ねずさん(=小名木善行)ってどうよ Part.6 [無断転載禁止]©2ch.net
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
スレ6を準備致しました。
「ねずさん」こと「小名木善行」氏は信頼できる人物なのでしょうか。
ブログを拝見すると、小名木善行氏の学歴等は書かれていませんが、歴史や政治経済について幅広く記載があり、大物政治家とも親交がおありと自称されています。
ところが途中で気が付いたのですが、日本礼賛、排外的、でいわゆる右派が歓迎するような内容に偏っており、ヘイトの代表である「在特会」のリンクまでが貼られていました。
最近は百人一首や古事記にご執心の模様ですが、これらから引用してご自分の説の論拠とされる場合、通常の語彙力、文法力があれば犯さないような間違った解釈をされることがしばしばです。これは無理矢理ご自説に結び付けるための意図的なものと、文法等をご存知無いためのものと、両方の理由があると推察されています。
やまとことばや漢字の解釈も時々されているようですが、語呂合わせ以上の知識はお持ちでありません。
「小名木善行」氏は「ねずさん」というペンネームがありながら、「小名木善行」という名まえも本名ではなく、「小名木伸太郎」という名まえが本名であり、過去にマルチ商法に(ストレートワン)手を染めていた疑惑や主催されている「日心会」の不正会計疑惑、さらには自らが代表者として経営されていた食品会社 大和食研(株)も2014年3月に破産開始決定している事実があります。
http://ib-tousan.jp/2014/03/07/post_18_h_10.html
同氏のブログでは「胡散臭い」とか「嘘」という言葉がよく出てくるのですが、小名木伸太郎氏こそが「胡散臭い」と思えるのは私だけでしょうか。
会社の人がすすめるように「日本を知るために大切なことを言っている人」としてこの人を信用してもいいのでしょうか。
みなさまのご意見をお聞かせください。
同氏はブログで「賛同」するコメントだけを残し、疑問を呈するコメントは削除したり、相手にブロックをかけたりしているようです。コメントを無駄にしないためにもこちらに書き込まれることをお勧めします。
※前スレ
ねずさん(=小名木善行)ってどうよ Part.5 [無断転載禁止]©2ch.net
http://egg.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1483706316/
ねずさん(=小名木善行)ってどうよ Part.4
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1476498992/
ねずさん(=小名木善行)ってどうよ
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1430006207/
ねずさん(=小名木善行)ってどうよ Part.2
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1451813942/
ねずさん(=小名木善行)ってどうよ Part.3
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1462429737/ 今日のブログの最後に「昌平黌」が正式名称だと言い張っています。そこに書いてあることがもう間違い。
再度古文書を提示して誤謬を指摘しましたが、自説の根拠となる文書など引っ張ってこられるわけもなく、それでも認めないでしょうね。
潔いのが「日本のココロ」ではないんですかね。 >>802
小名木善行男爵のノウガキは、出典を明らかにしないコピペばかりです。
ご自身もどこからコピペしてきたかご記憶がないのかも知れません。 >>802
そもそも、コメントを承認しないのであれば、反論する時点で引用する必要があります。
あの書き方では、どのようなコメントがあったのかもわからず、あ、またシャドーボクシングかぁとしか思えませんね。 >>804 訂正せず、わけのわからない強弁、詭弁を重ねるから、ますます嘘丸しな物になっていく、通常パターンですね。
さすがの信者も?となってしまうかもしれませんね。 >>805
だからこそ、定常的な信者獲得のパイプラインが必要なのです。
FBでファーストコンタクトし、ブログに引き込み、会に参加させて参加費を取り、本を売る。でもそれほど儲かってもいないかもしれませんね。それだけでは。
どこかから活動費が出ている可能性があります。 >>805
>訂正せず、わけのわからない強弁、詭弁を重ねるから、
詭弁と言うのは、小名木善行さんにはできません。もう少しスマートな論理展開ができる人でないと。
強弁、ですね。あとはナニワブシ。 >>807 なるほど! 確かに詭弁というほどの論理の組み立てはありませんね。
ところで驚いたことに、史料を明記しての誤謬の指摘コメントが採用されていますね。
おそらく信者たちにこのコメントを叩かせるか、後日のブログで強弁の批判を繰り広げる姑息な意図があるのでしょう。
しばらく開けもしなかったブログですが、どうなるか、楽しみでもあります。 >>808
あれは、信者には理解できないので公開しても大丈夫と考えたのです。
公開された物を解説するように見せかけて、自分が攻撃しやすいターゲットを設定します。 ねずさん♪ ねずさん♪
創価相手に商売か♪
飴玉売って大儲け♪
幾ら儲けたねずきっちゃん♪
それにつけてもカネの欲しさよ♪ >>810
儲かってればもうリタイヤしてるでしょうね。未だに会員集め商売しておられますから、そんなには儲かっていないと見ました。 >>809 たぶん、ねず論をひっくり返す史料の意味もわからず、それを探すこともできないでしょう。
おっしゃるように、信者にも自分にも理解不能として放置するかもしれませんね。
でも、史料を無視しているのは、「目からウロコ」だろうが何だろうが、歴史の本を売り込むには、決定的にまずいのですが・・・
ねず男爵、信者ともに「俺たちにとってホントなら絵空事でもいいんだ!」という姿勢ですから、へいちゃらなんですね。 >813
> ねず男爵、信者ともに「俺たちにとってホントなら絵空事でもいいんだ!」という姿勢ですから、へいちゃらなんですね。
これは常日頃から公言されていますね。
青葉慈蔵尊の話はナニワブシでも良いとか。そんなのばかりです。 >>802
