起業家イーロン・マスク氏がどのように世界を変えようとしているのか。マスク氏とその会社が活動する8つの業界について掘り下げ、どのように変革に取り組んでいるかについて考える。(つづき)

■AI
マスク氏は17年9月、AI(と国家レベルでの開発競争)は第3次世界大戦の「最大の原因になりかねない」と警告した。マスク氏と彼のNPO(非営利組織)「オープンAI」にとって、AI研究の目的は人類の存亡と未来だ。AI研究が現在の路線を進めば、人類に未来はないとマスク氏は考えている。

AIは今やテクノロジーの中核をなしており、目に見える分野だけでなく、あらゆる部門に普及している。AI研究はかなりの勢いで進歩しており、マスク氏はまさにこの点が人類の存続を脅かすと危惧している。米グーグルや米フェイスブック、米アマゾン・ドット・コム、米アップルなどAIの開発に取り組んでいる企業は軒並み、効率化や生産性の向上、人間が担う作業の減少、人間の生活の質の向上など、AIのプラス面に貢献している。

だがこうしたプラス面の開発競争は、重大なマイナス面――人間よりもずっと賢く、人間を存続させておくのは無意味だと見なす汎用AI――の開発競争にもなる。

オープンAIの目的はAI研究を強化することだ。AIの開発を手掛ける前述の企業は経済的な利益を追求しなくてはならないため、どうしても秘密主義になる。一方、オープンAIは研究に取り組むだけでなく、「誰もがより迅速に研究を進められるよう、プラットフォームやインフラなどを支配」したいと考えている。グーグルやフェイスブックなどと同水準の質の高いAI研究を公開するというのが、オープンAIの全体的なコンセプトだ。

果たして汎用AIは問題なのだろうか。AI分野の専門家からは、マスク氏の懸念に対する批判が起きている。機械学習の第一人者、アンドリュー・ング氏は「人間の能力を超えるAIについて心配するのは、火星が人口過密になると心配するようなものだ」と指摘する。

マスク氏はオープンAIにより、世間にAIの脅威について十分認識してもらいたいと考えている。そうすれば先を見越して規制を策定し、コントロールできるからだ。

一方、マスク氏は人間がAIの脅威から自衛する手段にも資金を投じている。これが17年3月に米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が存在を報じたニューラリンクと呼ばれる企業だ。AIに乗っ取られる前に、人間をデジタルの面から補強するのが狙いだ。

■ヘルスケア
ニューラリンクは人間の脳をコンピューターに直接つなぐ「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」の開発を手掛ける。BMIは数十年前から研究されており、臨床実験も始まっているが、処理能力が低く、侵襲性が高いという2つの大きな問題を抱えている。

ニューラリンクは短期的には、この2つの問題の解決を目指す。処理能力が高く、侵襲性の低いBMIを開発して米食品医薬品局(FDA)の認可を受け、数年以内にまずは実際の患者が、その後すぐに一般の人が使えるようにしたいと考えている。これは人類がAIの侵略から生き延びる唯一の手段だとマスク氏は考えている。

ニューラリンクは発作や神経変性、ガン、脊髄損傷などの患者を救う可能性もある。こうした症状は毎年数百万人を苦しめ、数億ドルの治療代がかかっている。同社のプロジェクトが成功すれば、何年にも及ぶ高額な治療の代わりに、微細なインプラントを脳に埋め込むだけで済む可能性がある。

■より良い未来のために
マスク氏の会社はそれぞれ、私たちの未来の存亡にかかわる問題を解決するために設立されている。

テスラ ガソリン車は間もなく過去の遺物になり、EVが君臨する。代替エネルギーの価格は下がり、利用しやすくなる。

スペースX 複数の惑星に住めるようにしておくことは、地球に大惨事が起きた事態への備えとして非常に望ましい。

オープンAI 人間の知能を超越したAIは地球上のあらゆる生命体を絶滅させる可能性が高く、私たちは手遅れになるまでこうしたAIを開発していることに気付きもしない恐れがある。だからこそ、こうした可能性をただちに食い止めておくべきだ。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27927220Z00C18A3000000/