0001しゅわっち'92 ★
2018/09/28(金) 23:04:25.44ID:CAP_USER2007年の東京都知事選での過激な政見放送で知られる外山恒一氏(48)が著作を刊行した。『全共闘以後』と題された624ページの大著。帯文には《1968年の全共闘から50年。
1972年の連合赤軍事件を境に学生運動は急速に退潮し、その後は「シラケでバブルでオタクでサブカル」の時代――。そんな歴史認識は間違っている!」、「いま初めて描かれる若者たちの社会運動50年“通史”》などとある。
つまりタイトルどおり、1968年をピークとする全共闘運動の終焉以後、この現在までの50年間の若者たちのさまざまな運動の変遷、知られざる歴史を描いた本である。
発売されて間もないながら(9月16日発売)、すでにネット上には「新幹線で読みはじめて4分の1くらい読んだけど、ヤバイくらいにおもしろい」、「引き込まれるように読んでしまう革命の血脈」、「何となく常識と思っていたことが次々と間違いだったと、
更新されていく。絶え間なく知らなかったことが入ってきて超刺激的!」、「全く知らなかった社会運動史のあまりの豊かさ、そして過激さに驚きっぱなしで読み終えた」、「サントリー学芸賞やれば良いのに」などと絶賛の声が溢れる。
本人に話を聞いてみた。
(写真)
外山恒一氏(左)
――新著、まずは好評のようです。
外山:当然でしょう。なにしろ類書がまったく存在しないんですから。この50年間にも、その時々の若者たちによるラジカル(過激、根源的)な社会運動の試行錯誤は絶え間なく続いていて、しかも例えば80年代の反管理教育運動や反原発運動、
90年代の「だめ連」、00年代の「素人の乱」やフリーター労働運動など、たまに盛り上がって世間から注目を浴びることさえ何度もあったのに、そうした注目は一過性のもので、
“点”としてしか記憶されておらず、それらを“線”としてつなげる試みが、これまで1つも存在しなかったことのほうがむしろ不思議です。誰もやらないから私がやったんです。
――扱っている領域も幅広いですね。左翼の若者たちの運動の変遷を軸としながら、右翼のそれも扱われているし、さらには狭い意味での政治的な運動だけでなく、それらと共振するようにして存在した、演劇や音楽などのサブカルチャーや、思想・哲学シーンの動向についても目配りされています。
外山:そこらへんは、もともと“異端的極左活動家”として90年代を過ごし、00年代以降はファシズムの立場に移行したという、私の特殊な経歴が大いに関係していると思います。全共闘以来の“伝統”を受け継ぐ左翼過激派のいわば“保守本流”の動向も視野に入るし、
そこから逸脱する動きにも常に注目してきたわけで、既成の左右図式の中に収まっているようなタイプの書き手が仮に今回の私のそれと同じテーマに取り組んだとしても、このようには書けないでしょう。
===== 話が長いので省略 =====
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