「昌平黌」に関しては、見慣れない文字で、ウンチクを垂れれば、信者に強印象で目からウロコと言ってもらえる、と言うことです。
教育だの学校だのの旧字体も同じことです。
元々抽象思考の苦手な小名木善行男爵が象形文字を解釈すれば象形に沿った解釈しかできないわけです。漢字発生後数千年経過してもとの象形の意味しか考えられないというのも情けないことです。 >>815
今日の記事では、故渡部昇一氏の動画を引用していますが、昌平坂学問所となっているようですね。。。
あの自己矛盾を何とかして欲しい。自己の主張の一貫性を維持できないことを恥ずかしいと思われないのですね。稀有な才能です。 >>817 小名木氏は、もともとヤマトゴコロとか、日本の歴史の研究などはどうでもよくて、ビジネスをするのに格好がつくからやってるだけでしょう。
この不誠実さが、彼にとっての「ヤマトゴコロ」なのです。 >>818
よくあれで目からウロコと騙されるものです 最近、美談でっちあげが流行りますね。
先日の草津白根の噴火では、演習中の自衛官が円陣を組んで一般人を守ったというデマが拡散され、国会議員までがリツイートしていました。
サンケイ新聞も、沖縄の交通事故で海兵隊の軍人が日本人救援中に事故に巻き込まれたと報道し、他紙が報道しないことを批判した挙句に、海兵隊にその情報を否定されています。
どちらも美談系のツイートやサンケイの美談記事は眉唾だという認識を新たにさせるものです。
小名木善行さんの美談記事もこれと同列のものですね。騙される方にも問題があるかもしれませんが、見え透きすぎているので信者もすぐに卒業してしまいます。 以前に川で溺れそうになった子供を中国人留学生が助けたことがありました。
この時、小名木善行さんは、この中国人留学生はチベット人だというデマを流布されていました。
小名木善行さんの場合は、そういう活動もされています。 フェイクニュース募集・・・。未承認コメントが多く出そうです。 フェイクを撒き散らし悪びれることもない人が何を言っているのか。。。 >>822
ご自身の記事がフェイクですからね。
小名木善行さんの記事をいくつか選んで
https://www.free-press.or.jp/fakenews-page/
に申請してみましょうか。いくらでもありますから。 >>824
>サンケイ新聞も、沖縄の交通事故で海兵隊の軍人が日本人救援中に事故に巻き込まれたと報道し、他紙が報道しないことを批判した挙句に、海兵隊にその情報を否定されています。
これなど立派なフェイクニュースですね。 本日のねず男爵のブログ、法学部出身ではない私がナナメ読みしても飯を噴き出すようなものです。
例によって、ダブルスタンダードもあります。法学部出の人が読まないと信じているのかすごい度胸です。 >>826
長いです。それに脈絡もない。どこからコピペしたのか、寄せ集めでしょうが、私には理解不能です。 >>827 全くおっしゃるとおりです。論理も何もありません。これが男爵の実力なのでしょう。 >>828
小名木善行さんの実力は、歴史、文学、法学の分野にあるわけではなく、それらの似非知識を活用して扇動できる市場を特定し、そこから集金するところにあります。
その過程で、短期的には歴史文学に関して間違った認識を持つ人を作り出します。法学については明白な理由からその恐れはありませんw。 相変わらず、欧米人に誉められた、日本人スゴイ、ですか。
小名木善行さんのコンプレックスの闇は深いですね。 小名木善行さん、日教組がどういうことをしているのかご存知なのでしょうか。。。 >>831 小名木氏が学校教育の現場も知らず、成人してから日教組に加盟している先生に会ったこともないと断言できます。
もちろん学校教育法も教育公務員特例法も知らないとも。
ところで、ちょっと前のフェイクニュース募集の記事のイラストには「報道しない自由」という、小名木氏界隈が好きそうな言葉が載っています。
これ、考えた人はドヤ顔なのかもしれませんが、自由権の前提がないとなりたたない矛盾した言葉です。
そういう界隈のリクツでは、きっと「職業選択しない自由」・「婚姻しない自由」とか「経済活動のない自由」とかも説明できるんでしょうね。 >>831 事実を淡々と書く形でブログ内容を否定するコメントが承認されていますね。批判だということを、本当に読み取れないのでしょう。 >>833
小名木善行さんは、樋口一葉なんて読んだこともなさそうですしね。
読んでいれば、江戸時代の女郎についてのお花畑的幻想を並べ立てたりしないでしょう。
にごりえの菊の井のお力は、一葉自身を写したものかという話もありますが、かなり美化されているとも言われています。
あれで美化されているのであれば真実は相当大変なものだったのでしょう。
最近はコメントがつかないので、無いよりましとばかりに承認するのでしょう。ご自分がわからないものは信者にもわからない、という自信に満ちています。 >>832
そもそも、憲法で認められているのは言論の自由ですね。Freedom of Speechです。
しかし、小名木先生のように嘘をついてまわるのは言論ではありません。
小名木善行さんの行動を見ていると、マークトゥエインの、ハックルベリーフィンの冒険の中に出てくる王様と侯爵という二人組にそっくりに見えます。
ネタバレするので、深くは申し上げませんが、小名木先生一人で十分二人分の価値があります。 ところで次スレですが、このペースで書き込みが続くと大体970位でこのスレがオーバーフローします。
もちろん、書き込みのサイズによるので、短いものが続けばはじめて1000まで行くかもしれません。
確認しつつ適当な時期に次スレを立ち上げますので、引き続きよろしくお願い致します。 >>835 有難うございます。ねずブログ自体の人気も低下しているようですが、引き続き流し目で見守りたいと思います。
ところで、コメント欄がトンデモの類の人たちで固定化されているので、ちょっと小難しく書いてあれば、批判の文脈を読み取れずに採用するようです。 >>837
ブログの人気の低下はかなり甚だしいですね。
Amazonの紹介では、一日に三万人が訪れるとなっているのですが、いまのブログランキングのデータでは週間inが二万そこそこ、週間outが七万弱です。七で割ると週間outは一万/日。
一日三万といっていたものが三分の一になったと言うことになるでしょう。
以前にカテを変更したときのトラフィック情報を記憶していませんがあのころから低落が始まって、カテ変更で粉飾しようと考えたのではないでしょうか。失敗されたようですが。
