配車アプリを手掛ける中国の滴滴出行の創業者で最高経営責任者(CEO)の程維氏は昨年初め、ソフトバンク・グループの孫正義社長からの資金拠出を断ろうとした。事情に詳しい複数の関係者によると、程氏は滴滴出行が既に100億ドル(約1兆1222億円)を調達したため、孫氏に資金の必要はないと伝えた。孫氏は了承しながらも、恐らく滴滴出行のライバルの1社を直接支援することになると示唆したという。結局、程氏は折れ、テクノロジー企業の資金調達額としては過去最大となる55億ドルを孫氏らから受け入れた。

孫氏は昨年11月にも同様のやり方で、米ウーバー・テクノロジ−ズに対し、同氏が望む取引が成立しない場合、同業の米リフトを支援することになると公然と通告した。ウーバーも先週、90億ドルの出資を受け入れた。

孫氏はこの1年、テクノロジー業界にとって止めようのない力となった。ソフトバンクが計画した1000億ドル(約11兆円)規模の「ビジョン・ファンド」の出資者名簿には米アップルのティム・クックCEOやサウジアラビアの皇太子らが名を連ねた。孫氏は配車アプリをはじめ、半導体製造装置、シェアオフィス運営、人工衛星製造、ロボット工学、屋内植物工場などの企業の株式を取得した。

孫氏の独特な交渉術は何年にもわたり、中傷する者だけでなく信奉者をも驚かせてきた。最近の熱狂的な株式取得も例外ではない。案件に関与した複数の関係者によれば、繰り返されるディールの中で、孫氏は創業者とじかに合って彼らの希望よりも多い出資額を受け入れるよう説得し、並外れた資金力を武器として利用した。

孫氏の投資戦略は決して単純なものではない。同氏は自身を真の情報革命の信奉者だと考え、いつの日かコンピューターが人間の脳や身体と融合するシンギュラリティ(技術的特異点)という説を支持している。しかし、多くの懐疑論者もおり、配車アプリ事業がどのように稼ぐのか、あるいは人工衛星が屋内植物工場にどのように関係するかに疑問を呈している。

孫氏(60)は1981年にソフトバンクを設立して以来、数百件もの投資を行い、ドットコム・バブル期には一時的ながら世界首位の富豪となる時期もあった。しかし、投資の大半は失敗しており、孫氏の評判の大半は1999年の中国電子商取引大手アリババ・グループ・ホールディングへの2000万ドルの投資1件によるものだ。

その株式価値は、今では15兆5000億円(1380億ドル)に上り、これまでで最も利益の上がったベンチャー投資の一つとなった。しかし、多くの人はまぐれ当たりだと思っている。孫氏は一度は幸運をつかんだが、もう一度できるだろうかと。

孫氏はこれについてコメントを拒否。ソフトバンクの広報担当者は孫氏の成功例について、アリババにとどまらないとし、スプリントやヤフー、ゲーム会社スーパーセルなどへの投資を挙げた。

ディールメーキング熱は2016年9月に始まった。サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は同国の石油依存からの多様化を模索するため東京に飛んだ。テクノロジー関連ベンチャーに投資する史上最大規模のファンド設立構想を打ち出していた孫氏と会談した。サルマン皇太子は1時間足らずで主要な投資家になることに同意した。孫氏は9月にブルームバーグテレビジョンのデービッド・ルーベンシュタイン・ショーで「45分で450億ドル」と語った。「1分当たり10億ドル」だ。

調査会社プレキンによると、孫氏は昨年、約100件の投資を実施し、総額は360億ドルに上った。これはシリコンバレーの二大巨頭、セコイア・キャピタルとシルバー・レイクを合わせた額を上回る。

孫氏は一風変わった個人的アプローチを取る。創業者を東京に招き、英語で直接面談することが多い。ソフトバンク本社26階の会議室で公式な会議を始めることもよくある。会議の出席者によると、その後、ゲストやスタッフと共に、同じフロアのプライベートダイニングエリアに移動する。訪問客は庭を眺めたり畳の上でくつろいだりし、孫氏の専属シェフが日本料理を用意する。大画面テレビにはしばしば福岡ソフトバンクホークスの試合が流される。ただ、世間話はほとんどできない。

「孫氏はたくさんの質問をする」と、ソフトバンクから16年12月に10億ドルの投資を受けた衛星プロバイダー、ワンウェブのグレッグ・ワイラーCEOは言う。「深速思考を好み、可能性模索術を通じた考え方が好きなら、意欲をかき立てられる素晴らしい経験になる」と話した。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-01-05/P233YF6VDKHT01