【急騰】今買えばいい株9697【】
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※前スレ
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured 先生は平生からむしろ質素な服装なりをしていた。それに家内かないは小人数こにんずであった。した
がって住宅も決して広くはなかった。けれどもその生活の物質的に豊かな事は、内輪にはいり込まない私
の眼にさえ明らかであった。要するに先生の暮しは贅沢ぜいたくといえないまでも、あたじけなく切り詰 めた無弾力性のものではなかった。
「そうでしょう」と私がいった。
「そりゃそのくらいの金はあるさ、けれども決して財産家じゃありません。財産家ならもっと大きな家う ちでも造るさ」
この時先生は起き上って、縁台の上に胡坐あぐらをかいていたが、こういい終ると、竹の杖つえの先で
地面の上へ円のようなものを描かき始めた。それが済むと、今度はステッキを突き刺すように真直まっす ぐに立てた。
「これでも元は財産家なんだがなあ」
先生の言葉は半分独ひとり言ごとのようであった。それですぐ後あとに尾ついて行き損なった私は、つ い黙っていた。
「これでも元は財産家なんですよ、君」といい直した先生は、次に私の顔を見て微笑した。私はそれでも
何とも答えなかった。むしろ不調法で答えられなかったのである。すると先生がまた問題を他よそへ移し た。
「あなたのお父さんの病気はその後どうなりました」
私は父の病気について正月以後何にも知らなかった。月々国から送ってくれる為替かわせと共に来る簡 単な手紙は、例の通り父の手蹟しゅせきであったが、病気の訴えはそのうちにほとんど見当らなかった。
その上書体も確かであった。この種の病人に見る顫ふるえが少しも筆の運はこびを乱していなかった。
「何ともいって来ませんが、もう好いいんでしょう」 「好よければ結構だが、――病症が病症なんだからね」
「やっぱり駄目ですかね。でも当分は持ち合ってるんでしょう。何ともいって来ませんよ」
「そうですか」 私は先生が私のうちの財産を聞いたり、私の父の病気を尋ねたりするのを、普通の談話――胸に浮かん
だままをその通り口にする、普通の談話と思って聞いていた。ところが先生の言葉の底には両方を結び付
ける大きな意味があった。先生自身の経験を持たない私は無論そこに気が付くはずがなかった。 「君のうちに財産があるなら、今のうちによく始末をつけてもらっておかないといけないと思うがね、余
計なお世話だけれども。君のお父さんが達者なうちに、貰もらうものはちゃんと貰っておくようにしたら
どうですか。万一の事があったあとで、一番面倒の起るのは財産の問題だから」 「ええ」
私わたくしは先生の言葉に大した注意を払わなかった。私の家庭でそんな心配をしているものは、私に
限らず、父にしろ母にしろ、一人もないと私は信じていた。その上先生のいう事の、先生として、あまり に実際的なのに私は少し驚かされた。しかしそこは年長者に対する平生の敬意が私を無口にした。
「あなたのお父さんが亡くなられるのを、今から予想してかかるような言葉遣ことばづかいをするのが気
に触さわったら許してくれたまえ。しかし人間は死ぬものだからね。どんなに達者なものでも、いつ死ぬ か分らないものだからね」
先生の口気こうきは珍しく苦々しかった。
「そんな事をちっとも気に掛けちゃいません」と私は弁解した。 「君の兄弟きょうだいは何人でしたかね」と先生が聞いた。
先生はその上に私の家族の人数にんずを聞いたり、親類の有無を尋ねたり、叔父おじや叔母おばの様子
を問いなどした。そうして最後にこういった。 「みんな善いい人ですか」
「別に悪い人間というほどのものもいないようです。大抵田舎者いなかものですから」
「田舎者はなぜ悪くないんですか」 私はこの追窮ついきゅうに苦しんだ。しかし先生は私に返事を考えさせる余裕さえ与えなかった。
「田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものです。それから、君は今、君の親戚しんせきなぞ
