覆面販売 再生なるか文庫市場 出版社別→著者別へ

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文庫の棚を著者別に並べ変えたTSUTAYA坂戸八幡店=埼玉県坂戸市

 ■新刊を絞り厳選

 出版不況下で販売不振にあえぐ文庫本のテコ入れを図ろうと、作り手と売り手が知恵を絞っている。
内容の一部を隠して興味をかき立てたり、書店の棚での陳列を一新したり。ポケットに入る手軽な一冊を届ける地道な作戦の効果やいかに? (海老沢類)

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 当店文庫第1位を独走中!−。東京都江東区にある紀伊国屋書店ららぽーと豊洲店のレジ脇のワゴンに、
そんなうたい文句を冠した文庫本が平積みされている。

 女性死刑囚の凄絶(せいぜつ)な生を描く、早見和真さんのミステリー『イノセント・デイズ』(新潮文庫)。
手にとると、直木賞作家の辻村深月(みづき)さんが書いた巻末の「解説」がフィルムで閉じられていて、読めないのに気づく。

 「物語の本質に寄り添う解説。そのすばらしさをアピールしつつ、あえて見えないようにすることで『読みたい』気持ちになる」と同店の平野千恵子さん。
発売から2週間ほど過ぎた3月中旬に解説部分を覆い、〈未読の方は絶対に読了後に〉などと記した宣伝文を挟んだ。
すると売れ行きは約10倍に急伸。1店だけですでに1600冊以上を売った。

 試みの背景に、単行本が出た3年前の苦い経験がある。当時、一読し魅了された平野さんだが、宣伝の妙案は浮かばずじまい。
文庫化で再度めぐってきた機会に、助けとなったのが新たに添えられた人気作家の解説だった。
書名と著者名をカバーで覆う覆面販売で話題を呼んだ「文庫X」のヒットも背中を押した。
平野さんは「工夫次第で本は売れる。文庫本は書店にとって“リベンジ”のいい機会でもある」と話す。

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 文庫本の低迷は深刻化している。出版科学研究所によると、昨年の文庫本の推定販売金額は1069億円。
3年連続で6%台の大幅減となり、市場はピーク時の約7割にまで縮んだ。
久保雅暖研究員は「人口減や書店減という逆風に加え、スマートフォンの普及で娯楽が多様化したのが大きい。
価格の上昇で、文庫の強みだった“お得感”も薄れてきた」と話す。

 苦境を受けて、棚での陳列方法を見直す書店も出てきた。

 埼玉県坂戸市のTSUTAYA坂戸八幡店は昨年4月、文庫棚での本の並べ方を一般的な出版社・レーベル別から、著者名の五十音順に変えた。

 「出版社の違いを超えて同じ著者の作品を一覧できるので、目的の本を探しやすいのが利点」と同店の涌田佳司郎さん。
出版社ごとにデザインが違う文庫が1カ所に集うので見た目の統一感は薄れる。
ただ客の評判は上々で、今年5〜6月の2カ月間の文庫の売り上げも前年同期比115%に伸びた。
「TSUTAYA」のフランチャイズ事業を行うブラス(東京)は昨年から「著者別陳列」への移行を本格化。本を扱う47店のうち、すでに28店が採用している。

 出版取次大手の日販も新たな発注システムを開発し書店を支援する。日販が首都圏の文庫購入者に行ったアンケートでは、
出版社別より著者別の陳列を支持する人の割合が6割を超えたという。担当者は「出版社名をよく把握していない人たちの潜在ニーズはあるはず」とみる。

 出版社の危機感も強い。老舗の新潮文庫は昨年から毎月の新刊点数を意識的に絞り始めた。

 「売れないから新刊をたくさん出す。結果、読者はますます何を手に取ればいいか分からなくなる−という悪循環があった。
点数を減らせば1冊1冊丁寧に売り方を提案できる」と三重博一文庫出版部長。
7月刊の中山七里さんのサスペンス『月光のスティグマ』は単行本時と装丁を大幅に変えて新鮮さを演出。すぐに増刷がかかった。
新潮文庫全体の昨年度の新刊点数は前年度より50点以上減ったが、販売部数は逆に増加するなど効果は出始めている。

 三重さんは言う。「携帯に便利な文庫は本として完成されたパッケージ。再生に向けた試みを地道に積み上げたい」

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