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【急騰】今買えばいい株
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0001山師さん (ワッチョイ 537c-BEZ7)
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2018/01/04(木) 13:21:18.10ID:oC1JbuKX0
建てろよ
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0037山師さん (ワッチョイ db35-UumK)
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2018/01/21(日) 00:11:24.49ID:dZtQHTs80
旭化成
0039豊和工業(6203)買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ db35-UumK)
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2018/01/22(月) 00:57:46.22ID:+pOzCDmH0
豊和工業(6203)買ーいー(^o^)/
0040山師さん (アウアウウー Sad9-slth)
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2018/01/22(月) 14:45:17.75ID:z3mcXo8wa
ソニーの3分足キメ-な
0041山師さん (ワッチョイ 03e0-3Ttg)
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2018/01/22(月) 17:46:21.39ID:OdxXaIgM0
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0042豊和工業(6203)買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ db35-UumK)
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2018/01/22(月) 23:11:02.48ID:+pOzCDmH0
豊和工業(6203)買ーいー(^o^)/
0044山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:07:50.04ID:CS/nVfsv0
こころ
夏目漱石
 私わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けな
0045山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:08:05.99ID:CS/nVfsv0
い。これは世間を憚はばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記
憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執とっても心持は同じ事である。よそよそしい
頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。
0046山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:08:21.92ID:CS/nVfsv0
 私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休
暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書はがきを受け取ったので、私は多少の金を工面
くめんして、出掛ける事にした。私は金の工面に二に、三日さんちを費やした。ところが私が鎌倉に着い
0047山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:08:37.97ID:CS/nVfsv0
て三日と経たたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報に
は母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親た
ちに勧すすまない結婚を強しいられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた
0048山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:08:53.81ID:CS/nVfsv0
。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて
東京の近くで遊んでいたのである。彼は電報を私に見せてどうしようと相談をした。私にはどうしていい
か分らなかった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼は固もとより帰るべきはずであった。それ
0049山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:09:09.97ID:CS/nVfsv0
で彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。
 学校の授業が始まるにはまだ大分だいぶ日数ひかずがあるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいとい
う境遇にいた私は、当分元の宿に留とまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子むすこで金に不自
0050山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:09:25.75ID:CS/nVfsv0
由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった
。したがって一人ひとりぼっちになった私は別に恰好かっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。
 宿は鎌倉でも辺鄙へんぴな方角にあった。玉突たまつきだのアイスクリームだのというハイカラなもの
0051山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:09:42.00ID:CS/nVfsv0
には長い畷なわてを一つ越さなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られた。けれども個人
の別荘はそこここにいくつでも建てられていた。それに海へはごく近いので海水浴をやるには至極便利な
地位を占めていた。
0052山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:09:57.95ID:CS/nVfsv0
 私は毎日海へはいりに出掛けた。古い燻くすぶり返った藁葺わらぶきの間あいだを通り抜けて磯いそへ
下りると、この辺へんにこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動
いていた。ある時は海の中が銭湯せんとうのように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。その中に
0053山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:10:14.05ID:CS/nVfsv0
知った人を一人ももたない私も、こういう賑にぎやかな景色の中に裹つつまれて、砂の上に寝ねそべって
みたり、膝頭ひざがしらを波に打たしてそこいらを跳はね廻まわるのは愉快であった。
 私は実に先生をこの雑沓ざっとうの間あいだに見付け出したのである。その時海岸には掛茶屋かけぢゃ
0054山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:10:30.00ID:CS/nVfsv0
やが二軒あった。私はふとした機会はずみからその一軒の方に行き慣なれていた。長谷辺はせへんに大き
な別荘を構えている人と違って、各自めいめいに専有の着換場きがえばを拵こしらえていないここいらの
避暑客には、ぜひともこうした共同着換所といった風ふうなものが必要なのであった。彼らはここで茶を
0055山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:10:45.96ID:CS/nVfsv0
飲み、ここで休息する外ほかに、ここで海水着を洗濯させたり、ここで鹹しおはゆい身体からだを清めた
り、ここへ帽子や傘かさを預けたりするのである。海水着を持たない私にも持物を盗まれる恐れはあった
ので、私は海へはいるたびにその茶屋へ一切いっさいを脱ぬぎ棄すてる事にしていた。
0057山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:11:17.82ID:CS/nVfsv0
 私わたくしがその掛茶屋で先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いでこれから海へ入ろうとすると
ころであった。私はその時反対に濡ぬれた身体からだを風に吹かして水から上がって来た。二人の間あい
だには目を遮さえぎる幾多の黒い頭が動いていた。特別の事情のない限り、私はついに先生を見逃したか
0058山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:11:34.00ID:CS/nVfsv0
も知れなかった。それほど浜辺が混雑し、それほど私の頭が放漫ほうまんであったにもかかわらず、私が
すぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋人を伴つれていたからである。
 その西洋人の優れて白い皮膚の色が、掛茶屋へ入るや否いなや、すぐ私の注意を惹ひいた。純粋の日本
0059山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:11:49.96ID:CS/nVfsv0
の浴衣ゆかたを着ていた彼は、それを床几しょうぎの上にすぽりと放ほうり出したまま、腕組みをして海
の方を向いて立っていた。彼は我々の穿はく猿股さるまた一つの外ほか何物も肌に着けていなかった。私
にはそれが第一不思議だった。私はその二日前に由井ゆいが浜はままで行って、砂の上にしゃがみながら
0060山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:12:05.86ID:CS/nVfsv0
、長い間西洋人の海へ入る様子を眺ながめていた。私の尻しりをおろした所は少し小高い丘の上で、その
すぐ傍わきがホテルの裏口になっていたので、私の凝じっとしている間あいだに、大分だいぶ多くの男が
塩を浴びに出て来たが、いずれも胴と腕と股ももは出していなかった。女は殊更ことさら肉を隠しがちで
0061山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:12:21.83ID:CS/nVfsv0
あった。大抵は頭に護謨製ゴムせいの頭巾ずきんを被かぶって、海老茶えびちゃや紺こんや藍あいの色を
波間に浮かしていた。そういう有様を目撃したばかりの私の眼めには、猿股一つで済まして皆みんなの前
に立っているこの西洋人がいかにも珍しく見えた。
0062山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:12:37.88ID:CS/nVfsv0
 彼はやがて自分の傍わきを顧みて、そこにこごんでいる日本人に、一言ひとこと二言ふたこと何なにか
いった。その日本人は砂の上に落ちた手拭てぬぐいを拾い上げているところであったが、それを取り上げ
るや否や、すぐ頭を包んで、海の方へ歩き出した。その人がすなわち先生であった。
0063山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:12:54.02ID:CS/nVfsv0
 私は単に好奇心のために、並んで浜辺を下りて行く二人の後姿うしろすがたを見守っていた。すると彼