小名木善行さんは日本の文化に害を成す輩ですので、もちろんこれは喜ばしいことです。
小名木男爵のパイプライン形成手法はFB, ブログに頼る部分が大きいようですがFBはモデレーションを強化してきており、集客に効果の上がるヘイトが封じられています。効果的なブログ活用が出来なければ、近い将来信者の大幅低下となる事が見えています。
今後ますますきびしくなってゆくと思われますね。
小名木善行さんの営業手法自体には特段異論をさしはさみませんが、その過程で垂れ流す愚にもつかない似非文化論には大きな懸念を持っています。引き続き生暖かい目で見守ってまいりましょう。
私もたまには小名木善行先生のブログに小難しいコメントでもさし上げて見ましょうかw。 今日のよき日は『建国記念の日』であって建国記念日ではありません。 小名木善行こと伸太郎のウソに皆さん気をつけましょう。 すめらみこといやさか (*ノ∀`*) >>840 15秒ほどでナナメ読みできました。小名木氏の書き方だと、後醍醐天皇とその取り巻きの公家たちは、政治に無能でプライドばかり肥大し、武士の信頼をなくした烏合の衆だということになりますね。
そうじゃないようなことを、前に散々書いてたのに。北畠親房、顕家親子もほめてあげればいいのに。 後醍醐天皇はシラさなかった、ということでしょうか。
行き当たりばったりの小名木善行さんですね。 小名木善行男爵、今日はまたFB記事で蜻蛉日記をネタに東洋経済を仮想敵に仕立てようとしています。惜しむらくは東洋経済は小名木善行男爵なんかにはハナも引っ掛けてくれないところです。
とはいえ小名木善行男爵のノウガキは穴だらけですから、真面目に相手されたら一分と持ちません。だからこそハナも引っ掛けそうにない相手を選ぶのでしょう。
蜻蛉日記の命名の由来は日記中に書かれています。小名木善行男爵は読んでおられないのでしょうね。というか原文は読めない。現代語訳を探しても書いてあるのですがそれも読まずに都合の良いところだけコピペ。
あの気持ち悪い女子高生風、まさか新機軸だと思ってたりはしませんよね。いいお年なんですから。
それと、道綱の母を古代女性とおっしゃってますが、小名木善幸さん平安時代は古代でよろしかったでしょうかw。 >>843 気になったので、『東洋経済』のサイトを覗いてみました。原文に書いてないことを男爵が妄想的にでっちあげるのとは、比較のしようがありません。
男爵の書くものは、象形文字から勝手に物語をでっちあげるチャーチワードのムー大陸の如しであります。アイコクという鼻薬でほいほい人が集まってくるのでしょう。
もう一つの男爵の手口は、反論されたらさらに嘘をでっちあげる、それでも不利ならスルーするということです。
大人のやることですかね。 こちらも以前の記事を転載致しましょう。
引用
実は、そんな気持ちの日常を綴った文学が、彼女が書いた『蜻蛉日記』です。
「かげらふにつき」と読みますが、かげろうというと、なんとなくイメージは「ウスバカゲロウ」の消えてしまいそうな、か細いイメージかと思います。
けれど、そっちのカゲロウは、漢字で書いたら「蜉蝣」です。
彼女の日記は、「蜻蛉」です。
これは「かけらふ」とも読みますが、もともと、トンボのことです。
つまり、『蜻蛉日記』は、実は「トンボ日記」なのです。
そのトンボですが、トンボは飛行中に空中に前進だけでなく停止することができます。
けれど、後ろには下がれない。
そこからトンボは古来、勝ち虫と呼ばれ、何があっても前に進む、決して後ろに下がらないことの象徴として、特に武人に愛された生き物です。
戦国武将の前田利家の兜(かぶと)は、だから黄金のトンボです。
つまり道綱母は、
「どんなに辛かったり悲しかったり悔しかったりして、
泣いてばかりの日々であったとしても、
私は絶対に後ろに引き下がらない」
という固い決意を持っていたから、日記のタイトルを「ドンボ日記」としているのです。
引用終わり
この日記が書かれた時代には とんぼは 秋津と呼ばれていましたね。
蜻蛉の日記も上古の時代にはひらがなで、かげろふ、と記述されていたようですが中世以降漢字で蜻蛉日記と表記されるようになったようです。
更に、かげろうの日記の表題の由来については本文中に作者自身が語っていますので続きに書きます。
続く 続き
小名木善行さんは蜻蛉日記の本文をお読みになっていないのです。
彼の言語能力では無理ということはわかるのですが、それではなぜ背伸びしてああいう題材を取り上げるのでしょうか。
蜻蛉日記は、本文に "なほものはかなきを思へば、あるかなきかの心ちするかげろふの日記といふべし" と書いてあるのでそう呼ばれています。これをご存じないわけですから、読んでいないことは明白です。
意味をご説明すれば、
それでもはかないものであることを考えれば、あるか無いかわからないような気がする、かげろうの (ような女の書いた) 日記と呼ぼう。
というような意味です。
かげろふのあるかなきかにほのめきてあるはあるとも思はざらなむ、という宇津保物語の歌等を元に書かれているのかもしれませんが、その他にも かげろふのあるかなきか、という歌はいくつかあります。
GHQのWGIPで書き換えられたとでもおっしゃるのでしょうか。宇津保物語の歌まで書き換えますか???
ねずきちさんはこの文章を
どんなに辛かったり悲しかったり悔しかったりして、泣いてばかりの日々であったとしても、私は絶対に後ろに引き下がらない
と解釈されて居るようですが全然違います。古典の鑑賞を捻じ曲げるのはやめていただきたいものです。
ところで、ねずきちさんの調最低の翻案文を見ると、どこかで見つけてきた現代文版をそのままコピペしてバレることを防ぐために文体を変えているということがすでに見え透いていますが、見苦しいものです。
私はねずきちさんが古典を勉強することは期待していません。古典を利用することをやめていただきたいだけです。
続きます 続き
このようなFBの記事につくコメントは、
引用
東洋経済の解釈は、余りにもゴシップ的な解釈で最後まで読めませんでした。
小名木善光先生の解釈は素直に読めて、心地よかったです。
日本人の素直な心で物事を観る大切さを感じることが出来ました。
有難うございます。
引用終わり
引用
はぁ…全然違う!
小名木先生の立体的なというか、前後左右そして上下に広がる解釈は、常に「なぜそれがそのように詠まれたのか」が非常にわかりやすく説明されていて納得できます!