の中うちに、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間 が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型いかたに入れたような悪人は世の中にあるはずが
ありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという
間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」 先生のいう事は、ここで切れる様子もなかった。私はまたここで何かいおうとした。すると後うしろの
方で犬が急に吠ほえ出した。先生も私も驚いて後ろを振り返った。
縁台の横から後部へ掛けて植え付けてある杉苗の傍そばに、熊笹くまざさが三坪みつぼほど地を隠すよ うに茂って生えていた。犬はその顔と背を熊笹の上に現わして、盛んに吠え立てた。そこへ十とおぐらい
の小供こどもが馳かけて来て犬を叱しかり付けた。小供は徽章きしょうの着いた黒い帽子を被かぶったま
ま先生の前へ廻まわって礼をした。 「叔父さん、はいって来る時、家うちに誰だれもいなかったかい」と聞いた。
「誰もいなかったよ」
「姉さんやおっかさんが勝手の方にいたのに」 「そうか、いたのかい」
「ああ。叔父さん、今日こんちはって、断ってはいって来ると好よかったのに」
先生は苦笑した。懐中ふところから蟇口がまぐちを出して、五銭の白銅はくどうを小供の手に握らせた 。
「おっかさんにそういっとくれ。少しここで休まして下さいって」
小供は怜悧りこうそうな眼に笑わらいを漲みなぎらして、首肯うなずいて見せた。 「今斥候長せっこうちょうになってるところなんだよ」
小供はこう断って、躑躅つつじの間を下の方へ駈け下りて行った。犬も尻尾しっぽを高く巻いて小供の
後を追い掛けた。しばらくすると同じくらいの年格好の小供が二、三人、これも斥候長の下りて行った方 先生の談話は、この犬と小供のために、結末まで進行する事ができなくなったので、私はついにその要
領を得ないでしまった。先生の気にする財産云々うんぬんの掛念けねんはその時の私わたくしには全くな かった。私の性質として、また私の境遇からいって、その時の私には、そんな利害の念に頭を悩ます余地
がなかったのである。考えるとこれは私がまだ世間に出ないためでもあり、また実際その場に臨まないた
めでもあったろうが、とにかく若い私にはなぜか金の問題が遠くの方に見えた。 先生の話のうちでただ一つ底まで聞きたかったのは、人間がいざという間際に、誰でも悪人になるとい
う言葉の意味であった。単なる言葉としては、これだけでも私に解わからない事はなかった。しかし私は
この句についてもっと知りたかった。 犬と小供こどもが去ったあと、広い若葉の園は再び故もとの静かさに帰った。そうして我々は沈黙に鎖
とざされた人のようにしばらく動かずにいた。うるわしい空の色がその時次第に光を失って来た。眼の前
にある樹きは大概楓かえでであったが、その枝に滴したたるように吹いた軽い緑の若葉が、段々暗くなっ て行くように思われた。遠い往来を荷車を引いて行く響きがごろごろと聞こえた。私はそれを村の男が植
木か何かを載せて縁日えんにちへでも出掛けるものと想像した。先生はその音を聞くと、急に瞑想めいそ
うから呼息いきを吹き返した人のように立ち上がった。 「もう、そろそろ帰りましょう。大分だいぶ日が永くなったようだが、やっぱりこう安閑としているうち
には、いつの間にか暮れて行くんだね」
先生の背中には、さっき縁台の上に仰向あおむきに寝た痕あとがいっぱい着いていた。私は両手でそれ を払い落した。
「ありがとう。脂やにがこびり着いてやしませんか」
「綺麗きれいに落ちました」 「この羽織はつい此間こないだ拵こしらえたばかりなんだよ。だからむやみに汚して帰ると、妻さいに叱
しかられるからね。有難う」
二人はまただらだら坂ざかの中途にある家うちの前へ来た。はいる時には誰もいる気色けしきの見えな かった縁えんに、お上かみさんが、十五、六の娘を相手に、糸巻へ糸を巻きつけていた。二人は大きな金