らは真直まっすぐに波の中に足を踏み込んだ。そうして遠浅とおあさの磯近いそちかくにわいわい騒いで
いる多人数たにんずの間あいだを通り抜けて、比較的広々した所へ来ると、二人とも泳ぎ出した。彼らの
0064山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:13:10.10ID:CS/nVfsv0
頭が小さく見えるまで沖の方へ向いて行った。それから引き返してまた一直線に浜辺まで戻って来た。掛
茶屋へ帰ると、井戸の水も浴びずに、すぐ身体からだを拭ふいて着物を着て、さっさとどこへか行ってし
まった。
0065山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:13:25.98ID:CS/nVfsv0
 彼らの出て行った後あと、私はやはり元の床几しょうぎに腰をおろして烟草タバコを吹かしていた。そ
の時私はぽかんとしながら先生の事を考えた。どうもどこかで見た事のある顔のように思われてならなか
った。しかしどうしてもいつどこで会った人か想おもい出せずにしまった。
0066山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:13:41.90ID:CS/nVfsv0
 その時の私は屈托くったくがないというよりむしろ無聊ぶりょうに苦しんでいた。それで翌日あくるひ
もまた先生に会った時刻を見計らって、わざわざ掛茶屋かけぢゃやまで出かけてみた。すると西洋人は来
ないで先生一人麦藁帽むぎわらぼうを被かぶってやって来た。先生は眼鏡めがねをとって台の上に置いて
0067山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:13:57.85ID:CS/nVfsv0
、すぐ手拭てぬぐいで頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生が昨日きのうのように騒がしい浴客
よくかくの中を通り抜けて、一人で泳ぎ出した時、私は急にその後あとが追い掛けたくなった。私は浅い
水を頭の上まで跳はねかして相当の深さの所まで来て、そこから先生を目標めじるしに抜手ぬきでを切っ
0068山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:14:14.04ID:CS/nVfsv0
た。すると先生は昨日と違って、一種の弧線こせんを描えがいて、妙な方向から岸の方へ帰り始めた。そ
れで私の目的はついに達せられなかった。私が陸おかへ上がって雫しずくの垂れる手を振りながら掛茶屋
に入ると、先生はもうちゃんと着物を着て入れ違いに外へ出て行った。
0070山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:14:46.06ID:CS/nVfsv0
 私わたくしは次の日も同じ時刻に浜へ行って先生の顔を見た。その次の日にもまた同じ事を繰り返した
。けれども物をいい掛ける機会も、挨拶あいさつをする場合も、二人の間には起らなかった。その上先生
の態度はむしろ非社交的であった。一定の時刻に超然として来て、また超然と帰って行った。周囲がいく
0071山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:15:02.07ID:CS/nVfsv0
ら賑にぎやかでも、それにはほとんど注意を払う様子が見えなかった。最初いっしょに来た西洋人はその
後ごまるで姿を見せなかった。先生はいつでも一人であった。
 或ある時先生が例の通りさっさと海から上がって来て、いつもの場所に脱ぬぎ棄すてた浴衣ゆかたを着
0072山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:15:18.10ID:CS/nVfsv0
ようとすると、どうした訳か、その浴衣に砂がいっぱい着いていた。先生はそれを落すために、後ろ向き
になって、浴衣を二、三度振ふるった。すると着物の下に置いてあった眼鏡が板の隙間すきまから下へ落
ちた。先生は白絣しろがすりの上へ兵児帯へこおびを締めてから、眼鏡の失なくなったのに気が付いたと
0073山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:15:33.91ID:CS/nVfsv0
見えて、急にそこいらを探し始めた。私はすぐ腰掛こしかけの下へ首と手を突ッ込んで眼鏡を拾い出した
。先生は有難うといって、それを私の手から受け取った。
 次の日私は先生の後あとにつづいて海へ飛び込んだ。そうして先生といっしょの方角に泳いで行った。
0074山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:15:50.04ID:CS/nVfsv0
二丁ちょうほど沖へ出ると、先生は後ろを振り返って私に話し掛けた。広い蒼あおい海の表面に浮いてい
るものは、その近所に私ら二人より外ほかになかった。そうして強い太陽の光が、眼の届く限り水と山と
を照らしていた。私は自由と歓喜に充みちた筋肉を動かして海の中で躍おどり狂った。先生はまたぱたり
0075山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:16:06.06ID:CS/nVfsv0
と手足の運動を已やめて仰向けになったまま浪なみの上に寝た。私もその真似まねをした。青空の色がぎ
らぎらと眼を射るように痛烈な色を私の顔に投げ付けた。「愉快ですね」と私は大きな声を出した。
 しばらくして海の中で起き上がるように姿勢を改めた先生は、「もう帰りませんか」といって私を促し
0076山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:16:21.90ID:CS/nVfsv0
た。比較的強い体質をもった私は、もっと海の中で遊んでいたかった。しかし先生から誘われた時、私は
すぐ「ええ帰りましょう」と快く答えた。そうして二人でまた元の路みちを浜辺へ引き返した。
 私はこれから先生と懇意になった。しかし先生がどこにいるかはまだ知らなかった。
0077山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:16:38.13ID:CS/nVfsv0