引用終わり
のようなものです。小名木善行さんはそういうレベルの人たちを食い物にしているのです。 >>848 原文を、思いっきりくだけた訳にしているだけですね。それにしても男爵の「解釈」と称するウソ訳を「立体的」と捉える読者レベル・・・。
男爵がやらなくても、当時の文化的背景を踏まえた論説はすでにちゃんと書かれてるのですが、そういったものとは縁がない人たちなのでしょう。図書館に行っても、男爵界隈の本しか読まない・・ではなく見ないのでしょうね。 しかし、小名木善行さんの 蜻蛉日記のタイトルの説明はあまりにひどいですね。
本文を読まずに、蜻蛉日記 と言うタイトルから想像を逞しくしてご自分が イイハナシダナ− と信者に思わせられる話を作り出しておられるのです。
小名木善行さんご本人を含め、男爵信者の方々は古典の素養をおもちではないので、目の前に全く逆の事が書いてあってもお分かりにならない。
その無知を利用して、男爵がイイハナシダナーという作り話を持ち上げると信者の方々がメカラウロコーと合いの手を入れるのです。 >>850
永井荷風の腕くらべに、山井要という自称作家が出てきます。
山井の商売は、文学少年を食い物にすることです。エロ本の地下出版などもしていますが、自分でも本を書きます。海外作家の評判の良い作品の噂を聞くと、原典は読めないので評判や噂に基づいて同じような物を書く。原典が読めないので剽窃になることを免れている、という人物です。
この人はエロ系なので、退廃芸術論者の小名木善行男爵とは方向は逆ですが、やっていることはよく似ています。 >>851 もちろん男爵には、荷風も谷崎潤一郎も知りません。川端康成も。ノーベル賞をもらったのだから大江健三郎とともに称揚すべきでしょう。
でも大江健三郎は絶対に理解不能でしょうし、「サヨク作家」だからと読まない理由にするんでしょうね。そういえば和歌の解釈をのうのうとしてるのに、正岡子規はブログに出てきたことがないようです。 小名木善行さんも文学を道具に使うのであればもう少し勉強されれば良いのに、と思います。
ところで正岡子規は数回出てきたように思います。
大きな力
http://nezu621.blog7.fc2.com/b-log-entry-2291.html
引用
前略
そしてその歌人たちの世界は、天皇や朝廷という存在と、これまた一体であるということが、情の面から、広く民衆に受け入れられるようになっていったわけです。
ですから、古典的和歌は、その歌のひとつひとつが、日本の朝廷、もしくは天皇という存在と結びついていました。
これを大きく変えたのが、明治の正岡子規で、正岡子規は、明治の新時代という息吹の中にあって、歴史という縦糸から独立して、ただ、いまこの瞬間の叙情を詠むのが和歌であるという、まったく新しい運動を開始したわけです。
そしてその運動の流れは、当時の多くの民衆の支持するところとなって、与謝野晶子など、新しい歌人たちを育成しました。
そしてその歌人たちを、多くの人々が支持し、同人誌のような歌集をみんなで支えることで、歌壇に、新しい、動きが芽生えました。
つまり和歌が、古典的な歴史という縦軸から解放されて、ある意味自由になり、瞬間瞬間の歌人の思いとだけ、読み手が共感する。そういう流れが生まれたわけです。
この流れは、戦後になって拡大し、いまでは、すっかり和歌は、歴史とは切り離されたものとして解釈されるようになってしまいましたが、逆にそこまでいくと、今度は、昔の古い万葉や古今集時代の歌意が、みえなくなってしまうわけです。
だから、おかしな解釈がまかり通るようになるし、そういうことを研究する役割のはずの学者さんたち自体が、正岡子規以来の思考の金縛りにあってしまって、まるで歌が見えなくなってしまう。
すると不思議なことに、市井の貧乏長屋から、ねずさんのような人が現れて、ふたたび真実の歌意を取り戻そうとする動きが現れ、そこにまた賛同してくださる方々が、これを支えてくれる。
後略
引用終わり
つまり小名木善行さんはご自身を正岡子規の後で和歌の世界にルネッサンスを起こす者と自負しておられるようにふるまっているのです。
寝言は寝ながらどうぞ、と申し上げましょう。 >>853 ありがとうございます。こんな戯言を書いてたのですね。子規の業績に関してはコピペでしょう。比較的平易な万葉調の和歌では、ウソ解釈で煙に巻くことができないのでしょうね。
男爵は、叙情詩というものを、根本的に理解できないで利用だけしようとしてるわけです。歌枕の意義や掛詞、枕詞もわからないことが明らかなのに歴史云々という・・・。
ねず流の「解釈」というものは、ちゃんとした学者が出土した磁器を見て模様や焼きから産地と流通経路を類推し使用者の生活や身分レベルなどを考えるのに対して、「これは武士が固めの杯に使ったものです、それが日本人です」とぬかすようなものです。
そんなに文芸に歴史的叙事を求めたいのなら、そのような題材の中国の絶句や律詩をほめてみたらいかがですかね。 >>854
小名木善行男爵は和歌を進化してゆく座の文学として理解していません。これが理解できずに歌の作者名に官職がついているなどとしたり顔におっしゃるのを見ていると馬鹿らしいのを通り越して微笑ましくなります。 >>854
PKDの 高い城の男 の中で、骨董品の雁造屋が古いライターの骨董価値について説明する場面があります。それと同じですね。あまり書くとネタバレするのでやめておきますが。 >>856 ニヤニヤ、この本、男爵が喜んで読まなきゃウソですねえ。『ブレードランナー』に日本テイストが加わっていましたね。
ねず流解釈は、ナスカの地上絵もピラミッドもみんな宇宙人が作った、作り方を教えたと解釈するかのデニケン流で、たしかに笑える部分があります。
矢追純一氏のように突き抜けてしまうと、違った意味の信者が増えていいかもしれません。「アンコールワットも殷墟もボロブドゥールも、みんな日本人が作ったのです」と言って。 二言目には「世界の文明は全部ウリナラ発祥ニダ」とか言って馬鹿にされてるミンジョクが近くに居るらしいw 思い出しましたが、日本ユダヤ同祖論や、日本に超古代文明あって世界の文明の頂点だったとする『竹内文書』と日本にキリストの墓があるという話、「日本民族」を優位と見るための人類学的調査など、
日本は世界から抜きん出た文華だ!という話は戦前からありました。ねず大先生は一生懸命それを再生させようとして、ついでにビジネスもされるという、全く偉大な方であります。 小名木善行さんは、お互いにほめ殺しあうお仲間の本や、コピペできそうなデジタルメディアしかお読みにならないのでしょうね。
ご商売を離れて、純粋に楽しむための読書をされれば良いのですが。中学生向けくらいのものからリハビリを始めて、少しづつ難しいものを読むようにすれば読書を楽しめるようになりますよ。
男爵が今の所楽しんで読めるのは、北斗の拳あたりのようです。
男爵の北斗の拳やワンピースの記事は、生き生きと生気に満ち溢れています。背伸びをしないで執筆出来るからでしょうね。でもそれでは信者獲得に活用できないのでしょう。
ジュールベルヌあたりから始められてはいかがでしょうか。10年もすればPKDもご理解になれるでしょう。
本当に楽しんで読んだ上で鑑賞を執筆されれば、信者の感動もいや増すでしょう。 今日は本の宣伝ですね。
でもブログで宣伝しても仕方なさそうに思うのですが。
ところで
引用
古事記が神々の御神名をずらずらと並べて書いているところは、研究者の間においても、どうしても敬遠されがちですし、せいぜい「ただ神々がお生まれになった」とのみ解されるところです。
しかし、神々のお名前に「意味がない」と切り捨ててしまうことの方が、考えてみると先輩諸氏に対して、はるかに不遜な態度といえます。
引用終わり
小名木先生、研究者が本当にこういう考えだと思われているのでしょうか?
