【歴史学】東大研究チーム (松前藩から)アイヌ宛て最古の古文書 ロシアで発見

1しじみ ★2018/01/11(木) 00:12:34.33ID:CAP_USER
〈当時の松前藩から漂流船扱いなど指示〉

 江戸時代後期の1778(安永7)年に当時の松前藩から北海道東部のアイヌ民族の有力者に宛てた文書の原本が、
ロシアのサンクトペテルブルクに残されていた。
東京大史料編纂(へんさん)所などの研究チームの調査で見つかった。
240年前に松前藩からアイヌ民族に手渡された最古のオリジナル文書とみられ、
アイヌ民族とロシアとの接点を示すものとしても注目される。

 文書は松前藩の「蝦夷(えぞ)地奉行」から、
根室半島先端に近い「ノッカマップ」(現在の北海道根室市)を拠点としていた
アイヌ民族の有力者「ションコ」に宛てたもの。交易に使われる施設の「運上小家」の火の用心に努めよ
▽和人の漂流船が漂着した際は、この文書を見せて介抱の上、送り届けよ−−など4項目を「定(指示)」とし、
背いた者は厳罰に処すとしている。

 文書は東京大史料編纂所などの研究チーム(代表、保谷徹・東京大史料編纂所教授)が
2016年10月、ロシア国立サンクトペテルブルク図書館で発見した。
松前藩の文書は幕末や明治初期の混乱などでほとんど残っていないため貴重だ。

 共同研究者で北海道博物館の東俊佑(あずま・しゅんすけ)学芸主査(近世史)は
「原本としては最も古いものとみられる。
発見の経緯から、鎖国の時代にアイヌの手から蝦夷地を訪れたロシア人に文書が渡り、
それがロシアで見つかったことになる。その点に意義がある」と話している。

 この文書から11年後の1789年、過酷な労働環境などに不満を持ったアイヌ民族が蜂起し、
和人71人を殺害した「クナシリ・メナシの戦い」が発生。
弓矢の名人でもあったションコは戦いを終息に導いた一人として、
松前藩家老で画家の蠣崎波響(かきざきはきょう)の「夷酋(いしゅう)列像」(12枚)の1枚に描かれている。

画像:蠣崎波響が「夷酋列像」で描いたションコの肖像画=フランス・ブザンソン美術考古博物館所蔵、
北海道博物館特別展「夷酋列像」図録から
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2018/01/11/20180111k0000m040112000p/7.jpg

毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180111/k00/00m/040/110000c

2名無しのひみつ2018/01/11(木) 00:27:11.25ID:kEHIK+N/
まーーーーーーーーーーーた アイヌかわいそう史の始まりだよー
日本を貶めるほどお金がもうかるよーーーーーーーーーーーーーーーー
自民党も左翼も学者もメディアも全部おなかま
税金からどれだけ搾取できるか票になるか
汚い汚い北の差別利権のはじまりだよー

3名無しのひみつ2018/01/11(木) 00:49:09.63ID:yfbnGwR7
結婚する前に知っておくべき10の事実
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4名無しのひみつ2018/01/11(木) 19:17:13.04ID:Xz9/SyF/
歴史の捏造はテロ行為である

5名無しのひみつ2018/01/13(土) 17:39:55.10ID:MrfTI0Je
>>4
根拠なく捏造と決めつけてる、お前がテロリスト

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