日蓮ってver.56
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前スレ日蓮ってver.55
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1596799068/
「日蓮って」過去ログ
http://hyakkimaru.nukenin.jp/
創価学会の教義と日蓮仏法について、真面目に語るスレッドです。
創価学会擁護の論客もふるってご参加下さい。
コテハン推奨。sage推奨。「荒らし」は無視で。
スレが荒れる原因になりますので、暴言や挑発、嘲笑、語尾のwwwはNGです。
スレ違いの話題はほどほどにして下さい。
初心者の方も教義についての質問があればお気軽に書きこんでください。
やっぱり諸天の連動なんじゃないのか?
――
日曜討論「新型コロナ感染 なぜ急拡大?対策は?」
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/livenhk/1605999790/
1 名前:公共放送名無しさん[] 投稿日:2020/11/22(日) 08:03:10.79 ID:Y56T3uCX
新型コロナの感染者数が“過去最多”となる中、必要な対策は何か?
西村担当大臣と全国知事会会長、そして専門家が討論。なぜいま感染急拡大?
“第3波”を止める手立ては?
【出演】西村康稔,飯泉嘉門,太田圭洋,舘田一博,矢野晴美,
>>652 共産国家中国が生物兵器コロナウィルスの生産原産地。
諸悪との仲良し創価学会は、沈黙だろうよ。
医療費と死亡者への賠償金は志那が責任を以って支払え!と言うべし。 日蓮正宗
顕正会
創価学会
の信者の皆さん
どうか、日蓮信仰の個人的信条を教えてもらえませんでしょうか? 同病相憐というからな。日蓮教徒らの内ゲバよりは見てて微笑ましい。 今日の大河ドラマは、腐敗した比叡山延暦寺の姿が如実に描かれていたな。
法華一乗の権威主義者の無様な姿。
顕正新聞 特集号「御遺命違背こそ亡国の因」特集号
…大聖人御入滅後、五老僧はたちまち「日蓮大聖人の弟子」という立場を捨てた。
そして幕府に捧げる書状には、己れの肩書きを「天台沙門」としたり、あるいは「日蓮聖人の法門は天台宗なり」などと言ったり、あるいは釈迦の仏像を本尊にしたり、あるいは神社参詣をしたり、あるいは念仏・真言等の坊主と肩を並べて国家安泰の祈祷をしたりと、まさに師敵対に陥ったのです。
■なぜ師敵対に陥ったのか
なぜ五老僧ともあろう者が、このように忽ち大聖人に背き奉ったのかと言えば、理由は二つある。一つには臆病のゆえです。彼らは鎌倉幕府の弾圧を恐れた。もし「日蓮大聖人の弟子」と名乗れば弾圧がある。そこで「天台沙門」と名乗って国家権力にへつらったのです。
もう一つは、智解浅きゆえです。彼らには大聖人御弘通の大法が、天台・伝教も未だ弘めぬ、ただ本門寿量品の文底に秘沈された三大秘法であることが解らなかった。
法華取要抄という御書は、佐渡からお還りになって身延御入山を待つようにしてお認めになられた重書ですが、その中でこう仰せ下されている。
「問うて云く、如来滅後二千余年、竜樹・天親・天台・伝教の残したまへる所の秘法何物ぞや。答へて曰く、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」と。
―釈尊滅後二千余年の間、インドの大論師といわれた竜樹・天親も、中国で法華経を弘めた天台も、日本の伝教も、未だ弘め給わぬ秘法、それこそが「本門の本尊と戒壇と題目の五字」すなわち三大秘法である――とハッキリと仰せられている。
…■「雖近而不見」
しかし「日蓮聖人の法門は天台宗だ」などと思い込んでいる五老僧たちには、この文底深秘の大法は全くわからなかった。いわんや、大聖人様が釈尊よりも勝れたる久遠元初の自受用身、末法下種の御本仏であられるとは、思慮も及ばない。
これを「雖近而不見」(近しと雖も而も見えず)というのです。このように智解浅く、不惜身命の決意もなかった五老僧だから、日興上人と疎遠になるに随って、ついに大聖人の御義に背く師敵対に陥ってしまったのであります。
これを見て日興上人は
「御弟子悉く師敵対せられ候ぬ」
と仰せられ、続けて
「日興一人、本師の正義を存じて、本懐を遂げ奉り候べき仁に相当って覚え候へば、本意忘るること無く候」と。
―日興一人、御本仏日蓮大聖人の正義を知り、広宣流布・国立戒壇建立の御遺命を遂げ奉るべき立場にある者であれば、その本意、忘れたことはない――と。
御遺命成就へ鉄石の御決意
まさに大聖人様から血脈相承を受けた「本門弘通の大導師」としての、鉄石の御決意をここにお示し下されている。
かくて身延を離山され、富士大石寺を建立されたのであります。
0588 ギャグ係 ◆dQO3LlCLQE 2020/11/07 06:10:32
>定期的に知能検査を一般生徒は受けていた。
学習障害、発達障害の疑われる児童な。
普通の児童には必要ないよ。学力さえ分かって、学校生活が送れれば良いんだもの。
俺はLD児向けのボランティアをしてたので、その辺の事情は知ってる。
そして、そういう家庭には創価が多くて、カルトが繋がって行くのも知ってる。(-人-)
キャンプで火種をつける新聞紙、物を包む新聞紙は聖教新聞ばっかりだった。
0589 ギャグ係 ◆dQO3LlCLQE 2020/11/07 06:14:38
ほれ。地獄のカルト創価大学よりは偏差値の高い法政の文書。
https://www.hosei.ac...182/1606/2018_05.pdf
0590 ギャグ係 ◆dQO3LlCLQE 2020/11/07 06:18:04
普通の児童なら毎年受ける必要はない。
小学校時代に1回か2回受ければ充分。
↑↑統合失調症が著しいギャグ係の脳内妄想で何を騙っても無駄である。
現在の小学校はともかくギャグ係の世代では一般生徒は定期的に知能検査が全国の小中学校で行われていた。
つまりは普通に学校に通ってさえいれば誰もが定期的に知能検査を受けていた筈である。
しかし、脳内妄想だけで必死なギャグ係は現実的に日本の小学校中学校を通っては居ない事を嘘の塗り固めで更に強調してしまった。
無論、「LD児向けのボランティア」とか悲しい嘘も全く通用しない。
知能障害、統合失調症のギャグ係の嘘八百は一般人には通用しない。
単に創価に敵を置き換えて自らの人生の敗北を死ぬまで喚き続けるギャグ係…
やる意味のない「学歴詐称」
曹洞宗とか偽った「宗教詐称」
偽りの人生「職歴詐称」
知能障害、統合失調症が原因でイビられた学会員ギャグ係の恨み節は止む事を知らない… >>659
そこの辺りは日蓮本仏論を取る日蓮教各派の共通認識だろう。
釈迦を本仏とする日蓮宗各派はまさにそこの崖っぷちで仏教の領域に踏みとどまった。 >>501,502
先週はじめて気がついた新発見、
念を入れて、もう一回まとめてみると…。
〇安楽行品を正行にしたらよいのでは?
