細野祐二(会計評論家)

日本企業の海外企業買収では過去最高額となる6・8兆円を投じる。会計のプロが抱え込む財務リスクを喝破する。
(構成=浜条元保・編集部)
https://img.news.goo.ne.jp/_/picture/economist/m_economist-20180525164304595.jpg
「信じられない。会計士や銀行はいったい何をしているのか」
 武田薬品工業によるアイルランドのバイオ医薬大手シャイアー買収に対する私の感想だ。長年、会計士として企業財務を見てきたが、こんな無謀な買収劇は記憶にない。「会計士と銀行はなぜ、止めなかったのか」と、腹が立った。

 武田は5月8日、シャイアーの買収で合意した。買収額は、日本企業の海外企業買収では過去最高の460億ポンド(約6・8兆円)に達する。開発中の有望な治療薬を多数持ち、米国市場でのシェア拡大につながるシャイアー買収は、メガファーマ(巨大製薬会社)を目指す武田のクリストフ・ウェバー社長にとって乾坤一擲(けんこんいってき)の決断だったかもしれない。だが細野氏は財務リスクを問題視する。

 ◇定期償却不要の誘惑

 私が買収に反対する理由は、財務リスクが大き過ぎるからだ。成長戦略として、企業買収をすべて否定するつもりはないが、武田のケースは買収価格が高過ぎる。

 具体的には、買収価格と被買収企業(シャイアー)の純資産の差額である「のれん代」だ。今回の買収で武田には、新たに約3兆円ののれん代が資産に計上される。日本の会計基準なら20年以内の均等償却が必要で、毎年1500億円の償却負担となる。つまり、20年間毎年純利益ベースで1500億円の減益要因となり、普通の経営者なら躊躇(ちゅうちょ)する。

 しかし、国際会計基準(IFRS)を採用する武田は、定期償却をしなくていい。だからIFRSはサラリーマン経営者にとって、魅力的なのだ。目先コストゼロで売り上げや利益を一気に底上げできるからだ。単純計算すると、武田はシャイアー買収で売り上げを1兆6520億円、純利益を4654億円(ともに2017年12月期)を上乗せできる。

 ただし、シャイアーの収益力が買収時の想定より低下したと判断されれば、のれん代の評価を引き下げ、当初計上したのれん代との差額を損失処理しなければならない。東芝がウェスチングハウス買収ののれん代で、経営危機に追い込まれたのは記憶に新しいだろう。

 武田はシャイアー買収で、どの程度の収益力を想定しているのか。それは、のれん代で計れる。

 武田がシャイアー買収に投じる6・8兆円に対して、経済産業省が上場企業に求めるROE(株主資本利益率)8%の利益が期待される。すると、毎期5440億円(6・8兆円×8%)の利益が求められる。しかし、シャイアーの2017年12月期の純利益は4654億円だから、6・8兆円の投資には超過収益力が認定できず、計上されるのれん代3兆円には資産性がない。

>>2 に続く

(スレ立て依頼から)
05月26日 07:00
(週刊エコノミスト) - goo ニュース
https://news.goo.ne.jp/article/economist/business/economist-20180525164304595.html