「人は万物の霊長である」。中国の古典、五経の一つ「書経」には、ありとあらゆるものの中で人間が最も優れていると記されている。しかし、ヒトとDNAの塩基配列が約98・8%同じチンパンジー研究の第一人者、京都大学高等研究院特別教授の松沢哲郎さんは、「人間は特別だと思いたがる、自己中心的な世界観を持ちやすい生き物。どの生き物も特別です」とばっさり。では、人間らしさとは何か、ヒトとチンパンジーを隔てるものは何なのか。

――人間は特別な生き物なのでしょうか?

 「人間は、特別だと思いたがるんじゃないですかね。人間という2文字を取り去って、日本人と入れるとよく分かると思います。自己中心的な世界観を持ちやすい生き物なんです。一直線の進化のフロントランナーに人間がいるみたいな誤解をしているわけですよね。今生きているものはみんな約38億年の命をつないできたんです。どの生き物も特別ということが分かっていれば、人間も特別なんですよ」

 「私はチンパンジーも『1人、2人』と数えます。ヒト科だから。ゴリラ、オランウータンも含め、ヒト科は4属だということを、心に深く留めて下さい」

 ――しかし、秀でた知性があるのが人間ではないですか。

 「素朴な信念にとらわれていますね。野生のチンパンジーも種を石で割るなど道具を使いますが、それを知っても『上手ね』としかならない。驚きを持ってしか、人は理解できません。1977年に京都大学霊長類研究所に女性のチンパンジーのアイがやってきました。息子アユムはランダムに並んだ数字九つの位置を0・5秒で覚え、各数字を四角形で隠しても、小さい順から触っていきます。瞬間記憶は人間より高い力を持っている。人間中心的な世界観への決別となりました」

――なぜチンパンジーが研究対象なのでしょうか。

 「人間だけを見ていても、人間のことは分かりません。DNAの塩基配列が約98・8%まで同じで、約500万〜700万年前に共通祖先から分かれたチンパンジーとの比較で、人間が分かります」

 「例えば、人間の赤ちゃんの寝る姿勢のことなんて、誰も考えないでしょう。ところが、仰向けで寝るチンパンジーの赤ちゃんはいない。チンパンジーの赤ちゃんは、仰向けにすると、右手と左足が上がっちゃう。オランウータンもそうです。もがいているわけですね。樹上で暮らす霊長類は子どもを産み落としてはいけません。産むと同時に、子どもがお母さんに手でしがみつき、樹上でいつも母子が密着しています。人間は進化の過程で、木から地面に降りた。森を出てサバンナを歩くようになって、枝をつかむ四つの手から地上を歩く2本の足をつくった。地上で寝るようになり、お母さんと赤ちゃんが離れたのでしょう」

朝日新聞デジタル

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