「水槽の中の魚が泳いでいられるのは、絶えず誰かが管理しているから。魚はそんな事を知らないし、知る力もない。魚はそれでいいの」

何も見えない真っ暗闇だった。
そして脳が焼けそうなくらいに熱かった。

(眼球を抉られている)

それを意識するとまた身体が震え出す。
せっかく忘れる事で落ち着いていられたのに!
またしても脂汗が湧き出し、脳がやかましい警鐘をあげる。
そんな事をしても雁字搦めにされた身体は動かないというのに、私は何度繰り返せば学習するのだろう。

せめて痛みを和らげようと全身が空気中の××××をかき集めようとするが、それは私の周囲のどこにもない。
水を抜かれた水槽の中の魚のように、パクパクと無意味なエラ呼吸を繰り返すだけなのだ。

「だからね、管理されている魚は水槽の外を知らない、知ってはいけないの。水槽の中の自分たちを、水槽の外の管理者がどう思ってるかなんて」

「ましてや、水槽の外の叡智を水槽の中に盗み出そうとするなんて、論外だよね」

楽しげな女の声が私の耳を刺激し、脳に何かを伝えようとしているが、私の脳は重要な感覚器官の喪失に手一杯な様子で、何を伝えられようとしているのか全く理解が追いつかないでいた。
ただ一つ理解しているのは、私のすぐそばにいるはずのこの女に、私は温厚な感情を抱いてはいられないという事。

「@#※♯!!!」

理性を失い本能だけがフル稼働している脳髄が、母国の、私の知る限り最も汚らわしい言葉を口走らせる。
女に言葉の意味が伝わるかどうかすらもわからない、ただ単純に本能が相手を許してはおけないと声高に叫ぶのだ。

もはや私の管理から外れた声帯が繰り返しおぞましい言葉を羅列していく。
自分の声帯の震えばかりが鼓膜を揺らしている為に、私はこの暗闇しか見えない、それも見えてすらいない訳だが、この部屋に新しい誰かが入ってくるのを察知できなかった。

「パティちゃん、お待たせ」

「遅いよティア〜。さっきからウルサくてウルサくて、いい加減気管をくり抜いてやろうかと思ったよ〜」

かつてまだ私の両目が光を得ていた頃によく見かけ、また聞き知った二人の会話が聞こえる。
それがこんなにも憎しみを駆り立てる日がくるとは、その頃はついぞ思いもしなかったのだが。

そして不意に、思いがけない声までも聞こえてしまった。

「またなの、アリス」

私がこの水槽の中で唯一、私が別の海で育った魚だと教えたあの人。
彼女に容認されていれば、安泰だと踏んでいたかつての愚かな自分を殺したくなった。

「あんり嗅ぎ回らない方がいいって、何回も言ったんだけどなぁ、@◎※」

その名で呼ばれて、私の理性が急に呼び覚まされた気がした・・・。