1.日常の生活規範 (菩薩の非親近処) 、
2.具体的な行法 (初親近処)、
3.目指す仏の抽象的な特徴 (第二親近処)、
スリーステップでうまくまとまってて、これは本物でしょと思う。
※※
やっぱお釈迦さまの伝記から考えて、
標準仏教と言えば、
1. 王様の身分を捨て、世俗との付き合いを絶ち、
2. 林の中で瞑想をつづけ、
3. ほとけ (bodhi) と呼ばれる抽象概念に到達する。
これは、安楽行品のスリー・ステップとまったく同じじゃん。
だから、お釈迦様がやった行法の原理主義という立場なら、
安楽行品だけで十分で、その他の27品は、
無意味なお子様むけの余計な駄ボラ話だから、
全部まとめてゴミ箱に捨てとけば、いいと思うよw >>663 例の罰ゲームの、その他二品の勤行にも文句つけとくか…。
●方便品の自称、世尊とやらは、お釈迦さまのニセモノだよ、
シロート臭い瞑想ごっこしか、売れる芸がないみたい。
これは、むかし瞑想マニアだったわたしの立場から言えば、
瞑想が深ければ深いほど、あたまの中には、
なにもイメージが浮かばなくなってくるのよ。
そのことに、無とか空とか名前を付けただけであって、
それは認識が無であり、認識が空っぽであるだけで、
チョーゼツ神秘な体験とかあるわけねーだろ、
バカじゃねーのと思うし、嘘もいいかげんにしろと…。
だからニセもの世尊が三昧から覚めて、深い瞑想なのにすぐ舎利弗に
話しかけるのはオカしいし、イメージが空っぽの三昧なのに、
無数の諸仏とやらに出会って、智慧を授かった??というのは、
瞑想やったことのないトーシロが、空想ででっち上げた作り話に過ぎんわ。
瞑想マニアとしては、諸仏イメージなんて、あるわきゃなくて、
もちろん、宇宙人とのコンタクトなんかも絶対にあり得ませんから…。
●寿量品も、輪廻転生とかいい大人が知恵オクレのバカなんだろな…。
んじゃなにか? 毎日々々寿量品にナムナム帰依すれば、
来世はお金持ちの、イケメンまたは、美女に生まれ変わんのか?
というか、お釈迦さまよりもはるか以前の過去から
説法をつづけている久遠のお釈迦さまって、あんたダレだよ?
それはインド、中国、日本で継承されてるゴータマお釈迦さまよりも、
格上と称する久遠バカが、仏教権威を盗もうとしてんじゃねーの?
まったくしょーもない、ドロボー寿量品と思うのですが…。 >>503 盤珪の伝記は鈴木大拙和尚が書いてたと思う、
けっこーうさん臭くて、なんで生涯に二度の悟りがあんの?
だとか、臨済宗名乗ってるわりには、京都五山ではなくて、
姫路の人なのに、わざわざ長崎に来ていた中国僧に印可をもらう、
とか、京都の方が近いだろ…、みたいに怪しさぷんぷんな人で、。
とにかく印可がなかったらしいんで、長崎に飛んで行って、
中国人の超元という坊さんに弟子入りする。
超元スタイルは、仏がどんなものかわかったら、
師匠の部屋にやって来て、仏について報告しなさいという、
まあ、標準的な中国禅宗のやり方。
ある晩のこと、盤珪は超元の部屋にご機嫌伺いに来て、
とつぜんヤッコ凧のポーズをやって見せる。
これは真っすぐに立って、両手を左右水平に伸ばして、
手の指で着物の袖口をつかむというカタチで、
「帆掛け舟」とか言って、まあ大拙和尚の奥さんアメリカ人だもんな。
で、これを見た超元は日本語を話せなくて筆談をするんで、
紙と筆を手に取り何か書き始めると、とつぜん盤珪が近寄ってきて、
超元の筆をもぎ取って、それを思いっ切り庭に投げ捨てます。
驚いた超元は盤珪を見ますが、しばらくすると両手をぱんぱんと叩き、
侍者を呼び、盤珪は明朝、旅に出るから支度をするように伝えます。
超元はこのときに印可を出したらしいんですが、でもこれって、
不立文字を学芸会に仕立てただけの、俗物解釈でしかなくて、
仏の抽象性が表現されてないんだよなあ…、まあ私だったら、
印可は出さないかな、というその程度の感想でしかないわ。。 >>638
>>顕正会では、三大秘法抄の解釈だけで無く、
…私が習った解釈は御書全般を拝していけばより深く納得するもので
…あなたは顕正会版の三大秘法抄講義録を読みましたか?
↑こういう受け売りと、御書全般の引用を持ち出す感覚が、
ひじょーに気になるわ、三大秘法禀承事は60字×13行×3ページ弱の、
すごい短い文章なんで、自分で辞書引いて、自分のアタマで考えて、
自分なりの解釈をすればいいだけで、
なんで原文をさしおいて他人解釈の講義録とやらで洗脳されなアカんのか、
なんで原文をさしおいて、関係のない御書の記述を利用して、
話の文脈をねつ造しなきゃいかんのか…?
(三大秘法禀承事)
此の三大秘法は二千余年の当初地涌千界の上首として
日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せしなり、
↑ここがブタ坊主最大の、キチガイフレーズですよ、
前世が歴史上の実在の人物で、たとえば前世は織田信長でした、
という前世占いなら、中小企業の社長相手に10万円の相場で売れるけど、
これはさ、フィクション小説である法華経の登場人物が、
自分の前世であると言ってんのよ、ただのキチガイだろ…。
ネットの幽霊話のサイトで、守護霊を見るある霊能者さんが、
あなたの背後には、宇宙戦艦ヤマトの古代進がついてます、
って占ったという話は、見たことあるけど…。
>>658
「天台沙門」の安国論の表書きは日興が書いたんじゃねーの?
なに嘘ついて、五老僧のせいにしてんだろか…。 物凄く感じるんだけど、法華経をフラグメント化して解釈すると可笑しな事になってしまう。
それぞれの品を順を追って、法華経を完読出来れば
今読んでいる法華経以外に、別の法華経が存在していた。と語っている。
しかも全て合わせて過去に3っつの法華経が存在し
それを、全て語っているのが、この法華経だと、法華経は語る。
しかし、今読んでいる上記の様な意味での法華経も、過去の法華経になり、目の前で消えて無くなる。
じゃあ法華経は何処へ行ったのか?という読者の疑問に登場人物達は、私達の心の中に新しい法華経が入りました!
と、告白する所で終わる。
こんな話をすると日蓮系の信者さんは否定しにかかる。教えて貰った仏法とは違うと。
もし、違うと思うなら宗教団体の教学・書籍から離れて自分で法華経を読んでから
相手を否定したらどうだろうか?また、仲間の信者さんよりも高いレベルで法華経を理解出来るだろう。
それぞれの品は相互的に法華経というゲシュタルトを構成している。全文読まないと理解出来ないよ。
クレタ島の人は全員嘘つきだ!というクレタ人の言語論理
テセウスの船を修理し続け元のパーツが新しく交換されても、それはテセウスの船と呼んでいいのか?という言語論理
雷で死んだ男と偶然同じ有機物で新生されたスワンプマンの自己同一性の思考実験 >>665
>けっこーうさん臭くて、なんで生涯に二度の悟りがあんの?
悟りは一度だけだと思ってない?
鈴木大拙を読んでいる人なのに?
読むなら、もっと深く読み込みなよ
鈴木大拙先生と大森曹玄先生は、一般人向けには恐ろしい程のアフォリズムで語りかける人達だよ。
そこを解析し無いと、おかしな解釈をするんだよ。
鈴木先生も大森先生も東大文学部哲学科では、学部生に対して分析哲学的に
恐ろしい程の精緻なる修辞や比喩暗喩について学生を追い込んでいた。
鈴木先生、大森先生や秋月龍眠先生も一般人向けに、一回読んだだけでは?となる
アフォリズムで語りかける。それが一般人に与える仏法として適切だからだ。
読んだり語られたりした事をそのまま信じるより
「え?この人何言ってるんだ?」という「間」が仏教では必要なんだ。
この間を上手く説明出来た人は松原泰道先生以外、私は知らない。 安楽行品も法華経を構成する大切なパーツだけど
順を追って法華経を完読してみ
安楽品以降、法華経は突然、相変異を起こすのが分かるから。
法華経には大きく2つの相変異が存在する。
安楽行品と提婆達多品だ。そして、これへの伏線として方便品において途中退場した弟子達のエピソードが意味を持つ。
これは宮崎哲弥や松岡正剛、植木雅俊、宮台真司、中村元らがバッチリ指摘している。
とにかく
一度、真剣に法華経を完読してみて欲しい。
宗教団体から教えて貰った仏法とは全然違う事にショックを受けるかもしれないが
ここは、自分自身に嘘をつきたく無かったら
宗教団体が出す書籍や機関紙、また宗教団体の教学部長の言葉を、一回だけ無視して
様々な現代語訳の法華経を完読して欲しい。
日蓮大聖人の為にも。 >>649
豆だけど日本人のノーベル賞受賞者は浄土系の仏教徒・乃至家の生まれか
キリスト教徒だけなんだよ平和賞とか関係なしに
最近の人は調べて無いけど
古い受賞者は戒名法名やお墓とか見れば一目瞭然
池作が候補でさえないのは50年経たら公表される候補者リストで
白日の元に晒されるだろう
その頃には騙されてる創価員たちが生きてるか死んでるか知らんけど ノーベル賞を宗教で語るとは
教育のある親の元に生まれてこなかったんですね
親の責任は、親が無意識でいても、子供の知性を低下させる装置である
という事を自覚出来るかどうか?