研究者という言葉を出して何か批判的な事を言えば、信者はコロリと騙される、というお考えなのでしょうね。
お気楽なものです。 本日のお題は、
日本文化の根幹にある寛容性の原点と感謝の心
ということなので、小名木善行男爵も寛容性を発揮してヘイトをお止めになるという宣言なのでしょか?
違いますね。そんなことしたら信者が許してくれません。 ねず男爵は、国会図書館デジタルコレクションなどとしゃれたことを書いてますね。でもそこで見られる古文書を読むことは出来ないことが明らかです。
前に「昌平坂学問所」に関する資料も、このコレクションで確認できて、ねずブログが嘘だとわかってしまうのです。
しかし、国会図書館の名前を出すことで権威付けができると思ってるのでしょう。本文が意味不明です、「欲しがりません、勝つまでは」のようなことを言いたいのだとは薄っすらわかりますが。
男爵が国立国会図書館に行ったことは、たぶんないでしょうね。 >>863
Smoke and Mirrors の使い方には慣れていらっしゃいますからね。 引用
よく引き合いに出されることですが、昨年ベストセラーになった本が、では今年売れているかといえば、必ずしもそんなことはありません。
シドニー・ショルダンの『ゲームの達人』は、1988年の年間ベストセラーとなった本ですが、いまではこの本のことを覚えている人さえも少なくなりましたが、わずか30年前の本でさえ、そうなのです。
それが百年、千年という時の選別の中で生き残った書なのです。
引用終わり
グーテンベルク以降の出版物と写本で流通していた物を比較してもねえ。
散逸物語なんていうものもありますし。 今日のねずブロは尻切れトンボで終わってませんか? (*ノ∀`*) >>866
たしかに終わりの部分が変です。
ちゃんと最終チェックしないとだめですね。 今度はカレッジオブホリスティックホメオパシーですか。。。 >>867 私は、このような戦争の犠牲者を利用する、あるいは美談に仕立て上げるような話に、反吐が出るような思いがします。
有名な新田次郎氏の『八甲田山死の彷徨』には、体制側が悲惨な雪中行軍を美談に仕立て上げようとしたけれど、兵士が凍死という異常な死に追いやられた事実への遺族と国民の怒りをなだめる事ができなかったとあります。
男爵には、雪中や、弾の飛び交う場に追いやられる事態を実体験していただきたい。 >>869
私も同感なのです。そしてこれは現代でも同じです。
小名木善行さんに限らず、ここのところ無理やり美談を作り上げる傾向が顕著です。
小名木善行さんは、青葉慈蔵尊の件もありますが、先日も指摘させていただいたとおり中国人が川に流された子供を救ったときに、救助した人は中国人ではなくチベット人だとまことしやかな嘘を拡散しています。
ご自身が美談商売をされている関係上、敵とみなしている中国の美談は許せないということなのでしょう。
最近の美談デマといえば、草津白根山の、自衛隊が円陣を組んで云々というものがありました。これは国会議員までがまんまとだまされてリツィートしています。恥ずかしい話です。
これはその後部下の隊員をかばったという美談にすりかえられましたが、前の話があるだけに残念ながら眉に唾をつけて聞く人もいるかと思います。
沖縄でも海兵隊員が交通事故で日本人の救助中に二次災害にあったというデマを産経新聞が拡散しています。責任者は既に社内処分されているようです。
これらの美談系の話でも、結局巻き込まれた被害者は嘘美談のネタにまでされてさらし者になります。これは二次被害とでも言うべきものでしょう。
これらは氷山の一角で、やらせの美談と言うのは山のようにあるのだろうなと思います。 美談も問題だけど、戦前の体制側のおとぎ話をさも真実のように扱うのも大問題だと思います。
満州は五族協和だの民族自立だの、先の大戦は民族の解放だの、
中国に進出したのは邦人保護のためだの国民党に対する懲罰だの・・・。
これらはどれも戦前の軍部や急進派の作り上げた張りぼてのおとぎ話に過ぎない。
当然それを支える事実の羅列もそれに沿うように嘘と作り話で塗り固められている。
こんなある意味心地よいだけの歴史もどきがかくさんされ、
一定の支持を得られている事には知の低下への不安しか感じられない。 >>871 まったく同感です。戦前を美化する言説にすぎないものが、歴史の記述であるかのように語られることがいかに危うく、それが利用されることがいかに恐ろしいことか。
それが悲惨な事態を引き起こした例は、ナチスの蛮行、近々でもユーゴの分裂後の混乱、ルワンダの内戦、自称イスラム国・・・枚挙に暇がありません。
男爵は、そのような事態が惹起する可能性を拡大することに手を貸していると言ったら言いすぎでしょうか。 やはり建前としての皇国史観や日本美化だけでは片手落ちなんですよね
根っこに妥当適切な常識感覚が無いとブレーキが壊れた車と同じで危険です
「教師が子供たちに伝えていたのは神話であり、歴史ではない。
国家は言うまでもなく幻想を共有する人々の集団だが、だからといって幻想を事実として教え込むのは決して褒められたことではない。
”むかしばなし”と”ほんとうのおはなし”は、子供が理解できるにしろできないにしろ、明確に区別して伝えてやらねばならない。
たとえ史実を知ったところで神話の価値はいささかも減ずるものではない。
幻想を押しつけられた子供はいずれ大人になり 、自分が現実を知ったと信じる瞬間を味わう 。そして幻想をただ蔑むようになる 。
現実は活用し 、幻想は楽しむ 。いいとしをしてその程度のこともわからない堂々たる莫迦が完成する 。
大人が現実に耐える覚悟を伝えてやらなかったが故にです」

これは日露戦争をモデルにしたあるファンタジー小説の一節なんですが自分は歴史や政治といったジャンルに触れる際この言葉をいつも念頭に置いています