 それから中なか二日おいてちょうど三日目の午後だったと思う。先生と掛茶屋かけぢゃやで出会った時
、先生は突然私に向かって、「君はまだ大分だいぶ長くここにいるつもりですか」と聞いた。考えのない
私はこういう問いに答えるだけの用意を頭の中に蓄えていなかった。それで「どうだか分りません」と答
0078山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:16:54.12ID:CS/nVfsv0
えた。しかしにやにや笑っている先生の顔を見た時、私は急に極きまりが悪くなった。「先生は?」と聞
き返さずにはいられなかった。これが私の口を出た先生という言葉の始まりである。
 私はその晩先生の宿を尋ねた。宿といっても普通の旅館と違って、広い寺の境内けいだいにある別荘の
0079山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:17:09.97ID:CS/nVfsv0
ような建物であった。そこに住んでいる人の先生の家族でない事も解わかった。私が先生先生と呼び掛け
るので、先生は苦笑いをした。私はそれが年長者に対する私の口癖くちくせだといって弁解した。私はこ
の間の西洋人の事を聞いてみた。先生は彼の風変りのところや、もう鎌倉かまくらにいない事や、色々の
0080山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:17:26.12ID:CS/nVfsv0
話をした末、日本人にさえあまり交際つきあいをもたないのに、そういう外国人と近付ちかづきになった
のは不思議だといったりした。私は最後に先生に向かって、どこかで先生を見たように思うけれども、ど
うしても思い出せないといった。若い私はその時暗あんに相手も私と同じような感じを持っていはしまい
0081山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:17:42.09ID:CS/nVfsv0
かと疑った。そうして腹の中で先生の返事を予期してかかった。ところが先生はしばらく沈吟ちんぎんし
たあとで、「どうも君の顔には見覚みおぼえがありませんね。人違いじゃないですか」といったので私は
変に一種の失望を感じた。
0083山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:18:14.12ID:CS/nVfsv0
 私わたくしは月の末に東京へ帰った。先生の避暑地を引き上げたのはそれよりずっと前であった。私は
先生と別れる時に、「これから折々お宅たくへ伺っても宜よござんすか」と聞いた。先生は単簡たんかん
にただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。その時分の私は先生とよほど懇意になったつもりで
0084山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:18:30.18ID:CS/nVfsv0
いたので、先生からもう少し濃こまやかな言葉を予期して掛かかったのである。それでこの物足りない返
事が少し私の自信を傷いためた。
 私はこういう事でよく先生から失望させられた。先生はそれに気が付いているようでもあり、また全く
0085山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:18:45.97ID:CS/nVfsv0
気が付かないようでもあった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く
気にはなれなかった。むしろそれとは反対で、不安に揺うごかされるたびに、もっと前へ進みたくなった
。もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、いつか眼の前に満足に現われて来るだろうと思った。私
0086山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:19:02.18ID:CS/nVfsv0
は若かった。けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。私はなぜ先
生に対してだけこんな心持が起るのか解わからなかった。それが先生の亡くなった今日こんにちになって
、始めて解って来た。先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。先生が私に示した時々の
0087山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:19:18.24ID:CS/nVfsv0
素気そっけない挨拶あいさつや冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったので
ある。傷いたましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のないものだから止よせと
いう警告を与えたのである。他ひとの懐かしみに応じない先生は、他ひとを軽蔑けいべつする前に、まず
0088山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:19:34.16ID:CS/nVfsv0
自分を軽蔑していたものとみえる。
 私は無論先生を訪ねるつもりで東京へ帰って来た。帰ってから授業の始まるまでにはまだ二週間の日数
ひかずがあるので、そのうちに一度行っておこうと思った。しかし帰って二日三日と経たつうちに、鎌倉
0089山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:19:50.16ID:CS/nVfsv0
かまくらにいた時の気分が段々薄くなって来た。そうしてその上に彩いろどられる大都会の空気が、記憶
の復活に伴う強い刺戟しげきと共に、濃く私の心を染め付けた。私は往来で学生の顔を見るたびに新しい
学年に対する希望と緊張とを感じた。私はしばらく先生の事を忘れた。
0090山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:20:06.13ID:CS/nVfsv0