それへの自覚が子を育てる親の責任 法華経を信奉した人たち、出家比丘の上座部系の人たちも同様に彼らにとって、
邪魔であったのは、カシミールの小さな提婆達多仏教教団の存在である。
法華経成立時に師釈尊と従弟である提婆達多師共にとっくに遷化されている。
詰まり仏滅の数世紀後に邪魔者になっちゃった!のである。
何故だろうか?単純に女人成仏を否定したからと言う根拠は薄い。
改めて思うに、提婆達多師とお釈迦様は親族であり、深い信頼と師弟関係が有り。
その指導で提婆達多師は成道されて居る。
何等両者にわだかまりや恩讐の種は無いと言える。
食い物屋の本家と家元,創業何年とか、起源を言い合う奇妙な争う姿と重なるのだ。
一方を攻撃するのは常に本家上座部の営業方からの記録のみ存在。
此の原因はほゞ想像が出来て居るが、学者では無い私は此処での発表は控える。
此れは仏教研究の大きな課題。 事実に噛みつかれても調べて見なよ
俺はカルト一味みたいに
その事に意味付けとかしてないだろ 他人の腹を探る様な質問してた奴
お前創価員なら昭和10年代から順に創価の出版物に
一度目を通してから出直して来い
普通の常識ある日本人なら再び書き込みなんて出来ないだろうな 「如来入滅の後の怖ろしい時世に、自信をもち、心に臆することなく、この経典を世に弘めようとする求法者たちは、行動と交際の範囲を守るべきである。
みだりに人と交わらず、清浄であれ。王子たちや王た
ちと懇意になることを常に避けよ。また、王の従臣である連中に懇意にしてはならない。
チャンダーラなどの賤民たちや、半陰陽の者たちや、信仰の異なる輩などとも、すべて付き合ってはならぬ。
(中略)
婦女子や半陰陽の者たちと懇意にすることを避けよ。
(中略)
豚肉を売る者や羊肉をひさぐ者たちと懇意にすることを避けよ。云々」
(法華経 安楽行品 岩波文庫 249頁)
チャンダーラと呼ばれる被差別カーストへの差別主義丸出し。女性や畜産業の人々への差別も丸出し。
法華一乗とか言いながら、王族や貴族と馴れ合いで、人民を収奪してきてのが、その坊主たち。何が王たちと懇意になるなだ?
最低の差別経典である法華経。 こんな下らん読み物を、「宇宙の真理」とか「最高の教え」とか賛美しているのは、全く臍で茶が沸くと言うものだ。
ましてや、その経典の名前を書いて、御本尊とか言い出して、題目行をでっち上げた日蓮は、仏教破壊の天魔そのもの。 法華経の成立は、数百年掛かって纏まったオムニバス、
中味は通俗的百貨全書と判れば相応な位置付けも決まる。
初学者の為の入門編、百科事典、参考書、と思えば宜しい。
編集責任者?はお釈迦様と全く無縁の誰かで氏名不明。 五老僧でダメだったのは日向だけだろ。
日昭と日朗は波木井がおかしくなったので、諫めに出向いてるし、日興にも注意を促している。
日頂は晩年、日興の側にいただろ。
日持なんか最初の世界広布の人物だしな。
そもそも、日興だけが清流だというのは大石寺が後で作った伝説だな。
日興だけが曼陀羅を300幅以上書いて信徒に与えたから、本尊おすがり信仰が出来上がったんだと思うよ。
五老僧はほとんど書いてないし、信徒には与えてない。
ただ、そのことが、その後の弟子達が勘違いしたというのはあるけどな。
曼陀羅にしろ、仏像にしろ、外に何かを求めるおすがり信仰こそ、外道だろ。
創価はそれで騙して来たんだよな。 >>678
自分の家族・親戚は100%日蓮フリーの環境なので、そういう細かい事情を知らない。
そこで詳しそうな貴兄に質問したい。
そもそも日蓮を本仏だと言いだしたのは誰なのだろう?その経緯を知りたい。
自分は以前は単純に日蓮教徒らがいうように日興vs五老僧という図式で考えていた。
そこで日興が日蓮本仏を言い出したと思っていたが、そう単純ではないようだ。 678さん以外でも、679の問いに参考になる意見や知識をお持ちの方はぜひご教示いただきたい。 >>680
社会心理学的には、相反する概念が存在すれば、それを要素還元主義に落とし込もうと人間はしがちなんだよ。
本来、形而上学に接する概念は、それ自体の存在の独自性を持っているのだが
多くの人間は、システマティックにオーガナイズして概念なり組織なりを構築したくなる。例えば
「ハイデッカーは客観的存在を認めてはいたが、その客観的存在を現象学的還元によって構成的内在(主観領域)に於いて捉えている」
と、この様な発言をすると必ず「もっと分かりやすい言葉で説明して下さいよ」と不満を漏らす人が現れる。
しかし、この発言は集合的知の還元と、下位概念信仰を持つ人の還元主義という
本来、対立する筈もない二項対立を引き起こす。多くの宗教団体の信者さんは、こういう人なのだ。
ミシェル・フーコーやジル・ドゥルーズ、ジャック・ラカン、などのポスト構造主義者らは
人間の身勝手な集合的独善的審美的価値観によって構成された概念の普遍性と蓋然性を
全く無視して何も語らない状況は知の低下と教養の崩壊を招くしか無い、と語る。
なので、ミシェル・フーコは「知の考古学」として、現在の集合知を持って
一旦、宗教や文化などの構造を脱構築化し、それにより再構築する事の重要性を語った。
人間というのは無責任に要素還元をし、言明を発するものだ。
そして、その言明行為自体が発話者の自己実現欲求と承認欲求を満たし発話者は気分が良くなる。
こんな社会的・集団的認知の不協和音(バイアス)によって、論証でき得ぬ癖に
それらが帰結であると身勝手に権威付けた概念に、更に概念を付け足しスタックされオーバーライトされていく。
こう、考えれば日蓮が本仏というのは、多くの自ら考える事を放棄した知性の弱者と
それを経済的、政治的に戦略を持って利用出来ると考える人達によって
日蓮が本仏とされていると、考えた方が良い。 >>681
あなたのレスは常に無意味無内容無価値なので以降レス不要。 >>676
>こんな下らん読み物を、「宇宙の真理」とか「最高の教え」とか賛美しているのは、全く臍で茶が沸くと言うものだ。
一度、法華経を現代語訳を数種類、完読してみれば貴方の感想は変わると思うよ。
(中村元訳と植木雅俊訳がオススメ。石原慎太郎訳の法華経はマニア向けだからオススメしない)
多くの宗教団体の人は、例えば創価学会を例に出すと
「法華経を読む」や機関紙での「ロータスラウンジ 法華経の旅」などの
法華経の解説で法華経を理解したと思う人が多いだろうが
こんな事を言うと、意地悪に聞こえるかも知れないが
真剣に仏法を学びたい、という人がいる限りは私は言い続けたいんだ
宗教団体のパブリシティからの法華経解釈や教学って、かなり怪しいし
極端に言えば危険な読み物だと言う事を、頭の片隅にでも置いておいて欲しい。
法華経というのは、伝わった歴史を見る限り
そして
法華経を読んだ私や宮沢賢治や小林秀雄や村上春樹が感じる限り
「仏法の書」でもあり「文学作品」でもあるんだよ >>682
>あなたのレスは常に無意味無内容無価値なので以降レス不要。
あなたは絶対に宗教団体の信者さんでしょ?
