安い日本。最近よく耳にする言葉です。イヤな響きですね。いろいろな視点からいろいろな話がありますが、特に注目されているのが「低賃金」ではないでしょうか。約30年にわたって賃金が上がっていないとされ、かなり注目されているように感じます。政府からの賃上げ(通常の賃上げでなく、大きめの賃上げ)を求める発言があるようです。

しかし、政府が望んでも、簡単には賃金は上がりません。多少は上がるでしょうが、限定的です。理由は単純で、上げた賃金は下げられないからです。「利益を還元しろ」という主張をよく耳にします。利益があれば賃上げしてよさそうですが、赤字のときに賃下げできないならそうもいきません。

労働契約は「契約」です。賃金「額」は契約内容です。賃上げも賃下げも、契約の変更にあたります。契約の変更は労使合意が原則です。事業所が一方的に賃上げしても、従業員が反対しないから契約変更が成立します。しかし賃下げは従業員の合意を得ることが難しく、なかなか成立しません。成立するとしても、従業員のモチベーションへの影響なども考えると、事業所にとって良いのかどうかわかりません。それなら、将来賃下げしなくてよい範囲でしか賃上げもできないという話になります。

法律は賃上げ賃下げや利益還元について、事業所に対して次のように示唆しているようです。

【示唆①】賃上げはその後ずっと、いかなる事態が生じても保障し続けることが可能だと確信を持てる範囲で行うこと。

【示唆②】利益還元はそのとき限りの賞与で支払うこと。

「賃下げができないから、賃上げもできない」。これが経営者の認識です。だから、物価高への対応として一時金の物価手当は良くても恒久的な賃上げには躊躇(ちゅうちょ)するのです。

それでも経営者の本音としては良い人材を適正な賃金で報いたいと本気で考えています。今後にも期待したいから、投資として可能な範囲で賃上げを検討します。同時に、新規採用時の競争力にも気を使います。できるだけ高い賃金を提示して、求人したいのです。ここで「法律の示唆①」との関連で、どのあたりに結論を置くかが経営判断です。厳しく難しい判断ですし、正解がわかりません。さらにどのように判断しても、全従業員の納得は得られません。そして、多くの中小企業経営者にとっては孤独な判断でもあります。

もう一つ、賃上げを抑制する法律の示唆がありますね。

【示唆③】解雇はよほどでないと認めない。だから、正規雇用は何があっても定年まで面倒を見る覚悟で雇うこと。

正規雇用は10年、20年、場合によっては40年以上続く「超長期契約」です。従業員は実質的にいつでも退職できますが、解雇するには厳しく高いハードルがあります。人間は変わります。頑張る従業員が、そうでなくなる例が多々あります。それでも上げた賃金は下げられず、長期間にわたって解雇もできない。法律は、なぜここまで事業所の賃上げや採用欲を抑制するのでしょう。

法律は何を守っているのでしょうか。事業所はよほどのことがない限り、平均的な従業員の賃下げや解雇は考えません。そんなことをすれば、不信を買い、ひいては事業が立ち行かなくなるからです。結局のところ、法律から守られているのは、いわゆる「働かないおじさん」や、解雇一歩前くらいの問題社員など、ということになるわけです。法律がなければ守られない者は法律によって生み出されていると言ってもよさそうです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d32bb4eb05cafea7767ea14728adb077ad561f39