魚鉢の横から、「どうもお邪魔じゃまをしました」と挨拶あいさつした。お上さんは「いいえお構かまい
申しも致しませんで」と礼を返した後あと、先刻さっき小供にやった白銅はくどうの礼を述べた。 門口かどぐちを出て二、三町ちょう来た時、私はついに先生に向かって口を切った。
「さきほど先生のいわれた、人間は誰だれでもいざという間際に悪人になるんだという意味ですね。あれ
はどういう意味ですか」 「意味といって、深い意味もありません。――つまり事実なんですよ。理屈じゃないんだ」
「事実で差支さしつかえありませんが、私の伺いたいのは、いざという間際という意味なんです。一体ど
んな場合を指すのですか」 先生は笑い出した。あたかも時機じきの過ぎた今、もう熱心に説明する張合いがないといった風ふうに
。
「金かねさ君。金を見ると、どんな君子くんしでもすぐ悪人になるのさ」 私には先生の返事があまりに平凡過ぎて詰つまらなかった。先生が調子に乗らないごとく、私も拍子抜
けの気味であった。私は澄ましてさっさと歩き出した。いきおい先生は少し後おくれがちになった。先生
はあとから「おいおい」と声を掛けた。 「そら見たまえ」
「何をですか」
「君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」 待ち合わせるために振り向いて立たち留どまった私の顔を見て、先生はこういった。
三十 その時の私わたくしは腹の中で先生を憎らしく思った。肩を並べて歩き出してからも、自分の聞きたい
事をわざと聞かずにいた。しかし先生の方では、それに気が付いていたのか、いないのか、まるで私の態 度に拘泥こだわる様子を見せなかった。いつもの通り沈黙がちに落ち付き払った歩調をすまして運んで行
くので、私は少し業腹ごうはらになった。何とかいって一つ先生をやっ付けてみたくなって来た。
「先生」 「何ですか」
「先生はさっき少し昂奮こうふんなさいましたね。あの植木屋の庭で休んでいる時に。私は先生の昂奮し
たのを滅多めったに見た事がないんですが、今日は珍しいところを拝見したような気がします」 先生はすぐ返事をしなかった。私はそれを手応てごたえのあったようにも思った。また的まとが外はず
れたようにも感じた。仕方がないから後あとはいわない事にした。すると先生がいきなり道の端はじへ寄
って行った。そうして綺麗きれいに刈り込んだ生垣いけがきの下で、裾すそをまくって小便をした。私は 先生が用を足す間ぼんやりそこに立っていた。
「やあ失敬」
先生はこういってまた歩き出した。私はとうとう先生をやり込める事を断念した。私たちの通る道は段 々賑にぎやかになった。今までちらほらと見えた広い畠はたけの斜面や平地ひらちが、全く眼に入いらな
いように左右の家並いえなみが揃そろってきた。それでも所々ところどころ宅地の隅などに、豌豆えんど
うの蔓つるを竹にからませたり、金網かなあみで鶏にわとりを囲い飼いにしたりするのが閑静に眺ながめ られた。市中から帰る駄馬だばが仕切りなく擦すれ違って行った。こんなものに始終気を奪とられがちな
私は、さっきまで胸の中にあった問題をどこかへ振り落してしまった。先生が突然そこへ後戻あともどり
をした時、私は実際それを忘れていた。 「私は先刻さっきそんなに昂奮したように見えたんですか」
「そんなにというほどでもありませんが、少し……」
「いや見えても構わない。実際昂奮こうふんするんだから。私は財産の事をいうときっと昂奮するんです 。君にはどう見えるか知らないが、私はこれで大変執念深い男なんだから。人から受けた屈辱や損害は、
十年たっても二十年たっても忘れやしないんだから」
先生の言葉は元よりもなお昂奮していた。しかし私の驚いたのは、決してその調子ではなかった。むし ろ先生の言葉が私の耳に訴える意味そのものであった。先生の口からこんな自白を聞くのは、いかな私に
も全くの意外に相違なかった。私は先生の性質の特色として、こんな執着力しゅうじゃくりょくをいまだ