しかも、信者歴が長い人ではありませんか?
もしも、あなたが無宗教の人なら、更に意見が聞きたいです。 >679さん他へ
いやぁ…単なる攻撃されて終わるかと思ってましたが、逆でしたね。
恐縮です。
ちゃんと知りたいと思われる洗脳されていない方々もおられたんですね。
助かりました^_^
少々端折りますが
そもそも、日蓮は自分を本仏なんて言ってないですよね。
日蓮はあくまでも当時広まっていた信仰スタイルに沿って法華経を説いた。
だから、当時の称名念仏に対して妙法蓮華経に南無する唱題を広めた。
念仏はキリスト教の影響を受けて生まれた産物で天台僧の法然が広めたんで日蓮は怒った。
次に曼陀羅は以前から密教から法華経は三密がないと攻撃されたが天台宗では答えられなかった。
それで、日蓮は密教に充分に答えられ破折出来る様に同じく曼陀羅を書いた。
というもので、信徒用ではなくあくまでも授戒の儀式に使った。
だから大曼荼羅と書かれている通り大きなものばかり。
当時の信徒はご本尊つまり曼陀羅なしで即身成仏していた。
三大秘法も後世の戯言。
戒壇本尊説も全て日蓮他派に負けないように考え出された後世の作品。
日蓮は宇宙一切根源の法「南無妙法蓮華経」を唱えることだけで良いと言っていた。
つまり、自分の潜在意識にある九識を観心する修行法ですね。南無妙法蓮華経を唱えるだけでそれが出来るのは量子力学でも裏付けされています。
そして、時は流れて日寛が邪教を作ったのですよ。
創価学会が出来るまでは日寛は日興門流では忘れ去られていたのに引っ張り出して教学は日寛の時代に帰れなんぞ嘘こいて洗脳して来た。
創価学会は御書の切り文教学で都合良く会員をコントロール出来たわけですね。
いまはその洗脳が取れて来た。
また、現執行部になって日蓮の教義を全て捨てて都合良く利用しているだけでしょうね。
全ては創価学会が作り上げたデタラメだと今日、気付いたわたしも衝撃を受けましたが、一人でも多くの方に真実を伝えなければトンデモナイことになると思っています。
日蓮大聖人もお嘆きでしょうね。
長々失礼しました。m(__)m
何かご意見ご質問があればなんなりと。 >>686
まあ凡そ正解なんですが、念仏ならぬ唱題を上げてる
最中は貴君の仰る「即身成仏」しとるわけですが
日常に戻ると凡夫という宗教が日蓮仏教の醍醐味なり。
九識を転じて成仏と言うのは密教の教え極みでありますが、
此の伝法に無学な日蓮にそこ迄説ける筈もなし。
貴君のつぎはぎ論も整理するべきですね。 >>681
最後の一行は理解できる、
日蓮を最高の位置に据えて儲ける。
その結果は如何か?
無理すると創価学会の運命と同じようになる、
奇形的な日蓮成仏論を構築した坊さんを支持するのが
仏教徒の枝葉に居る創価学会教学部である。
衰退著しい姿を我々は現に見ている。 天台沙門日蓮と記名してる立正安国論の日興写本(玉沢妙法華経寺)
の裏には夢想御書と呼ばれてる日蓮直筆の書き込みがあるから
佐渡にも持って行ったんだと思うけど
びっくり逆転ホームランでこっちが原本だったりしてw
なんで日蓮作の国宝控えの真筆は無記名なのかなあ 立正安国論の原本の話ですが、
そもそも提出したものは鎌倉幕府にある訳ですネ。
それと日蓮大聖人は四六漢文を使いこなした漢文に巧だったにも関わらず、
大学三郎に清書させていますから、幕府に提出したものも大学三郎筆のモノでしょうネ。
頼基陳情なども全て大学三郎が清書しています。
それから、これはまた別な話ですが、後世の弟子の中には日等などの様に、日蓮真蹟
と判別がつかないほどそっくりに写せる人物が何人かいたというのが分っています。
AIに学習させて判別させ真贋をすっきりして欲しいものです。 >687さんは評論家の方ですか?
それで、自分はこう思うという投稿ではなく、単なる批評・・・でもないかな(笑)
だから何なのだ?ということを書かなければ単なる評論家でしょうかネ。 真贋をすっきりしたところで日蓮の教えが間違っていることに変わりはないけどな
インチキ坊主の真筆なぞに意味はない
>日蓮はあくまでも当時広まっていた信仰スタイルに沿って法華経を説いた。
浄土宗のパクリ
>だから、当時の称名念仏に対して妙法蓮華経に南無する唱題を広めた。
浄土宗のパクリ
>念仏はキリスト教の影響を受けて生まれた産物で天台僧の法然が広めたんで日蓮は怒った。
キリスト教伝来は300〜400年後の織田信長の時代
なので念仏がキリスト教の影響を受けて生まれる訳がない >次に曼陀羅は以前から密教から法華経は三密がないと攻撃されたが天台宗では答えられなかった。
>それで、日蓮は密教に充分に答えられ破折出来る様に同じく曼陀羅を書いた。
書いたところで身密と意密が無いことに変わりはない
だから正宗創価は三毒を体感的に理解できず言葉遊びに明け暮れているうちに
何だかよくわからない理由で成仏すると思っている >当時の信徒はご本尊つまり曼陀羅なしで即身成仏していた。
三毒を理解しない奴が何を唱えようと成仏などしない
>日蓮は宇宙一切根源の法「南無妙法蓮華経」を唱えることだけで良いと言っていた。
宇宙一切根源の法「南無妙法蓮華経」などというものはない
<宇宙一切根源の法「南無妙法蓮華経」などというものはない>ということもない
日蓮が比叡山で既存の経典をきちんと勉強せず理解せず
独り善がりに勝手に言い出したのが宇宙一切根源の法「南無妙法蓮華経」 >つまり、自分の潜在意識にある九識を観心する修行法ですね。
>南無妙法蓮華経を唱えるだけでそれが出来るのは量子力学でも裏付けされています。
それはすごいな
古来より言われる三毒を日蓮とそれを信じる連中は理解できんのにな >日蓮大聖人もお嘆きでしょうね。
嘆くも何も比叡山で既存の重要経典をきちんと勉強せず理解せず三毒を言葉として覚えるだけで実質はさっぱり理解していないお言葉を多々御残しになるインチキ坊主に人を救うことなどそもそもできないのである 比叡山の名前を出しながら徳のないお言葉大変ありがたいw
NHK大河でもそのような位置づけでしたね 日蓮のスレで批判するのは自由だが、批判する以上は自分は日蓮以上に賢く悟ったことを書かないと単なる荒らしだw
万年野党みたいなもんだろw >>683
何の根拠も示さない、只の洗脳された人間の感想にすぎない。 日蓮って人の願望をもう一遍書き込み、此れが彼の指向の軸。
思想じゃないのです、願望指向です。
1法華一乗の宗旨を陛下の御願を以って開く
2他宗旨の存廃は日蓮の意向に沿うべし
3寺領、弟子人数口分、日蓮本人は開祖の座を得る
日本宗教革命的な願望を叶えようと踏ん張る人が日蓮なのです。
蒙古襲来の国難に乗じ、己が願望を叶えたく、騒ぎまわって佐渡送り。
一言で言うなら、日蓮は権力者指向が極端に強い躁的妄想性の人格なのです。
彼に上の123を叶える条件が全く備わって居ない、にも拘らず請求の活動する。
全く以って理解不能ですね。 0700は精神的に病んでるな…
皆さん関わらんように >>701 日蓮って、このスレで扱う日蓮御本人の
行動と精神的な分析結果は700の通りじゃないですか?