 授業が始まって、一カ月ばかりすると私の心に、また一種の弛たるみができてきた。私は何だか不足な
顔をして往来を歩き始めた。物欲しそうに自分の室へやの中を見廻みまわした。私の頭には再び先生の顔
が浮いて出た。私はまた先生に会いたくなった。
0091山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:20:22.01ID:CS/nVfsv0
 始めて先生の宅うちを訪ねた時、先生は留守であった。二度目に行ったのは次の日曜だと覚えている。
晴れた空が身に沁しみ込むように感ぜられる好いい日和ひよりであった。その日も先生は留守であった。
鎌倉にいた時、私は先生自身の口から、いつでも大抵たいてい宅にいるという事を聞いた。むしろ外出嫌
0092山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:20:38.15ID:CS/nVfsv0
いだという事も聞いた。二度来て二度とも会えなかった私は、その言葉を思い出して、理由わけもない不
満をどこかに感じた。私はすぐ玄関先を去らなかった。下女げじょの顔を見て少し躊躇ちゅうちょしてそ
こに立っていた。この前名刺を取り次いだ記憶のある下女は、私を待たしておいてまた内うちへはいった
0093山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 00:20:54.16ID:CS/nVfsv0
。すると奥さんらしい人が代って出て来た。美しい奥さんであった。
 私はその人から鄭寧ていねいに先生の出先を教えられた。先生は例月その日になると雑司ヶ谷ぞうしが
やの墓地にある或ある仏へ花を手向たむけに行く習慣なのだそうである。「たった今出たばかりで、十分
0094山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 00:21:10.21ID:CS/nVfsv0
になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈えしゃくして外へ
出た。賑にぎやかな町の方へ一丁ちょうほど歩くと、私も散歩がてら雑司ヶ谷へ行ってみる気になった。
先生に会えるか会えないかという好奇心も動いた。それですぐ踵きびすを回めぐらした。
0096山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 00:21:42.18ID:CS/nVfsv0
 私わたくしは墓地の手前にある苗畠なえばたけの左側からはいって、両方に楓かえでを植え付けた広い
道を奥の方へ進んで行った。するとその端はずれに見える茶店ちゃみせの中から先生らしい人がふいと出
て来た。私はその人の眼鏡めがねの縁ふちが日に光るまで近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生
0097山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 00:21:58.00ID:CS/nVfsv0
」と大きな声を掛けた。先生は突然立ち留まって私の顔を見た。
「どうして……、どうして……」
 先生は同じ言葉を二遍へん繰り返した。その言葉は森閑しんかんとした昼の中うちに異様な調子をもっ
0098山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:22:14.21ID:CS/nVfsv0
て繰り返された。私は急に何とも応こたえられなくなった。
「私の後あとを跟つけて来たのですか。どうして……」
 先生の態度はむしろ落ち付いていた。声はむしろ沈んでいた。けれどもその表情の中うちには判然はっ
0099山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:22:30.18ID:CS/nVfsv0
きりいえないような一種の曇りがあった。
 私は私がどうしてここへ来たかを先生に話した。
「誰だれの墓へ参りに行ったか、妻さいがその人の名をいいましたか」
0100山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:22:46.23ID:CS/nVfsv0
「いいえ、そんな事は何もおっしゃいません」
「そうですか。――そう、それはいうはずがありませんね、始めて会ったあなたに。いう必要がないんだ
から」
0101山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:23:02.18ID:CS/nVfsv0
 先生はようやく得心とくしんしたらしい様子であった。しかし私にはその意味がまるで解わからなかっ
た。
 先生と私は通りへ出ようとして墓の間を抜けた。依撒伯拉何々イサベラなになにの墓だの、神僕しんぼ
0102山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:23:18.23ID:CS/nVfsv0
くロギンの墓だのという傍かたわらに、一切衆生悉有仏生いっさいしゅじょうしつうぶっしょうと書いた
塔婆とうばなどが建ててあった。全権公使何々というのもあった。私は安得烈と彫ほり付けた小さい墓の
前で、「これは何と読むんでしょう」と先生に聞いた。「アンドレとでも読ませるつもりでしょうね」と
0103山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:23:34.23ID:CS/nVfsv0
いって先生は苦笑した。
 先生はこれらの墓標が現わす人種々ひとさまざまの様式に対して、私ほどに滑稽こっけいもアイロニー
も認めてないらしかった。私が丸い墓石はかいしだの細長い御影みかげの碑ひだのを指して、しきりにか
0104山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:23:50.14ID:CS/nVfsv0
れこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面
目まじめに考えた事がありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。
 墓地の区切り目に、大きな銀杏いちょうが一本空を隠すように立っていた。その下へ来た時、先生は高
