かつて多くの日本企業は「よい品を、より安く」というアプローチで成功してきた。だが「ラグジュアリー・ブランド」の台頭で、苦戦する場面が増えている。「高くても、いいものがほしい」という顧客には、まったく違う売り方が必要になる。神戸大学経営大学院の栗木契教授が、3つのグローバル企業の事例を検証する――。

「よい品を、より安く」

この短いフレーズに表明されているのは、「同一性能なら競合製品より価格を下げる」「同一価格なら競合製品よりも性能を高める」というアプローチである。その前提には、コスト・パフォーマンスで顧客価値を判定するマーケティング発想があり、その実現には、事業の効率化や、生産性の向上が必要となる。これは20世紀の後半に、多くの日本企業が世界に名をはせるうえで得意としてきたアプローチでもある。

今の日本企業にとってはどうか。

わが国の代表的な経営学者である加護野忠男氏は、この「効率追求型」のアプローチからの脱却の必要性を説く(『一橋ビジネスレビュー』2014, Spring)。日本企業のビジネスの前提は、かつてとは大きく変わっている。コスト・パフォーマンスのよさを顧客に訴求するマーケティングに固執しても、国内外で事業を健全に発展させる余地は限られる。

そのなかにあっては、逆に、「高く売ることを考えるべきだ」というのが、加護野氏の見立てである。

中略

トヨタ自動車がレクサスの販売を開始したのは1989年である。当初は北米の高級車ブランドだったレクサスが、日本に投入されたのは2005年。現在ではグローバルな販売台数でBMW、メルセデス、アウディに次ぐ世界第4位の高級車ブランドとなっている。

トヨタとレクサスという2つのブランドでは、仕事の進め方や感覚、あるいは優先順位が異なる。レクサスのようなラグジュアリー・カーの広報では、スペックの優位性だけではなく、歴史や哲学など、ブランドが有する物語の発信が大切となる。その設計にあたっては車体の軽量化よりも、乗り心地や質感が優先されることもあるという。顧客は、必ずしも価格の安さを求めているわけではなく、より高価な車に購買意欲を示したりする。さらにレクサスは完全受注生産であり、購入後の引き渡しまでには2カ月ほどが必要になる。お買い得感や、短納期などを訴求する営業は通用しない。

ラグジュアリー・カーを販売しようとすれば、購買する顧客の層も、営業のアプローチも一般的な車とは大きく異なる。日本市場でのレクサスの販売を、トヨタは従前の系列店とは別の新しい店舗ではじめた。その後のレクサスの事業は、さらに独立性を強めていく。

2013年にはレクサスインターナショナルという、トヨタ社内のバーチャルカンパニー的な部門が設立され、技術開発、デザイン、広報などの各部門に分散していたレクサス担当が、ひとつの組織に集約されることになった。国内外でレクサスの販売が拡大するなかで、ディーラーから「まったく異なる顧客に販売する車なのだから、つくるのも別の人であってほしい」という声が高まってきたのだという。そのなかでレクサス・ブランドのステップアップに必要な取り組みとして、レクサス部門の独立性を高める判断がなされた。

コスト・パフォーマンスの追求とは異なる、新たなマーケティングが求められるラグジュアリー・ブランド。扱う商材は同じであっても、意志決定の基準や仕事の進め方は異なる。ラグジュアリー領域に乗り出すには、製品や生産の技術のベースは同じでも、マーケティングにおいては別の舟に乗り換えていくことが必要となる。
http://president.jp/articles/-/23475