ちなみにこの場面は神武天皇をモデルにしていると思われる物語内の建国の英雄にまつわるものです >>873
小名木善行さんは歴史や政治に特に筋が通った考えをお持ちではありません。
ある程度の数の聴衆に共感を持たせるストーリーを一時的に作り上げておられるだけです。そのストーリーたるや専門家が見れば恥ずかしいようなものなのですが、もともと専門家に見せる目的のものではないので無問題なのです。
歴史にしても政治にしても、文学にしても似非科学にしても、収穫対象の焼畑を増やすための方便でしかありません。
>たとえ史実を知ったところで神話の価値はいささかも減ずるものではない。
>幻想を押しつけられた子供はいずれ大人になり 、自分が現実を知ったと信じる瞬間を味わう 。そして幻想をただ蔑むようになる 。
>現実は活用し 、幻想は楽しむ 。いいとしをしてその程度のこともわからない堂々たる莫迦が完成する 。
>大人が現実に耐える覚悟を伝えてやらなかったが故にです
そのとおりです。そしてその区別がつかない人たちが、小名木善行さんのマーケットなのです。
正統的保守の方々に取ってはこのような人たちは重荷にしかなりません。小名木善行さんにとっては、収穫対象は多ければ多いほどよいのです。
特に小名木先生の浅薄なノウガキでは収穫対象を長期にわたってつなぎとめて置くことはできないので、パイプラインを構築しておくことは必須です。
続きます。 小名木善行さんは、新たな幻想の拡散も積極的に行っておられます。良い例が、以前にも挙げた青葉慈蔵尊です。
中略
「仮に」と申し上げました。青葉慈蔵尊にまつわる乙女たちの物語が、単に浪曲のための創作であったとしても、その物語は、終戦直後の国家を喪失したとき、
すなわち「ゼロ時」の出来事として、国を考えるときの重要なメッセージが含まれている物語として、伝えていかなければいけない話である、と思うのです。
従軍慰安婦のような、単に欲ボケの利権屋のねつ造物語と、国を大切にすることの重要性や、その他多くのことを教えてくれる物語と、一緒にされては困る。
それこそ、勉強不足というものです。
三つ目に、真実かどうか疑わしいから「広めるのはどうかと思う」という議論です。
ま逆です。
この物語は、広めなければならない。
ボクはそう思っています。
この物語の論拠となっているのは、掘元婦長の話だけです。
伝えられている事件が、あまりにも悲惨で酷い物語であるだけに、これを否定する論が出てくるのは当然のことと思いますし、そうした論調があることも十分承知しています。
それでも伝えなければいけない。
物語として、ボクはこのお話をご紹介しています。
引用終わり
ねずきち男爵の青葉慈蔵尊記事の一部です。
浪曲のための創作でも歴史として教えるとおっしゃっています。それによってパイプラインを構成できるからです。
直近の記事を見ると、小名木善行さんはホメオパシー関係の団体で公演されるようです。これも、男爵のパイプライン構築活動の一環で、時々このようなことをされています。
胡散臭い団体がつるんでトンデモ活動しているということです。 >>875 なるほど!、と思いました。ねず男爵が平常運転でトンデモを繰り返し、その手のパイプの範疇にいる限りにおいては、まだ生暖かく笑っていられる部分がありますね。
男爵がビジネスに利用している言説が、どうか危うい形でこれ以上広まりませんように。 >>876
小名木善行さんがやっておられるのは、思想の積極的な展開ではありません。
どのような思想がどのような層に受け入れられる可能性が高いか、と言う事の見極めと、その市場に展開する商品の設計、製造です。
日本スゴイ本、百人一首、古事記のトンデモ解釈本などは、そのマーケットに展開して集金するための商品です。小名木善行さんがその商品を通じて何かを伝えようとしているわけではありません。
ですから、本や公演の内容がつじつまが合わなかったり間違っていたりしても全く問題が無いのです。
この際問題なのは、そのようないい加減な商材を見て、目からウロコなどと本気にしてしまう人たちがいることです。しかし、最近ブログ記事が旧記事の再利用ばかりになっている事でもわかるように、そういう人たち、いわゆる信者達も短期間で入れ替わっています。
小名木善行さんは、失う信者の数とつりあう、もしくはそれ以上の新規の信者を獲得しないと収入を維持できないのです。1000人の信者が去れば1500人獲得する為には、信者候補のパイプラインが必要です。
そのために小名木善行さんは日々Facebookに、ブログにとノウガキを垂れ流し、また胡散臭いホメオパシー団体で公演したりされていのです。
小名木善行男爵の本を読んでそのトンデモに気づいた方々は小名木男爵に対して冷めた見方をするようになるでしょう。この覚醒までの期間を出来るだけ短くし、またパイプラインの数を低下させることが重要です。
元々、まともな教育を受けたひとは小名木善行さんのノウガキには洟も引っ掛けません。古典文法の教育を受けた人が小名木善行さんの歌の解釈をみれば、ギャグとしてしか受け取れなくなります。
それ以外でも、ほとんどの分野で小名木善行さんのノウガキは見当外れのギャグです。善行さんのお得意な分野は、焼畑の構成とそこからの収穫であり、実はその分野の本でもお書きになればまともな内容になるかもしれないと考えて今する
但しこの手の本はネタバレになってしまい、焼畑の構成を難しくすることになるので、出版を遠慮されているのだと考えます。 >>877
小名木善行さんの御著作については、内容があまりにトンデモであるため、学術的な意味は全くありません。トンデモトリビア本とも言うべきものでしょう。
新興宗教で、ガラス球とか壷を信者に高値で売りつけたりしますが、それと同じ位置づけのものでしょう。お値段はそういうものよりもお徳になっていますが、あの本を新興宗教の壷のような値段で売りつけるわけに行かないことはだれにでもわかります。 ところで、