0105山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:24:06.19ID:CS/nVfsv0
い梢こずえを見上げて、「もう少しすると、綺麗きれいですよ。この木がすっかり黄葉こうようして、こ
こいらの地面は金色きんいろの落葉で埋うずまるようになります」といった。先生は月に一度ずつは必ず
この木の下を通るのであった。
0106山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:24:22.26ID:CS/nVfsv0
 向うの方で凸凹でこぼこの地面をならして新墓地を作っている男が、鍬くわの手を休めて私たちを見て
いた。私たちはそこから左へ切れてすぐ街道へ出た。
 これからどこへ行くという目的あてのない私は、ただ先生の歩く方へ歩いて行った。先生はいつもより
0107山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:24:38.23ID:CS/nVfsv0
口数を利きかなかった。それでも私はさほどの窮屈を感じなかったので、ぶらぶらいっしょに歩いて行っ
た。
「すぐお宅たくへお帰りですか」
0108山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:24:54.23ID:CS/nVfsv0
「ええ別に寄る所もありませんから」
 二人はまた黙って南の方へ坂を下りた。
「先生のお宅の墓地はあすこにあるんですか」と私がまた口を利き出した。
0110山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:25:26.27ID:CS/nVfsv0
 先生はこれ以外に何も答えなかった。私もその話はそれぎりにして切り上げた。すると一町ちょうほど
歩いた後あとで、先生が不意にそこへ戻って来た。
「あすこには私の友達の墓があるんです」
0111山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:25:42.96ID:CS/nVfsv0
「お友達のお墓へ毎月まいげつお参りをなさるんですか」
「そうです」
 先生はその日これ以外を語らなかった。
0113山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:26:14.23ID:CS/nVfsv0
 私はそれから時々先生を訪問するようになった。行くたびに先生は在宅であった。先生に会う度数どす
うが重なるにつれて、私はますます繁しげく先生の玄関へ足を運んだ。
 けれども先生の私に対する態度は初めて挨拶あいさつをした時も、懇意になったその後のちも、あまり
0114山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:26:30.32ID:CS/nVfsv0
変りはなかった。先生は何時いつも静かであった。ある時は静か過ぎて淋さびしいくらいであった。私は
最初から先生には近づきがたい不思議があるように思っていた。それでいて、どうしても近づかなければ
いられないという感じが、どこかに強く働いた。こういう感じを先生に対してもっていたものは、多くの
0115山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:26:46.32ID:CS/nVfsv0
人のうちであるいは私だけかも知れない。しかしその私だけにはこの直感が後のちになって事実の上に証
拠立てられたのだから、私は若々しいといわれても、馬鹿ばかげていると笑われても、それを見越した自
分の直覚をとにかく頼もしくまた嬉うれしく思っている。人間を愛し得うる人、愛せずにはいられない人
0116山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:27:02.34ID:CS/nVfsv0
、それでいて自分の懐ふところに入いろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――
これが先生であった。
 今いった通り先生は始終静かであった。落ち付いていた。けれども時として変な曇りがその顔を横切る
0117山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:27:18.32ID:CS/nVfsv0
事があった。窓に黒い鳥影が射さすように。射すかと思うと、すぐ消えるには消えたが。私が始めてその
曇りを先生の眉間みけんに認めたのは、雑司ヶ谷ぞうしがやの墓地で、不意に先生を呼び掛けた時であっ
た。私はその異様の瞬間に、今まで快く流れていた心臓の潮流をちょっと鈍らせた。しかしそれは単に一
0118山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:27:34.29ID:CS/nVfsv0
時の結滞けったいに過ぎなかった。私の心は五分と経たたないうちに平素の弾力を回復した。私はそれぎ
り暗そうなこの雲の影を忘れてしまった。ゆくりなくまたそれを思い出させられたのは、小春こはるの尽
きるに間まのない或ある晩の事であった。
0119山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:27:50.13ID:CS/nVfsv0
 先生と話していた私は、ふと先生がわざわざ注意してくれた銀杏いちょうの大樹たいじゅを眼めの前に
想おもい浮かべた。勘定してみると、先生が毎月例まいげつれいとして墓参に行く日が、それからちょう
ど三日目に当っていた。その三日目は私の課業が午ひるで終おえる楽な日であった。私は先生に向かって
0120山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:28:06.16ID:CS/nVfsv0
こういった。
「先生雑司ヶ谷ぞうしがやの銀杏はもう散ってしまったでしょうか」
「まだ空坊主からぼうずにはならないでしょう」
0121山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:28:22.35ID:CS/nVfsv0
 先生はそう答えながら私の顔を見守った。そうしてそこからしばし眼を離さなかった。私はすぐいった