かつて想像した事さえなかった。私は先生をもっと弱い人と信じていた。そうしてその弱くて高い処とこ ろに、私の懐かしみの根を置いていた。一時の気分で先生にちょっと盾たてを突いてみようとした私は、
この言葉の前に小さくなった。先生はこういった。
「私は他ひとに欺あざむかれたのです。しかも血のつづいた親戚しんせきのものから欺かれたのです。私 は決してそれを忘れないのです。私の父の前には善人であったらしい彼らは、父の死ぬや否いなや許しが
たい不徳義漢に変ったのです。私は彼らから受けた屈辱と損害を小供こどもの時から今日きょうまで背負
しょわされている。恐らく死ぬまで背負わされ通しでしょう。私は死ぬまでそれを忘れる事ができないん だから。しかし私はまだ復讐ふくしゅうをしずにいる。考えると私は個人に対する復讐以上の事を現にや
っているんだ。私は彼らを憎むばかりじゃない、彼らが代表している人間というものを、一般に憎む事を
覚えたのだ。私はそれで沢山だと思う」 私は慰藉いしゃの言葉さえ口へ出せなかった。
三十一 その日の談話もついにこれぎりで発展せずにしまった。私わたくしはむしろ先生の態度に畏縮いしゅく
して、先へ進む気が起らなかったのである。 二人は市の外はずれから電車に乗ったが、車内ではほとんど口を聞かなかった。電車を降りると間もな
く別れなければならなかった。別れる時の先生は、また変っていた。常よりは晴やかな調子で、「これか
ら六月までは一番気楽な時ですね。ことによると生涯で一番気楽かも知れない。精出して遊びたまえ」と いった。私は笑って帽子を脱とった。その時私は先生の顔を見て、先生ははたして心のどこで、一般の人
間を憎んでいるのだろうかと疑うたぐった。その眼、その口、どこにも厭世的えんせいてきの影は射さし
ていなかった。 私は思想上の問題について、大いなる利益を先生から受けた事を自白する。しかし同じ問題について、
利益を受けようとしても、受けられない事が間々ままあったといわなければならない。先生の談話は時と
して不得要領ふとくようりょうに終った。その日二人の間に起った郊外の談話も、この不得要領の一例と して私の胸の裏うちに残った。
無遠慮な私は、ある時ついにそれを先生の前に打ち明けた。先生は笑っていた。私はこういった。
「頭が鈍くて要領を得ないのは構いませんが、ちゃんと解わかってるくせに、はっきりいってくれないの は困ります」
「私は何にも隠してやしません」
「隠していらっしゃいます」 「あなたは私の思想とか意見とかいうものと、私の過去とを、ごちゃごちゃに考えているんじゃありませ
んか。私は貧弱な思想家ですけれども、自分の頭で纏まとめ上げた考えをむやみに人に隠しやしません。
隠す必要がないんだから。けれども私の過去を悉ことごとくあなたの前に物語らなくてはならないとなる と、それはまた別問題になります」
「別問題とは思われません。先生の過去が生み出した思想だから、私は重きを置くのです。二つのものを
切り離したら、私にはほとんど価値のないものになります。私は魂の吹き込まれていない人形を与えられ ただけで、満足はできないのです」
先生はあきれたといった風ふうに、私の顔を見た。巻烟草まきタバコを持っていたその手が少し顫ふる
えた。 「あなたは大胆だ」
「ただ真面目まじめなんです。真面目に人生から教訓を受けたいのです」
「私の過去を訐あばいてもですか」 訐くという言葉が、突然恐ろしい響ひびきをもって、私の耳を打った。私は今私の前に坐すわっている
のが、一人の罪人ざいにんであって、不断から尊敬している先生でないような気がした。先生の顔は蒼あ
おかった。 「あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。「私は過去の因果いんがで、人を疑うたぐり
つけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るに
はあまりに単純すぎるようだ。私は死ぬ前にたった一人で好いいから、他ひとを信用して死にたいと思っ ている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか
」
「もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目です」 私の声は顫えた。
「よろしい」と先生がいった。「話しましょう。私の過去を残らず、あなたに話して上げましょう。その
代り……。いやそれは構わない。しかし私の過去はあなたに取ってそれほど有益でないかも知れませんよ 。聞かない方が増ましかも知れませんよ。それから、――今は話せないんだから、そのつもりでいて下さ
い。適当の時機が来なくっちゃ話さないんだから」
私は下宿へ帰ってからも一種の圧迫を感じた。 私の論文は自分が評価していたほどに、教授の眼にはよく見えなかったらしい。それでも私は予定通り
及第した。卒業式の日、私は黴臭かびくさくなった古い冬服を行李こうりの中から出して着た。式場にな
らぶと、どれもこれもみな暑そうな顔ばかりであった。私は風の通らない厚羅紗あつラシャの下に密封さ れた自分の身体からだを持て余した。しばらく立っているうちに手に持ったハンケチがぐしょぐしょにな
った。
私は式が済むとすぐ帰って裸体はだかになった。下宿の二階の窓をあけて、遠眼鏡とおめがねのように ぐるぐる巻いた卒業証書の穴から、見えるだけの世の中を見渡した。それからその卒業証書を机の上に放
り出した。そうして大の字なりになって、室へやの真中に寝そべった。私は寝ながら自分の過去を顧みた
。また自分の未来を想像した。するとその間に立って一区切りを付けているこの卒業証書なるものが、意 味のあるような、また意味のないような変な紙に思われた。
私はその晩先生の家へ御馳走ごちそうに招かれて行った。これはもし卒業したらその日の晩餐ばんさん
はよそで喰くわずに、先生の食卓で済ますという前からの約束であった。 食卓は約束通り座敷の縁えん近くに据えられてあった。模様の織り出された厚い糊のりの硬こわい卓布
テーブルクロースが美しくかつ清らかに電燈の光を射返いかえしていた。先生のうちで飯めしを食うと、
きっとこの西洋料理店に見るような白いリンネルの上に、箸はしや茶碗ちゃわんが置かれた。そうしてそ れが必ず洗濯したての真白まっしろなものに限られていた。
「カラやカフスと同じ事さ。汚れたのを用いるくらいなら、一層いっそ始はじめから色の着いたものを使
うが好いい。白ければ純白でなくっちゃ」 こういわれてみると、なるほど先生は潔癖であった。書斎なども実に整然きちりと片付いていた。無頓
着むとんじゃくな私には、先生のそういう特色が折々著しく眼に留まった。
「先生は癇性かんしょうですね」とかつて奥さんに告げた時、奥さんは「でも着物などは、それほど気に しないようですよ」と答えた事があった。それを傍そばに聞いていた先生は、「本当をいうと、私は精神
的に癇性なんです。それで始終苦しいんです。考えると実に馬鹿馬鹿ばかばかしい性分しょうぶんだ」と
いって笑った。精神的に癇性という意味は、俗にいう神経質という意味か、または倫理的に潔癖だという 意味か、私には解わからなかった。奥さんにも能よく通じないらしかった。
その晩私は先生と向い合せに、例の白い卓布たくふの前に坐すわった。奥さんは二人を左右に置いて、
独ひとり庭の方を正面にして席を占めた。 「お目出とう」といって、先生が私のために杯さかずきを上げてくれた。私はこの盃さかずきに対してそ
れほど嬉うれしい気を起さなかった。無論私自身の心がこの言葉に反響するように、飛び立つ嬉しさをも
っていなかったのが、一つの源因げんいんであった。けれども先生のいい方も決して私の嬉うれしさを唆 そそる浮々うきうきした調子を帯びていなかった。先生は笑って杯さかずきを上げた。私はその笑いのう
ちに、些ちっとも意地の悪いアイロニーを認めなかった。同時に目出たいという真情も汲くみ取る事がで
きなかった。先生の笑いは、「世間はこんな場合によくお目出とうといいたがるものですね」と私に物語 っていた。
奥さんは私に「結構ね。さぞお父とうさんやお母かあさんはお喜びでしょう」といってくれた。私は突