思想が先に形成されて在るか、行動がその人を形成するかそりゃ判らんですが。
700が精神を病んでいるのかそうでは無くて、
病んでる日蓮を分析するの様子が周りでも難儀です。 高名な偉人をネットでささやかれる悪口を並べて
偉くなった気がしてる人達ですから
読んだことの無い法華経を見下したり
後世の人が作ったイメージで日蓮を評価したり
一種の酷い遊びです。
一方で現存する創価学会の振る舞いや
池田大作に対する批判は批判される側が
真摯に向き合わないといけませんね 日蓮は偉人ですが、それを巧みに利用し自分はそれ以上になったと思った池田大作(本名:太作)
結局のところ、創価学会も日蓮を最大限に利用し金儲けに使った。 >>686
679です。たいへん参考になるレスありがとうございます。
ただ私の疑問すなわち日蓮本仏論は誰が初出かについてはよくわかりません。
日寛は他宗の教義や化儀を参考に、日蓮教に伝統仏教らしい体裁を整えたのでしょうが、
日蓮本仏論そのものの初出はもっと初期だと思いますが、明確ではないのでしょうか。 >>703
その「高名な偉人」というのは日蓮のことだとすれば、あなたは日蓮のどこがどう偉大だとおもいますか?
>>705
あなたも日蓮のどこがどう立派で偉人だと思うのか教えていただけますか? 『然るに釈迦仏は・我を無量の珍宝を以て億劫の間・供養せんよりは・末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍・過ぐべしとこそ説かせ給いて候』
財務の時期に出てくるこの御文はどの経典から引用されてるのでしょうか? 一つの団体が構成員に対し、あの時にああだの、こうだのと理由や
責任の言訳をする様になったら組織の維持は無理、映画の終いに「完」と
の記されるのと同様の運命。
708>>氏の引用される「然るに釈迦物以下省略〜」は「そんなもんだな」
と言う見本なり。 >>708 上野殿御返事 1508ページ
得勝・無勝の二童子は仏に沙の餅を供養したてまつりて・閻浮提三分が一の主となる所謂阿育大王これなり、
儒童菩薩は錠光仏に五茎の蓮華を供養したてまつりて仏となる・
今の教主釈尊これなり、法華経の第四に云く「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て合掌して
我が前に在つて無数の偈を以て讃めん、是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん、
持経者を歎美せんは其の福復彼れに過ぎん」等云云、
文の心は仏を一中劫が間供養したてまつるより、
末代悪世の中に人のあながちににくむ法華経の行者を供養する功徳はすぐれたりととかせ給う
※信解品からの引用かな(法華経何ページか未確認)
供養というのは仏を敬う気持ちから起こる
砂の饅頭や蓮華の花を供養したてまつりて仏となる
末法の仏は人(地涌の菩薩)であり万人成仏をうたうからには
全ての人を敬うこと 不軽菩薩の修行そのものであり
ゆえに仏となるは必定
何に使われるかわからないお金を出すより
自分が出来ることで足元から他人を応援していくのが良いかと
人にお金を渡すと無になる鉛筆一本仕事に役立つ道具なり
励みとなるものに投資(供養)してみたらどうでしょう 706さまへ
レス有難うございました。
学術・史実的には、大石寺教学の特徴である日蓮本仏論は、開山日興(1246-1333)、重須学頭三位日順(1294-1356-?)、四世日道(1283-1341)にはまだ見られない様です。
その思想は六世日時(?-1365-1406)の『本因妙抄』写本で明らかになり、九世日有においてさらにより明確に主張されたと考えられている様です。
いわゆる戒壇の楠本尊もこの時に作られたという他山の記録にもある様ですネ。
そして、日寛の時代に現在の形となる法主は日蓮の再来であり本仏であるとかないとかの権威付けがなされて今日に至っている様ですネ。
私は、そもそも日興だけが300幅余りの曼荼羅を認めて、それも信徒に授与していることを考えると果たして日興は己心を観心する南無妙法蓮華経を理解していたのか、はたまた、己心を観心するためだけの曼荼羅を本尊と崇めてしまったのではないのかと未だ疑問のままです。
日昭と日朗が寺用に本尊を数体しか書写していないのは、日蓮の現わした己心を観心する南無妙法蓮華経の唱題行が全てだと理解していたのではないかと思っています。
ただ、その後の弟子たちがそれぞれ勘違いしたのだと思っています。
日興門流は曼荼羅書写が盛んに行われたので「日蓮本仏論」が出来上がり、日昭と日朗門流など他の派は曼荼羅を書写しなかったことから、中国から伝わった仏教は仏像を拝むものだと勘違いしたのではないかと私は考えています。
厳格な日興だけに、今のイケディアンの様な原理主義に走り日蓮を本仏化してしまったのかも知れません。
(続きます) 続きです。
面白いのは、日寛と同時代のいわゆる身延派の日朝は凡夫本仏論を唱えていたようですネ(笑)
日蓮大聖人は、「外にある何か」に向かって拝んでいたのではなく、仏とは「私たちの胸の中にいる」と説いている様に、本尊とする曼陀羅は崇拝の対象というよりも、自分の「心の中」を徹底的に見つめる「観心」という修行の一環に使用するもので、「南無妙法蓮華経」とは、「自分の中にいる仏への呼びかけ」だと説いたのだと思います。
我々は、潜在意識の一番奥にある「九識心王真如の都」に向かって,「南無妙法蓮華経」と唱えている訳です。
それは、「自分の中の仏よ、目覚めよ! 私に力を与えたまえ」ということなのだろうと私は思います。
それらはすべて,「強い自分という主体を確立する(即身成仏)」ための方法なのでしょう。
創価学会では、牧口が信仰目的よりも自分の価値論を広めるための会員が必要だっただけで、当初は信徒数の少ない大石寺を嫌がっていた記録もありますから、最後まで日蓮仏法は理解していなかったのかも知れません。
次の戸田はいわゆる貸金業のやり方をそのまま会員拡大と運用に活用したので、有名な「宗教は儲かる」発言もあるのでしょうネ。
ちなみに、この牧口と戸田はアインシュタインが来日した際に彼の講義を受けているのですが、非科学信仰の大石寺に入信し諫めていないことから、この二人はわかってなかったのではないかと思います。
戸田も、ご本尊にすがりなさいという指導をたくさんしています。
そして、第三代の池田は自己の野望実現のために、履歴の改竄をし、全て代作させて、スーパーアイドルとして創価学会という芸能事務所を拡大し、それに従う幹部達もそれで甘い汁を吸って来たというのが様々な書籍や確認出来る資料を繋ぎ合わせた結果、各方面から糾弾される真実ではないかと思います。
そもそも、日蓮大聖人は組織を作れなどと御書のどこにもありません。だから、私は、組織を作らず入らずあくまでも自立した信者として、広めていきたいと考えています。 >>710
>信解品からの引用かな(法華経何ページか未確認)
あの信解品に登場する、見解の違い、本来の小乗仏教(文脈的には説一切有部)を
誤解していました。と語る3人組は
実は、方便品で退座した弟子なんだよ
法華経を最後まで読むと、ここの伏線が回収されている。
あと1つ、いや大団円を含めて2つの品で
途中退場した5千人の弟子達は戻ってきている
これ、知らなかったでしょ?
