ドル/円が15日の東京市場で114円台を付けた。政府・日銀や市場関係者にとって円安は株高につながり「万歳」の声が聞こえそうだが、どうも違ったムードも漂う。円安は、原油高などエネルギー価格上昇が加わると日本企業の収益減少要因になるが、中長期的には「円安のぬるま湯」につかった結果、国際競争力が低下し、1人当たり賃金の国際的順位が後退するという「不都合な事実」が存在する。

岸田文雄首相は成長と分配のバランス重視を掲げているが、今のままではじり貧だ。世界的な脱炭素の流れを見据え、関連技術を集積した新たな産業を構築し、次の世代が「食べていける国」を目指すべきだ。

<円安と原油安、企業収益と消費を圧迫>

15日のドル/円は午後に一時、114.045円まで上昇した。115円程度までの上昇があってもおかしくないとの声も市場で出ている。ただ、輸出関連株はこの1週間での上昇が目立っていたこともあり、一段高を目指す動きにはなっていない。

1つの材料は、円安とほぼ同時進行している原油高だ。15日午前の米WTI先物は1バレル=81ドル後半で推移。1年前の2倍以上の高値で取引されている。原油高と円安が重なると、円で支払う日本企業のコスト負担は急増する。9月の輸入物価指数は、前年比31.3%増に跳ね上がった。

このため「円安は株価にプラス」との大合唱が起こる株式市場の中ですら「今回は悪い円安だ」(国内証券関係者)との声が広がり出している。

原油高と円安は、消費にも悪影響を及ぼすとみられている。原油は関連製品のすそ野が広く、タイムラグを伴って製品やサービスの値上げにつながりやすい。その幅が円安によってさらに大きくなり、消費者の購買力をむしばむことになる。

このまま推移すれば、年末に向けた消費を下押しし、新型コロナウイルスの感染者減少と規制緩和による消費押し上げ効果をかなり減殺することになりかねない。

<賃金と1人当たりGDP、国際的順位で後退>

だが、中長期的に見た場合、円安の弊害には目をそらすことができない「不都合な事実」が存在する。

まず、指摘したいのは日本の平均賃金と諸外国との推移の違いだ。経済協力開発機構(OECD)のデータによると、日本の平均賃金は1990年の3万6800ドル強から2020年に3万8500ドル強へと約1700ドルしか増加していない。

一方、米国は4万6900ドル強から6万9300ドル強へと上昇。主要7カ国(G7)で日本より低いのはイタリアの3万7700ドル強だけだ。日本はOECD加盟の38カ国平均よりも1万ドル超も下の水準に甘んじ、4万ドルを超えている韓国の後塵を拝している。

また、国際通貨基金(IMF)のデータによると、日本の2020年の1人当たり国内総生産(GDP)は4万0089ドルと世界24位。1993年には1位だったが、じりじりと順位を下げてきた。

<円安でも伸びない輸出>

なぜ、賃金の伸びが鈍く、1人当たりの豊かさを示す1人当たりGDPの順位が後退してきたのか──。様々な要因が複雑に絡み合っていると思うが、大胆に仮説を提起すると、実質実効為替レートの大幅な円安傾向にもかかわらず、輸出数量や輸出額が増えず、円安メリットを享受する「国際競争力」を維持した産業が減少したため、と言えるのではないか。

国際決済銀行(BIS)などのデータによると、円の実質実効為替レートは足元で1970年代前半の水準まで低下しており、その意味では50年ぶりの円安とも言える。

しかし、日本の産業はこの円安を生かして輸出数量や輸出額の増加に結び付けることができていない。最も輸出額が多かったのは2007年の83.9兆円。当時は電機産業が自動車と並ぶ輸出産業の花形にとどまり、貿易黒字は10兆円を超えていた。

近年で最も輸出額が多かったのは2018年の81.4兆円。だが、輸入も多く1.2兆円の貿易赤字だった。19年も1.6兆円の貿易赤字となり、20年は5600億円の貿易黒字だったが、新型コロナウイルスの感染拡大による経済不振で、輸出額は68.4兆円にとどまった。
https://jp.reuters.com/article/column-tamaki-idJPKBN2H50GI