米アップルが次世代の高速通信規格「5G」戦略について沈黙を保っている。韓国サムスン電子や中国・華為技術(ファーウェイ)が2019年内に対応製品の発売を表明する中、1日に開かれたアップルの株主総会でも具体的な戦略は示されなかった。産業構造を変える技術革新を促すとされる5Gへの出遅れは、株主の不安を不信に変えかねない。

スペインで2月25日から28日にかけて開かれていた世界最大の携帯関連見本市「MWC19バルセロナ」。例年出展してないアップルだが、今年はその「不在ぶり」がより際立った。アップルがいまだに投入計画を明らかにしていない5G対応のスマートフォン(スマホ)で、ライバルによる発表が相次いだからだ。

世界シェア首位のサムスンや同3位のファーウェイにとどまらず、中国小米(シャオミ)やOPPO(オッポ)といった新興メーカーも最新の5Gスマホを展示。19年から商用化が始まる5Gのビジネスチャンスをつかむ意気込みを見せた。

1日に米カリフォルニア州クパチーノの本社で開かれたアップルの株主総会でも、ティム・クック最高経営責任者(CEO)の口から5G戦略が語られることはなかった。今後の商品計画についての質問には「多くのことに取り組んでいるが、話すことはできない」と述べるにとどめた。

アップルが5G端末を公表できないのは、特許紛争で関係が悪化した米クアルコムから5G対応半導体の供給を受けることができないからだ。アップルはクアルコムの特許使用料の設定が不当に高いとして17年1月に同社を提訴。以来、両社は世界各地で知的財産権の侵害などを理由とする訴訟合戦に突入している。

19年内の発売が表明された5Gスマホは、ほとんどにクアルコムの半導体が採用されている。同社に全面的に頼らない形で5Gスマホを開発するのは傘下に半導体メーカーを持つファーウェイだけだ。代替調達先のインテルは開発が遅れており、業界内では「20年まではアップルは5G端末を出せないだろう」との観測が大勢を占める。

アップルも通信半導体の自社開発に乗り出したと報じられているが、クック氏は「今、半導体に投資したとしても、市場に出るには3〜4年かかる」と長期戦になることを認めている。

5Gへの遅れの代償はスマホの世界にとどまらない。5GはあらゆるモノがネットにつながるIoTとの組み合わせで産業の高度化を進める基盤技術だ。ファーウェイやクアルコムはMWCで、無線でつながったロボットが工場内で動く未来を提示。クラウド経由で人工知能(AI)を使った高度な処理が可能になるほか、配線が少ないために設備ラインの切り替えが今の数カ月から数日に減るとした。

自動運転やVR(仮想現実)、AR(拡張現実)に取り組む企業も5Gを商機と見ている。マイクロソフトでクラウド事業を担当するジュリー・ホワイト氏は「5Gとクラウドの連携はビジネスの幅を広げる」と話す。MWCではゴーグル型のAR機器の出展も相次いだ。いまや「目につける機械」もスマホのライバルになる時代だ。

ハードに収益を依存するアップルはこうした5G時代の応用力に乏しい。クラウド事業に力を入れるグーグルは、スマホだけでなくIoTも想定したアンドロイドの開発を急ぐなど「スマホ後」の時代を見据えて手を打っている。スマホがパソコンを侵食したように、5Gの時代はスマホも安泰ではいられない。

年初の業績下方修正で株価が急落した「アップル・ショック」から2カ月。成長戦略が見えない中で、アップル株は時価総額が米国企業で初めて1兆ドルを超えた18年8月から2割弱低い水準にとどまっている。

1日の株主総会では、34年間アップル株を持ち続けているという男性株主が「製品開発において十分なリスクをとっているのか」とクック氏を問いただす場面もあった。かつては厳格な秘密主義が技術革新への期待をかき立てていたアップルだが、その神通力は色あせつつある。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41976440S9A300C1EA5000/