法華経は、つまみ食いでは無く、一度じっくりと完読し無いと理解出来ないよ。
法華経が理解出来ないと
日蓮遺文の修辞と寓意も分からないよ >>713
聞き飽きた「(内容が)有る有る詐欺」
この壺五百万円 手元に置くとすごい効能有る有るw
法華経に対する批判の有名な言いよう。
お釈迦さんの効能書きは結構ですが、呑ませる薬が見当たらない。
712.713氏の嬉しがりは結構なんですがねぇ。
腹痛が出る迄は薬は不要、死に際になってお薬を探されるその時に貴君には
在るべき薬が無い、これって如何しますか?信仰は自己の問題で在り、貴君の文章は
他人事です。 法華経を引用している以上批判しなくて良いのでは(笑
法華経は六道輪廻する一切衆生を仏にする経文
天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄の生命状態を救うからには
それぞれの読み方があるので時間がかかりますが待ちましょう >>715
>信仰は自己の問題で在り、貴君の文章は 他人事です。
ここで話を整理しましょう。(以前からスレ内での論題の非共有を置き去りにしている状況が気になっていた)
先ず2つのフェーズから法華経を語る
1・法華経と読者のインタラクション、関わり方と、その心づもりと腹づもり
2・日蓮遺文の読解の為の手掛かりとしての法華経
1・法華経の読者、法華経にトライする、法華経に対峙する各個人のタイプを大きく分ける
1)信仰の対象としてマインドセットされて読む人
2)一般教養として聖書などと同じ様に人間の叡智の文脈として読む人(法華経が人類の叡智かどうか?という定義の問題は個人に任せる)
3)東洋思想書、東洋哲学書として読む人
4)実存主義哲学として読む人
5)社会学的見地として社会心理や行動心理、認知心理のコンストラクション、ディストラクションとして読む人
6)分析哲学的に読む人。現象学的に読もうとする人。記号と解釈コードの構造分析を読もうとする人 2・日蓮遺文の読解において、意見が分かれるのが修辞や寓意の解釈の違いである。
畢竟、日蓮の文章構成力は法華経から学んだ物に負う所が多い。
日蓮遺文の読者は、分かるような、分からないような思惟の揺蕩う箴言・アフォリズムの前で
立ち止まる。
しかし、立ち止まるだけで前には進めないが故に
読者はヒューリスティックで取り敢えず言い換え可能な記号を接地点として読み進め
意見が更に対立し、その意見の対立が、感情の対立になる。
これが、現在の日蓮系宗教団体や信者の機能不全であって
これらの問題は、立ち止まった最初の場所で
一度、宗教団体が出版する解説書は絶対に目を通さないで
仏教の世界で信頼を集める学者、識者が訳した
法華経を完読してみる事によって回避はされる。
ここを抑えなければ、>>715さんの行って居る事は
「目玉焼きと言っても、どの卵かで大きさは違いますよ。もし象が卵から生まれるとして、その象の目玉焼きの直径は何センチになりますか?さあ答えて下さい、さあ言ってください」
と、言っているのと同じ。
誰も象の目玉焼きなど食べた事が無い。それ以前に
象の卵を見た人など、1人も居ない >>715
>在るべき薬が無い、これって如何しますか?信仰は自己の問題で在り、貴君の文章は
今思ったんだけど
貴方はオカルトを望んで無い?
法華経にはオカルト要素は無いよ。メタファーとレトリックとアレゴリーは宗教独特の誰もが持つオカルト話を喩えに使ってるけど、まさかソレを真に受けて読んではいないよね? >>711
706です。丁寧で詳しい説明をいただきありがとうございます。
日蓮本仏論は特定の誰かが突然に言い出して一気に理論化したというのではなく、
6世前後に、初めは小さな旋律としてひっそりと現れ、徐々に主旋律として定着してきたのですね。
ほかにいくつか新しい視点や問題も提示されています。いずれも興味深いご指摘と思います。
また通説、伝聞、私見をそれと分かるように表現される書きぶりにも感心しました。 720さまへ
711です。過分のお言葉恐縮です。
私も最近になって創価の実態を知ってから、日蓮大聖人の御遺命の広宣流布とはどうなっ
ているのか?と腹立たしさや心配やらで、冷静に様々な角度から見る様に心がけています。
さらに、研鑽しないと分らないことばかりですネ…
早くAIに学習させて真実に迫って欲しいものです。
日蓮大聖人は妙法蓮華経に南無する唱題行を説いた訳ですから、教学がどうのとか言って
シッタカ慢心な指導をする事態が誤りなのではないのかと単純に思います(笑)
現代人の我々はある程度の知識や学問を身に付けていますが、そもそもは漢文で伝わった
仏教ですから、貴族階級しか読めなかった。
そして、法然が称名念仏つまり南無阿弥陀仏だけ唱えれば良いという簡単な方式を説いた
ので、漢字を読めなかった武士の間に急速に広まった訳ですよネ。
教学もくそもなかったのでしょうネ。
大聖人の弟子や信徒もそうだったのだと思います。
そう考えると日蓮大聖人の手紙を受け取った信徒たちは理解できたのでしょうかネ…
凄い話ですよネ。
仏教は現代科学が驚きを持って注目しており、アインシュタインも「これ以上を突き止め
るのであれば仏教に学ばなければならない」と舌を巻いたと言われています。
日蓮の説いた教えは量子力学が裏打ちしていますから、鎌倉時代に量子力学が発見されて
いたら、日蓮大聖人も迫害されることもなかったでしょうと思います。
私は、いま、日蓮の教えの科学的検証に取り組んでいます。
引き続きよろしくお願いします。
いつも有難うございます。<m(__)m> > 日蓮の説いた教えは量子力学が裏打ちしていますから
どういう数式で裏打ちされてるの >>721
>日蓮の説いた教えは量子力学が裏打ちしていますから、鎌倉時代に量子力学が発見されて
まさかシュレーディンガーの猫とか、二重スリット実験にこじつけてるんじゃ無いだろうな? 720さまへ
追伸
すみません。書き漏れがありましたので、追加しました。
日蓮の本仏論ですが、そもそも日蓮だけが本仏論が出来上がっていることを私なりに考え
て見ました。
空海も伝教も本仏論は無く、もちろん法然もありません。
それより遡っても天台も本仏論はありませんよネ。さらに遡ると釈迦本仏論になりますが。
釈迦本仏論つまり神格化された理由ですが、釈迦は自分の悟りを弟子たちにも同じく
悟りなさいと説いたとされています。だから、自分の悟りを文字に残さなかった。
しかし、弟子たちと言っても人間は無明の産物ですから、楽をしたかったのでしょうネ。
自分たちで悟ろうとせずに神格化したためにヒンズー教に取り込まれてしまった。
そして、中国に釈迦は仏像として伝わり、当時の中国思想が色濃く刷り込まれて、仏像を
崇拝する中国仏教が出来上がった。
それが日本に伝わり日本でも同じく仏像崇拝信仰が出来上がったのだと思います。
さて、日蓮本仏論ですが、同じことなのではないかと私は考えています。
日蓮の悟りを結局のところ、六老僧の後の弟子たちは理解できなかったのでしょうか。
そして、日蓮の説いた教えを探求することなく、やはり楽をしたいので現わした曼荼羅に
「無妙法蓮華経 日蓮」と書いてあるので、人法一箇なる勝手な教義を立てた。
これが日蓮本仏論の始まりなのではないかと思うのですネ。やはり無明です。
だから、日興門流は日蓮の御影を曼荼羅の前に安置しているのでしょうかネ。
また、日興門流以外では、老僧たちが曼荼羅を書写していないことから、代わりに釈迦
の仏像を安置したのではないかと思うのです。
どちらにしろ、日蓮が「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて、我が己心中の仏性
南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」「法華初心成仏抄」とあり
ますが、どの門流も理解出来なかったことになります。
結局のところ、今日までの750年間も日蓮の哲学は正しく伝わっていないのでしょう。
と私は今の時点で考えています。
何度も失礼いたしました。<m(__)m> >>719 成仏をあっさり放棄した仏教ってのは何者か?
永遠に試合出場の見込みがない高校の野球部みたいなものか?
医師免許試験を受験できない大学医学部と言えば判り易いか?
まあそんなものですな。 >>725
>成仏をあっさり放棄した仏教ってのは何者か?
