理化学研究所(理研)数理創造プログラムの横倉祐貴上級研究員らの共同研究チームは、量子力学[1]と一般相対性理論[2]を用いて、蒸発するブラックホールの内部を理論的に記述しました。

本研究成果は、ブラックホールの正体に迫るものであり、遠い未来、情報[1]を蓄えるデバイスとしてブラックホールを活用する「ブラックホール工学」の基礎理論になると期待できます。

近年の観測により、ブラックホールの周辺のことについては徐々に分かってきましたが、その内部については、極めて強い重力によって信号が外にほとんど出てこられないため、何も分かっていません。また、ブラックホールは「ホーキング輻射[3]」によって最終的に蒸発することが理論的に示されており、内部にあった物質の持つ情報が蒸発後にどうなってしまうのかは、現代物理学における大きな未解決問題の一つです。

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■研究手法と成果

共同研究チームは、蒸発の効果を最初から取り入れて、物質が重力でつぶれていく過程を理論的に解析しました。

球状の物質でこの過程を考えてみましょう(図1A)。連続的に分布した球状物質を、たくさんの球状の層の集まりと見なします(図1A1)。各層は、多くの粒子から成るはずです(図1A2)。その中の一つの粒子が重力により引かれ、中心に落下している様子を考えます(図1A3)。その重力は、粒子より内側にある物質のエネルギーによって決まります。そのエネルギーに相当するシュワルツシルト半径(図1A3の赤い破線)は、ホーキング輻射によりエネルギーが減っていくために時間とともに小さくなります。このとき、落下してきた粒子がシュワルツシルト半径の近くまでやってくると、落下と蒸発の効果が釣り合って、蒸発が先に生じている分だけ、粒子はシュワルツシルト半径に届きません(図1A3)。その結果、粒子はシュワルツシルト半径を通り越さず、そのわずかに外側のある所に近づいていきます。

これと同じことが球状物質のあらゆる所で生じ、この物質全体は収縮して、中身の詰まった高密度な物体ができあがります(図1B)。特に、最も外側の層を成す粒子たちは、全エネルギーに相当するシュワルツシルト半径のわずかに外側の所に近づいていくため、それがこの高密度な物体の表面になります。このイベントホライズンを持たない高密度な物体がブラックホールです。表面の半径とシュワルツシルト半径の差がわずかであるため、外からは、これまで考えられてきたブラックホールのように見えます。そして、非常に長い時間が経過した後、最終的には蒸発してしまいます(図1C)。

物質の量子力学の効果を取り入れたブラックホールの形成と蒸発の図

図1 物質の量子力学の効果を取り入れたブラックホールの形成と蒸発
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重力でつぶれていく球状物質の内部を表す時空計量[2]と波動関数[1]を、物質の量子力学の効果を含むアインシュタイン方程式である「半古典的アインシュタイン方程式[4]」の解として構成したところ、上記の描像が示されました。その解には特異点[5]は現れず、また、真空の量子力学的効果により発生した大きな圧力が物質を支えていることが分かりました。

図1のAからBは、重力が極限的に強くなり物質が「凝集する」過程であり、それは水分子が水蒸気(気体相[7])から水(液体相)になる過程に似ています。また、BからCの蒸発過程は、逆に水が水蒸気に変化することに相当します。この現象は、万有引力により全ての物質に対して普遍的に生じます。その意味で、ブラックホールとは、あらゆる物質が強い重力下で極限的にとる状態、すなわち「ブラックホール相」だといえます。

この解では、物質がブラックホール内部にどのように分布しているのかが分かるため、その情報(波動関数)がどこにあるのかを特定することができます。実際に、情報が内部で取り得るパターンの総数(情報量、エントロピー[8])を調べると、それは熱力学[8]から導かれる結果「ベッケンシュタイン・ホーキング公式[9]」に一致します。これは、本研究で得られたブラックホールの内部構造が、これまで知られていたブラックホール外部の振る舞いと整合的であることを意味しています。

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