燃料かガソリンか、あるいは水素(燃料電池)の供給か、まだ決まっていない」とファルクペテルセン氏は言う。
気になるのは、こうした流れに対する日本企業の動向だ。アビノールは、パナソニックやトヨタ自動車はバッテリー分野で期待しているというが、より航空機に近いところでは日本企業の名は聞かれなかった。考えてみれば、三菱重工業が社運をかけて開発する短距離小型航空機「MRJ」はジェットエンジンだ。世界最先端の環境立国ノルウェーと比べるのは酷かもしれないが、彼我の差を感じざるを得ない。

http://toyokeizai.net/articles/-/213939