然病気の父の事を考えた。早くあの卒業証書を持って行って見せてやろうと思った。 「先生の卒業証書はどうしました」と私が聞いた。
「どうしたかね。――まだどこかにしまってあったかね」と先生が奥さんに聞いた。
「ええ、たしかしまってあるはずですが」 卒業証書の在処ありどころは二人ともよく知らなかった。
三十三 飯めしになった時、奥さんは傍そばに坐すわっている下女げじょを次へ立たせて、自分で給仕きゅうじ
の役をつとめた。これが表立たない客に対する先生の家の仕来しきたりらしかった。始めの一、二回は私 わたくしも窮屈を感じたが、度数の重なるにつけ、茶碗ちゃわんを奥さんの前へ出すのが、何でもなくな
った。
「お茶? ご飯はん? ずいぶんよく食べるのね」 奥さんの方でも思い切って遠慮のない事をいうことがあった。しかしその日は、時候が時候なので、そ
んなに調戯からかわれるほど食欲が進まなかった。
「もうおしまい。あなた近頃ちかごろ大変小食しょうしょくになったのね」 「小食になったんじゃありません。暑いんで食われないんです」
奥さんは下女を呼んで食卓を片付けさせた後へ、改めてアイスクリームと水菓子みずがしを運ばせた。
「これは宅うちで拵こしらえたのよ」 用のない奥さんには、手製のアイスクリームを客に振舞ふるまうだけの余裕があると見えた。私はそれ
を二杯更かえてもらった。
「君もいよいよ卒業したが、これから何をする気ですか」と先生が聞いた。先生は半分縁側の方へ席をず らして、敷居際しきいぎわで背中を障子しょうじに靠もたせていた。
私にはただ卒業したという自覚があるだけで、これから何をしようという目的あてもなかった。返事に
ためらっている私を見た時、奥さんは「教師?」と聞いた。それにも答えずにいると、今度は、「じゃお 役人やくにん?」とまた聞かれた。私も先生も笑い出した。
「本当いうと、まだ何をする考えもないんです。実は職業というものについて、全く考えた事がないくら
いなんですから。だいちどれが善いいか、どれが悪いか、自分がやって見た上でないと解わからないんだ から、選択に困る訳だと思います」
「それもそうね。けれどもあなたは必竟ひっきょう財産があるからそんな呑気のんきな事をいっていられ
るのよ。これが困る人でご覧なさい。なかなかあなたのように落ち付いちゃいられないから」 私の友達には卒業しない前から、中学教師の口を探している人があった。私は腹の中で奥さんのいう事
実を認めた。しかしこういった。
「少し先生にかぶれたんでしょう」 「碌ろくなかぶれ方をして下さらないのね」
先生は苦笑した。
「かぶれても構わないから、その代りこの間いった通り、お父さんの生きてるうちに、相当の財産を分け てもらってお置きなさい。それでないと決して油断はならない」
私は先生といっしょに、郊外の植木屋の広い庭の奥で話した、あの躑躅つつじの咲いている五月の初め
を思い出した。あの時帰り途みちに、先生が昂奮こうふんした語気で、私に物語った強い言葉を、再び耳 の底で繰り返した。それは強いばかりでなく、むしろ凄すごい言葉であった。けれども事実を知らない私
には同時に徹底しない言葉でもあった。
「奥さん、お宅たくの財産はよッぽどあるんですか」 「何だってそんな事をお聞きになるの」
「先生に聞いても教えて下さらないから」
奥さんは笑いながら先生の顔を見た。 「教えて上げるほどないからでしょう」
「でもどのくらいあったら先生のようにしていられるか、宅うちへ帰って一つ父に談判する時の参考にし
ますから聞かして下さい」 先生は庭の方を向いて、澄まして烟草タバコを吹かしていた。相手は自然奥さんでなければならなかっ
た。
「どのくらいってほどありゃしませんわ。まあこうしてどうかこうか暮してゆかれるだけよ、あなた。― ―そりゃどうでも宜いいとして、あなたはこれから何か為なさらなくっちゃ本当にいけませんよ。先生の
ようにごろごろばかりしていちゃ……」
「ごろごろばかりしていやしないさ」 先生はちょっと顔だけ向け直して、奥さんの言葉を否定した。
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