牛に引かれて善光寺参りという言葉があってだなあ >>726 浄土宗と浅草寺が輪番で住職を務めるのが善光寺。
この大きな寺は死後成仏を説く、死人が縁者の前に再び現れて「俺は成仏した」と
報告するらしい。
ひょっとしたら日蓮も其れか? >>724
720です。追伸ありがとうございます。
ご指摘のとおり、「空海も伝教も本仏論は無く、もちろん法然もありません。」
これは、私の考えでは、仏教各宗の祖師たちは元の本仏からの相承の系譜がそれぞれあるため、本仏である必要がなかったからだと思います。
仏教の特徴のひとつに相承の重視があります。相承のない仏教はない。
空海は唐の恵果阿闍梨から直接密教の伝授を受けました。
最澄も唐において各種の相承を受けました。
日蓮の場合は相承がない。そもそも受戒していないのだから、あるはずもない。これでは仏教にならない。
日蓮在世当時は、佐渡流罪後、身延山中で細々と通信説法で素人の信徒相手に生計をたてていたため、この点はさほど問題ではありませんでした。
しかし代を重ね、教線が拡大するにつれて、日蓮の門弟や檀信徒のなかに、伝統仏教並みの教義や化儀の体裁を整えたいという要求が次第に高まった。
ここで二つの流れに分かれた。
ひとつは日蓮そのものをなるべく後景に押しやり、法華経を前面に出す流れ。つまり本仏は法華経の教主釈尊であって、日蓮は法華経が最上の経典であることを教えてくれたという立場。これなら法華経を軸に釈尊からの系譜はなんとか繕うことができる。
もうひとつは日蓮を「末法の本仏」と措定することによって、日蓮以前の相承がないことを不問に付す、いわゆる種脱相対の立場。
前者が日蓮宗を形成し、後者が日蓮教を形成した。
客観的に見て、日蓮自身は生前これといった目を引く事績がなかったので、御本仏としての威儀をととのえるために、各種の伝説や教義を補完するための遺文が作成された。
だいたい以上が私の見方です。
貴兄は日蓮信徒の立場から興味深い論を述べておられるとおもいます。外部の私から見ても、宗門や創価より思想性が深いと思います。ご研鑽を祈ります。 >>727
>この大きな寺は死後成仏を説く、死人が縁者の前に再び現れて「俺は成仏した」と 報告するらしい。
らしい。だって、、、、
おなたは、実際ほんとうに善光寺の事は何も知らないでしょう?
ダライ・ラマ14世が善光寺で行ったスピーチを思い出せよ。
死後成仏する事も、生きている間に成仏する事も、全てひっくるめて認めているのが善光寺。
善光寺って超宗派のお寺だよ。何宗だろうが何派だろうが行っても良い日本唯一のお寺だよ。
っていうか、、コレ、、、常識だろ? 宗教団体の今日学部長や機関紙で、教わった事は
そのままバカみたいに信ぜずに
一旦、自分自身で本当にそうなのか?
と、自分で確かめる知性は必要だよ。
今まで沢山の社員を面接して来たが
労働契約書に、その場で名前書いてハンコ押す奴もいれば
一旦、家に持ち帰ってから契約書を提出する奴もいる。契約書は何度も読み込んだ様にシワクチャになっていた。
実際、使ってみると後者の社員の方が、仕事ができるんだけど >>729
>何宗だろうが何派だろうが行っても良い日本唯一のお寺だよ。
それは寺側の方針というより参拝する側のこだわりだろう。
逆に聞くが、他宗派の参拝を明示して断っている有名寺院があるか? 728さまへ
724です。
レス有難うございました。
大変、深いご教示に感謝いたします。
勉強になりました。<m(__)m>
それにしても、今日までこれほど教義でグラついて、派生数も教団数も多い日蓮門流も
他にないですよネ…
戦後に至っては、雨後の筍の如く、派生した日蓮系ですが、題目に力があるからなの
だと考えています。
だから、新興宗教団体などは商売にするには最高の商品だと捉えたのでは
ないでしょうか。
引き続き、ご指導いただければ幸いです。
いつも有難うございます。<m(__)m> 728さまへ
724です。
すみません。また、投稿させていただきました。ご教示いただければ幸いです。
法然が説いた南無阿弥陀仏を唱えるだけの称名念仏で誰でも極楽往生できますよ〜。
皆さーん!念仏信仰をしませんか〜と念仏が営業をかけたので、
南無阿弥陀仏を唱えるだけでいいのならと鎌倉節武士の間に急速に広まりましたよネ。
要するに念仏はマーケティング力に長けていた訳で、時代を読むこと、人心に付け込む
商売上手だったのだと思います。
私は、創価と公明党は、日蓮が批判し攻撃した当時の念仏と似てると思ってるのですよ(笑)
それは、法然は称名念仏だけに専念する専修念仏を説いたので、当時の仏教界から猛反発
をくらい幕府の力を借りて法然を島流しにした。
すると掌を返してして、専修をやめ、各宗と共存する道を選んだので、各宗は自宗の修行
に念仏を取り入れて、どこの宗派も皆念仏を唱える様になった。
そうなると当然、初めて自分たちの信仰を得たと武家社会に急速に浸透していった。
更に、商売上手の念仏は、その時々の情勢を上手く掴み臨機応変に天下万民に入り込む
知恵を持っていたのでしょうネ。
彼らが行う祈祷の儀式は軍事力に匹敵するものだったと言われ、災害や戦時の祈祷、時勢
や方位の占い、勅令や災害の推薦状などを通じて権力者や幕府を助けるものとされ、幕府
の家臣同様に寺社も領地を保障された。
幕府の材木管理の他、当時の鎌倉には多くの放浪者や野蛮人が押し寄せており、それらを
極楽寺の住職であった仁正が境内に封じ込め、幕府と契約していた建設事業の労働力とし
て組織して利用し、巨額の利益を得ていた。
つまり、人足派遣業ですネ。さらには、港湾整備や関税の徴収なども行っていた。
だから、念仏無限などと説く日蓮が邪魔だった訳ですネ。
そして、自分たちに歯向かう者を仏敵と称してとことん攻撃をする。
(続きます) (続きです)
なんとなく、今の創価学会や公明党に似てませんか?
真実を知った内部の会員を査問・除名する行為も繰り返していると言われます。
公明党が連立政権に加わってから、重要法案などでは沈黙するので、会員の中からは不満
が噴出してますが、創価学会は立正安国や王仏冥合を諦めてからは、総体革命の名の下に
社会の様々な分野に入り込んだ。
連立政権もその一つですよネ。表向きは、自民党のブレーキ役などとほざいています。
学会員からすれば今や日本を動かしているのは創価学会、公明党だと信じ込んでますが(笑)
果たしてそうなのでしょうか?
実態は自民党の支援団体の一つに取り込まれてしまっているのでしょうネ(笑)
あの日、当時の自民党幹事長が当時のA会長を呼びつけ、証拠を全て見せつけ、創価学会
を取り潰すか自民党の支援団体になるのかを二者選択を迫り、恫喝したとされます。
そして、公明党は連立に加わることになり、この時、歴史は動いた。
生長の家などが自民党と距離をとるなど当時は自民党も斜陽の危機にあった時期です。
自民党は権力維持のためならなんでもやりますから、あの社会党も取り込んで潰した。
奪命者そのものです。
公明党が下駄の雪と揶揄されてますが、私はその通りだと思っています。
・・・と私は思っています。ご教示いただければ幸いです。
いも、有難うございます。<m(__)m> てか、拝んでこれは効果があるわいって思った宗派の信心でいいやん。
成仏は利益とは無縁って思うに人は、それでいいやん。
俺は病気や怪我すると修行もできなくなる雑魚なんで現世利益的なもんもある程度ほしいがね。
欲に塗れん程度に。
んで、各自お試ししてみたら? まぁ一時的に良くなって後々酷くなることもあるから注意はいるとは思うけど。 唯円・一生懸命に念仏を唱えていますが、情熱も湧きませんし、何の喜びもありません。親鸞先輩!何故でしょうか?
親鸞・唯円よ!お前もか!実は私もお前と全く同じ気持ちなんだよなぁ、、、
(歎異抄 第九条)より
もちろん、親鸞の高弟・唯円のメタフォリカルなハイパーテクストである。 それでもええと思うんよな。宗旨的にはそれでも乳飲み子が母親に負んぶに抱っこで世話してもらうみたいに。
阿弥陀さんに全てお任せしとく、というか戦でも、面倒してくれるってことなんで。 高等天部は座禅だけでそのうち成仏できそうな気がする。 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教団の信者は、当然
御本尊のスパゲティ・モンスターなんて信じていない
これと同じ様に、歎異抄を読むと親鸞は阿弥陀仏を絶対視はしていない。
キルケゴールやデカルトやウィトゲンシュタインの様に、信仰の跳躍に賭けたんだよ
(leap of faith)として、居るか居ないか分からない阿弥陀仏を信じても信じなくても良いけど
たとえ信じても、信じなくても縁起と空は絶対だから人間は救われる、結局阿弥陀仏自体はどうでも良いと言ってるよな。
日蓮系と同じ様に、信者が教義を上書きして念仏至上主義になって居るのが真宗。
法華経も多宝仏も上行菩薩も釈尊も、そして今読んでる法華経も実は存在しませんでした。
というアレゴリーで書かれてるよな。信じてた物が消えるというドラマツルギーは
宗教に必要不可欠なアイコニックなアクティベイターなのだろうか?