引用
そういえば、新羅は、新しい羅刹と書きます。
羅刹というのは、China以東では、地獄の魔物であり、地獄の獄卒のことをいいます。
10世紀の延暦寺の僧の源信の『往生要集』では、羅刹を亡者を責める地獄の怪物として描いているのは有名な話です。
引用終わり
この文章、なぜ急に 羅 が 羅刹 になるのでしょうか。これも小名木善行男爵の少ない知恵と語彙を絞った語呂合わせの結果と考えるしかなさそうです。
羅刹はヒンズーの神の名前を漢字で書き表したもののようですから、小名木男爵お得意の、以音?字となり漢字自体の意味は用いられていないでしょう。
小名木善行男爵お得意の文字の解釈して見ましょう。
羅は、現代ではうすものとも読まれますが (例えば"一張羅"は着る物の意味です) もともとの意味は例えば羅生門などのコンテクストから解釈するのが正しいようです。
羅生門は本来は羅城門と表記されていたものですが、これは羅城(都城を囲む城壁)の門という意味です。つまり、外側を包むものと言うような意味と考えられるでしょう。
往生要集との関連付けなどは全く意味不明なのですが、これも男爵お得意の宣伝ツールなのでしょうね。でもここまでゆくと信者もついてこなくなると思います。
もしかしてこのスレで国会図書館の話が出たので、それが使いたかったからだけなのかもしれません。俺も使えるんだぞー、とおっしゃりたいのかも。 >>879 「尼師今」などの称号を日本の名前の「西尾」だとすることなど、凄まじいトンデモもあります。
しかし、三国志の知識を男爵が持つはずもなく、これもどこかのコピペなのでしょう。
「じゅうた」が「ぱらいそ」に連れて行ってもらえない東北のキリストを連想させるトンデモであります。
男爵が国会図書館の利用カードを持ってるとはとても思えません。検索したら偶々同館のコレクションがでてきたのでしょうね。
普通に研究したい人はそこからさらに調べて、どんな資料がどこにあるかをを探すんですけど。 >>880
内容を読まずにコピペされてるんでしょうね。
粗製乱造、信者も内容は読まないからどうでもよいのでしょう。
ぱらいそ、というとわたしはどうしても諸星大二郎を思い出してしまいます。小名木善行先生など足元にも及ばないでしょう。 >>880
ここですね。
引用
半島南部は、もともと倭人の国で、たいへん豊かであったわけです。
また新羅は、もともと倭人を王に立てることで成立した国でもあります。
三国史記には、新羅の王の名として、居西干、次次雄、尼師今、麻立干などの表記が見られ、これは順に、コソガン、チャチャウン、イサグム、マリカンと読むと言われているのですが、
普通に読んだら、伊勢香(いせか)、千鶴夫(ちずお)、西尾(にしお)、又治(またじ)で、それぞれ倭人らしい名前であったともいえます。
引用終わり
うーん、妙に現代的な名前ですね。。。まあ出鱈目も極まっているということです。
新羅って900年頃には滅びてるんじゃありませんか? そのころにこんな名前がはやってたんですかね。
そういえば、漱石の虞美人草のヒロインは藤尾ですね。西尾と似てるかも。 >>882 「次次雄」は「次充」の別表記という説明もあるようで、どうやれば「千鶴夫」になるのでしょうか。
「西尾」幹二氏に忖度していたりして。平昌オリンピックのことでトンデモ説を繰り出してくれると面白いのですが、スポーツにはあまり関心が無いのでしょうか。
羽生選手が陰陽師に扮したから「これぞヤマトゴコロです!」とか、書きまったり・・・。 >>883
小名木善行さんは、ご自分の無知をさらけ出していますね。これではついてくる信者が減少の一途です。 >>883
麻立干が、またじ、というのも不明です。少なくとも私が ふつうに 読んだら まらかん ですね。またじ では音訓混合ですし、なぜ 干 が じ になるのかわかりません。 >>885
まりかん、ですね。立 は りゅう ですから >一説によれば、因幡の白兎の物語は、出雲国風土記に書かれているものであり、
因幡の白兎の物語は、出雲国風土記にはありませんよー。因幡と出雲は違う国ですからねー >>885
たぶん、「干」と「千」の混同じゃないですかねー。千→ち→ぢ 今日のノウガキを要約すると、歴史的事実などどうでも良い。信者が目からウロコと迎合することが重要なのだ。ということですね。
何か以前の記事でも、古事記の真偽などどうでも良い、的な発言されてましたね。 >>889 中学生が書いたような内容でしたね、それも学研の『ムー』誌を愛読するような。
私も「世界の謎、秘められた真実の歴史」のような本を散々読みました。コックリさんを信じている同級生もいました。
そのような「歴史」にひたる小名木氏は幸せなのかも・・・などと甘く見てはいけませんね。
自分が信じているのと、それを元にウソを広めてビジネスにまでするのとは違いますから。
歴史の偽書を作る動機は、信仰がかった熱意に加え、儲かるからというのが通例のようです。
戦前なら、小名木氏の「古事記論」は曲解がすぎるので、むしろ弾圧されていたかもしれません、邪教だってね。 >>888
なるほど。千と干の区別がおつきにならなかったのですね。
ということはコピペであることも確定ですね。 >>890
弾圧などと言うと、小名木善行先生は大喜びです。ドラマキングですから。
今のところ相手をしてくれるの2 (5) ちゃんねる位のもので、あとの人たちの反応はありませんし。存在も知られていないでしょう。 小名木先生、いよいよネタ切れで生卵の記事まで再活用ですか。
少し調べればすぐにわかることですが、親鳥から卵の中身に感染してしまうサルモネラはいくら養殖環境をきれいにしても防げないということです。
この経路で感染する場合でも、卵内のサルモネラ菌は問題になる量ではなく、数個と言うレベルらしいですが。そして卵を8°以下の低温で保存すれば増殖しません。
そして数個のサルモネラ菌、例えば100万個以下、であれば健康な大人が摂取しても問題にはならないのです。
少なくともアメリカでは同じレベルの環境で養殖しています。ですから、採卵後低温で管理していた卵であれば、健康な大人が食べても問題にはなりません。
実際にアメリカで生卵を使ったティラミスを作っても問題があったことはありません。もちろん自分で消費するためだけですが。
既に菌の個数が少ないものを0にするために、日本では餌に抗生物質を入れています。鶏の体内から卵に感染するものは、鶏の体内から菌を取り除かなければどうにもならないからです。
日本で生食の為に消費される鶏卵の割合はわかりませんが、かなり低いでしょう。私自身のことを考えればほぼ生で食べることはありませんけれどそうでないひともいるとは思います。但し鶏卵の全生産量に対する生食の割合は数%以下になるでしょう。
抗生物質の悪影響は良く知られていることです。中国での鰻の養殖での構成物資使用危険は小名木善行さんの記事で紹介されています。その小名木善行さんは鶏の養殖環境については何も取材されずに、卵が生食できる日本スゴイ、エライとおっしゃるのでしょうか。
私には理解不能です。 >>894 具体的なご指摘有難うございます。全く、日本だけが衛生を考えているわけではありませんよね。
卵が大量に安く消費できるようになったの戦後のことのはずです。
また、生卵を食べるのをブキミなことだと思う文化の人がいることを、男爵は全くすっ飛ばしています。
私の友人の中東の人は、奢った回転寿司で生のイカを食べませんでした。これは、彼の地に新鮮なイカが無かったからですかね?
いつも男爵がヘイトバしまくってる韓国も、生卵をかけたユッケを食べるから衛生大国であります。
最初に見たときに未承認コメントが多かったのは、さすがに突っ込みまくられて、削除したんでしょう。
次は、どんなトンデモ日本エライを書いてくるか、恐々期待してしまいます。
で、本日の話も薄っぺらいですねえ。
商社とかのパックで滞在している方の認識は違うようですが、「日本人ブランド」ってのはあっても、基本は一個人です。
虎の威は長くは通用しないと、経験上思いますがね。 更に理解不能なのは、小名木善行さんの価値観です。
生卵を食べることが出来るのは、生卵が好きな人に取っては朗報ですが、そうでない人に取っては何の意味もありません。
韓国では犬の肉を食べるそうで、店で買うことが出来るようです。日本では簡単には入手できないので、犬肉すきな人にとっては韓国は天国かもしれません。
それぞれの国の市場は、その国で食べることが出来る食材に関して最適化されています。日本市場では生卵が食べられるのでそれが供給され、韓国市場では犬肉が食べられるのでそれが供給される、と言うだけのことなのです。
生卵を食べる習慣のない市場で、完全無菌の卵を生産しても意味がありません。要求されていない仕様を実現する為に、コストの上昇や、前のレスでご紹介した抗生物質の問題を発生させることになります。
小名木善行さんの滑稽なところは、市場の要求の違い理解せずに、市場要求の無い国と日本の市場の製品を比較して、日本スゴイと褒め上げるところです。 >>895
確かモスレムの人はイカタこの類は戒律でたべられないと思います。これはユダヤ人も同じで、海のものは魚だけしか食べられません。
わたしはアメリカ在住ですが、知り合いのアメリカ人で生卵を食べる人はいません。これは東洋系のアメリカ人もおなじです。
ですから、日本は生卵が食べられるからスゴイといっても、ナニソレといわれるだけです。
アメリカでは生卵を食べることは日本の奇習と考えられているようで、寿司屋で軍艦で鶉の生卵の黄身を握ったりして、日本通ぶる人がオーダーしたりしています。 >>893
小名木善行男爵の求めておられるのは愛です。 >>898
ありがとうございます。ユダヤ教では、ウロコの無い魚をたべないことになっていますが、私の友人はイカリング揚げを食べます。
某国のムスリムもタコとイカを食べてますが、生はだめなようです。彼らは豚を食べないことになってますが、私の友人はソーセージをバクバク食べてました。
いろいろ聞くと、それらが食物の概念の中に無かったり、ゲテモノという感覚を持ってるようです。
私たちがワニを食わないようなものといったらいいでしょうか。
男爵はいつだったか「相対性」という言葉を書いてましたが、文化の相対性というものが根本的にわかっていません。どこの国だって、「我が国エライ!」があるでしょうに。 >>900
食文化というのは難しいもので、イスラエルでもロシアから入植した人たちは豚肉を食べていると聞いたことがあります。
アメリカの場合食事の戒律を守る人たちの多くは外食しません。仕方なく外食する場合は、野菜しか食べません。でもそういう人は少ないですね。 >>901 「食文化」は難しいですね。
けっこう気軽にその手の話が出てきますが、文化人類学でそれを扱おうとすると、かなり綿密かつ慎重な比較調査が必要となります。
和食だって、寿司、天麩羅なんかを日常から食べてるわけではありません。
むしろ「エライ」ではなくユニークな点として、いろんな国のレストランがあること、それらの食べ物を「グローカリズム」的に日本風に変えること、などでしょうか。
もちろん、他の国でも同様のことがあるので、威張ることではありません。
世界中の都市にある中華料理や、ヨーロッパだけでなく日本でも広まりつつあるトルコのドネル・ケバブなんかのほうが自慢になるのでは?。
そうそう、一日三食や主食という概念など、他の地域では当たり前とされていないこともあります。
生卵を食うぐらいで威張られたってねえ。 レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。