「今度お墓参はかまいりにいらっしゃる時にお伴ともをしても宜よござんすか。私は先生といっしょにあ
0122山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:28:38.27ID:CS/nVfsv0
すこいらが散歩してみたい」
「私は墓参りに行くんで、散歩に行くんじゃないですよ」
「しかしついでに散歩をなすったらちょうど好いいじゃありませんか」
0123山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:28:54.30ID:CS/nVfsv0
 先生は何とも答えなかった。しばらくしてから、「私のは本当の墓参りだけなんだから」といって、ど
こまでも墓参ぼさんと散歩を切り離そうとする風ふうに見えた。私と行きたくない口実だか何だか、私に
はその時の先生が、いかにも子供らしくて変に思われた。私はなおと先へ出る気になった。
0124山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:29:10.32ID:CS/nVfsv0
「じゃお墓参りでも好いいからいっしょに伴つれて行って下さい。私もお墓参りをしますから」
 実際私には墓参と散歩との区別がほとんど無意味のように思われたのである。すると先生の眉まゆがち
ょっと曇った。眼のうちにも異様の光が出た。それは迷惑とも嫌悪けんおとも畏怖いふとも片付けられな
0125山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:29:26.34ID:CS/nVfsv0
い微かすかな不安らしいものであった。私は忽たちまち雑司ヶ谷で「先生」と呼び掛けた時の記憶を強く
思い起した。二つの表情は全く同じだったのである。
「私は」と先生がいった。「私はあなたに話す事のできないある理由があって、他ひとといっしょにあす
0127山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:29:58.36ID:CS/nVfsv0
 私わたくしは不思議に思った。しかし私は先生を研究する気でその宅うちへ出入でいりをするのではな
かった。私はただそのままにして打ち過ぎた。今考えるとその時の私の態度は、私の生活のうちでむしろ
0128山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:30:14.35ID:CS/nVfsv0
尊たっとむべきものの一つであった。私は全くそのために先生と人間らしい温かい交際つきあいができた
のだと思う。もし私の好奇心が幾分でも先生の心に向かって、研究的に働き掛けたなら、二人の間を繋つ
なぐ同情の糸は、何の容赦もなくその時ふつりと切れてしまったろう。若い私は全く自分の態度を自覚し
0129山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:30:30.36ID:CS/nVfsv0
ていなかった。それだから尊たっといのかも知れないが、もし間違えて裏へ出たとしたら、どんな結果が
二人の仲に落ちて来たろう。私は想像してもぞっとする。先生はそれでなくても、冷たい眼まなこで研究
されるのを絶えず恐れていたのである。
0130山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:30:46.37ID:CS/nVfsv0
 私は月に二度もしくは三度ずつ必ず先生の宅うちへ行くようになった。私の足が段々繁しげくなった時
のある日、先生は突然私に向かって聞いた。
「あなたは何でそうたびたび私のようなものの宅へやって来るのですか」
0131山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:31:02.37ID:CS/nVfsv0
「何でといって、そんな特別な意味はありません。――しかしお邪魔じゃまなんですか」
「邪魔だとはいいません」
 なるほど迷惑という様子は、先生のどこにも見えなかった。私は先生の交際の範囲の極きわめて狭い事
0132山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:31:18.44ID:CS/nVfsv0
を知っていた。先生の元の同級生などで、その頃ころ東京にいるものはほとんど二人か三人しかないとい
う事も知っていた。先生と同郷の学生などには時たま座敷で同座する場合もあったが、彼らのいずれもは
皆みんな私ほど先生に親しみをもっていないように見受けられた。
0133山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:31:34.39ID:CS/nVfsv0
「私は淋さびしい人間です」と先生がいった。「だからあなたの来て下さる事を喜んでいます。だからな
ぜそうたびたび来るのかといって聞いたのです」
「そりゃまたなぜです」
0134山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:31:50.23ID:CS/nVfsv0
 私がこう聞き返した時、先生は何とも答えなかった。ただ私の顔を見て「あなたは幾歳いくつですか」
といった。
 この問答は私にとってすこぶる不得要領ふとくようりょうのものであったが、私はその時底そこまで押
0135山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:32:06.37ID:CS/nVfsv0
さずに帰ってしまった。しかもそれから四日と経たたないうちにまた先生を訪問した。先生は座敷へ出る
や否いなや笑い出した。
「また来ましたね」といった。
0136山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 00:32:22.45ID:CS/nVfsv0
「ええ来ました」といって自分も笑った。
 私は外ほかの人からこういわれたらきっと癪しゃくに触さわったろうと思う。しかし先生にこういわれ
た時は、まるで反対であった。癪に触らないばかりでなくかえって愉快だった。
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