ソフィーの世界。を登場人物のソフィーと一緒に読んできたのに
肝心なソフィーが、いつの間にか消えて無くなる
魔法少女まどか☆マギカ。魔法少女と魔女というトリックスター的マクガフィンを
追い求めて、いきなり作劇は相転移して終わる。連続性と断続性の乖離を阻止しようとする
少女だけが作品の幕を閉じる。
人間って、こういうマジックリアリズムが根本的に好きなんだよ。 もしかしたらね、AIが学習して違う形で即身成仏する方法を編み出すかもしれないね。
そうしたら、それはそれで正しいんだから、誰も折伏は出来ない。
もちろん創価もだね。
もし折伏したらトンデモナイことになる。 >>741
昭和の折伏時代の折伏って
宗教的な意味では無く
社会的弱者の共同体を作って、擬似家族によって頑張ろう
みたいな意味だったんじゃ無いかな?
つまり、万引き家族、擬似家族にコミットメントを置く人が
折伏だけが自己実現だと生き生きして、暴走して強引な折伏なんかするから
昭和創価学会のイメージは悪いんだよ。
今の創価学会員も、ソコを感情を充填させず
冷静に冷徹な眼差しを持って、その分析を解説してあげるべきなんだけどなあ
とにかく今でも創価学会を気味悪がってる人は多い訳で
合理的に考えれば、今の創価学会の誤解としてエクスプラネーションというか
スティグマを除去出来るだけの論理性と合理性を全面に出した説明を
学会員達がした方がいいよ。でなければ、これからもずっと創価学会は偏見を持たれる
ただ、バカにする訳じゃ無いけど、創価学会員にそれが出来る人がいるかどうか?
上部圧迫からの同調圧力に怯えて何も喋れない学会員が多いんじゃ無いか?
という問題も有るんだろう、とは思う。 普通に物事を冷静に判断出来なくするのが宗教だよね。
創価はヒトラーの10の鉄則を利用して信徒をコントロールした。
組織論として、ここまで徹底して会員に刷り込んで洗脳しコントロールする手法は企業なんかが活用したら成功するんだろうけどね。
どちらにしろ、創価が真実はトンデモナイ団体だったわけだから恐ろしい話だ。 日本語だとAdi Buddhaの情報が少ないから翻訳して勉強してるけど
これ理神論だよ >>733
誤った歴史認識が多いようです。
>>南無阿弥陀仏を唱えるだけでいいのならと鎌倉節武士の間に急速に広まりましたよネ
鎌倉武士の間で広まったのは禅。北条時頼も禅の武士。道元に師事し、禅寺の建長寺を建て、やがて出家して禅の僧侶となった。
>>法然は称名念仏だけに専念する専修念仏を説いたので、当時の仏教界から猛反発
をくらい幕府の力を借りて法然を島流しにした。
法然を弾圧したのは基本比叡山天台宗。法然を島流しにしたのは朝廷の後鳥羽上皇であり鎌倉幕府ではない。
鎌倉幕府と朝廷は基本対立関係であり、法然弾圧に幕府は関わってない。
>>各宗は自宗の修行に念仏を取り入れて、どこの宗派も皆念仏を唱える様になった。
念仏は法然以前からごく普通に修行としてあった。法然が発明したんじゃないぞ。 >>733
そうなると当然、初めて自分たちの信仰を得たと武家社会に急速に浸透していった。
念仏が広まったのは農工商。
>>極楽寺の住職であった仁正が境内に封じ込め
極楽寺は真言律宗で浄土宗じゃない。
仁正?もしかして忍性(にんしょう)のこと?
>>彼らが行う祈祷の儀式は軍事力に匹敵するものだったと言われ、災害や戦時の祈祷、時勢
や方位の占い、勅令や災害の推薦状などを通じて権力者や幕府を助けるものとされ、
浄土宗がそんなことしてたのはあまり聞いたことがないな。真言宗ならそうだけど。あるいは修験道や陰陽道、神道ならそうだけどさ。
>>自分たちに歯向かう者を仏敵と称してとことん攻撃をする。
別に他宗派は坊さんたちは誰も相手してない。
念仏を唱えている一般庶民は激怒したかもしれない。だって念仏坊主の首ハネロとか寺放火しろとかヘイトスピーチかましてたから。
で当時のヘイトスピーチ禁止法に引っ掛かって、刑罰として合法的に流罪されただけ。 >>743
>創価はヒトラーの10の鉄則を利用して信徒をコントロールした。
牧口氏の価値創造の第3号と第6号を読むと、大意としては牧口氏はそう行ってるよね
でも発行年が1941年と1942年という太平洋戦争の全体主義の時代だし
国家に擦り寄る所もあったのでは無いかな?
しかし不思議なのは、国家、軍部、大本営側が
日本神道を、国家神道に作り変えた事だけは牧口さんは批判的だったんだよな
牧口さんは伊勢神宮の大麻を焼き払ったけど、それは
日本神道の伊勢神宮に対して反対していただけで
国家神道には信仰を持ってたんだよな。
で、現在多くの学会員は日本神道と国家神道を同一視して
神社にお参りをしない人がまだ一部いるんだよな。
これって学会員一人一人が勉強してないから
身近な学会員のファクトチェックと分析無しの意見を間に受けているんだよ
牧口氏のヒトラー・我が闘争の咀嚼自体は非常に知性的に行なっている。
一度国会図書館や慶應義塾大学図書館で初版の価値創造を読めば分かる事だけどね。
大雑把に言って今の創価学会員は牧口先生や日蓮大聖人の
本来の思想を誤解し、日蓮大聖人と特に牧口先生を裏切ってる事になる 大きな間違えをして書き込んだ。謝罪する
間違い・日本神道の伊勢神宮に対して反対していただけで
国家神道には信仰を持ってたんだよな。
訂正・国家神道の伊勢神宮に対して反対していただけで
日本神道には信仰を持ってたんだよな。
物凄く大きな間違えをしました。
ここに訂正をし、謝罪いたします。
ごめんなさい。 この板は間違いは取り消しきかんからね
落ち着いて投稿しましょうね。
謝っても遅いのよ(笑) 日蓮のインチキ御本尊というウソ仏考案に比べればチリアクタ程度の間違いだな >>750
インド仏教史、即ちお経が次々に成立する経緯と最終の密教経典に至る事実。
此の簡明な歴史的事実を知らずに自己確立し布教する日蓮、まあ仕方あるまい。
その彼の時代は其れで通り、江戸時代終了までそれでOKであった。
日本に現存する仏教宗派と、素晴らしい!学問と
教養あるとまでは云い得ないが一般の普通人との誤差は広がる一方であろう。
我が宗旨の教えは、お釈迦様がお説きになられたA「法華経」B「阿弥陀経」C「般若心経」
により御宗旨が建っています。
この様な説法を聴いた途端に、インド仏教史年表が脳裏に浮かぶってのが私。
日蓮氏が確信し得た仏法が、実は誤認でした!を訂正してはイケナイと仰る人が
ゾロゾロ涌いて出て来る、さて如何したもんじゃろか?
隣国の人たちが歴史修正を好み、半島併合が平和裏に実行され穏やかな統治継続を
否定し歴史の教科書、公文書までもを書き換えたがる姿を見ること多し。
其れとは違うわけで、日蓮氏の誤認は仕方あるまいの範囲。
現代人の我々は多くの情報を得るのだから「新日蓮宗」を立てるほどの気概が無ければ
この法華経宗旨は存続できまい。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています