【考古学】古代エジプトを征服した「ヒクソス」は野蛮な侵略者ではなかったと判明!? 平和に暮らす移民の反逆か [しじみ★]
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世界史のエジプト編に登場した「ヒクソス」という民族を覚えているでしょうか。
彼らは、紀元前18世紀頃、エジプトに侵入して当時の王朝と戦い、紀元前1650年頃に政権を奪取しました。ヒクソスが建てた王朝は「エジプト初の異民族王朝」として歴史に名を刻み、約100年の間、エジプトを支配します。
ところが今回、英・ボーンマス大学の最新研究により、ヒクソスはエジプト外部からの侵略者ではなかった可能性が浮上しました。
ヒクソスによるエジプト征服は、内部からの犯行だったのかもしれません。
■「ヒクソス」はどんな民族?
そもそもヒクソスの正体は、多くが謎に包まれています。
定説では、西アジアにルーツを持ち、ヒッタイトやミタンニといった民族の大移動に追われる形で、エジプトに移動しました。ところが、武力に優れるヒクソスは、BC1650年頃にエジプト中王国を叩いて、「エジプト第15王朝」を建てます。
シリア・パレスチナ〜エジプト北部の一帯を支配し、主に騎馬や二輪戦車を持ち込みました。
その後、BC1542年頃、新たに力を持ったエジプト新王国に敗れ、パレスチナ地方に逃亡し、滅亡に至ります。
これまでの研究で、ヒクソスは典型的なエジプト人とは違うことが指摘されていました。例えば、ヒクソスの名前の多くは、明らかに西南アジア系のものでした。
記録文書には「ヒクソスは外地からやって来た異民族の侵入者」と書き残されていますが、厳密な正体は今もって不明です。
https://nazology.net/wp-content/uploads/2020/07/egypt_1280p.jpg
■ヒクソスは平和的にエジプトに住み着いた移民だった?
ところが今回、ヒクソスが支配した古代都市アヴァリスから出土した遺骨を調べたところ、彼らはエジプト生まれだったことが示唆されました。
アヴァリス遺跡は、1940年代に、エジプトの首都カイロから北東120キロの地点で発見されています。
ボーンマス大学の研究チームは、アヴァリス遺跡で見つかった頭蓋骨の歯を分析し、ヒクソスの正体に迫りました。
ヒクソスが政権を奪取する以前の350年間に埋葬された36人の歯を調べたところ、そのうちの24人が外国生まれと判明しました。出身地までは特定されていませんが、これはエジプト王国がヒクソス政権以前の数百年にわたり、移民を歓迎していたことを意味します。
さらに、ヒクソス政権時代に当たる別の35人の歯を調べるた結果、同様に移民の受け入れが行われていました。
つまり、ヒクソスは初めから征服を目的に侵入したのではなく、移民として平和的に移住して来たのでしょう。政権を取ったヒクソスの支配層は、まったくの異民族ではなく、数世紀前に移住して来た集団の子孫だったのかもしれません。
しかも、この説明は理にかなっています。というのも、アヴァリス遺跡では、過去に戦闘や略奪が行われた痕跡がほぼ見つかっていないのです。
もしヒクソスが異国の征服者だったなら、そうした痕跡が見られるはず。要するに、彼らは平和的かつ緩やかにエジプトに移住し、後に何らかの理由で反逆者になったのでしょう。
反逆に転じた理由は今もって分かりませんが、ヒクソスは通説となっているような野蛮な民族ではなかったかもしれません。
研究の詳細は、7月15日付けで「PLOS ONE」に掲載されています。
https://nazology.net/wp-content/uploads/2020/07/300px-Egypt_Hyksos_Period.png
https://nazology.net/wp-content/uploads/2020/07/734be800296c6a9b161732ce56e9da2c-670x618.png
Who were the Hyksos? Challenging traditional narratives using strontium isotope (87Sr/86Sr) analysis of human remains from ancient Egypt
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0235414
https://nazology.net/archives/64751 王朝の若きイケメン王子
虐げられるヒクソスのイケメンリーダー
から求愛される、現代日本から転生してきた女の子(自分)
歴史が動き出す!!
的な少女マンガが生まれそう >>1
ヒクソスはユダヤ人じゃないのか。エジプトに
移民で入って、人数が増えたのでエジプト出国。
その後、イスラエルを建国。 「現代の女子高生と同じ姿」と話題の1932年の少女たち、どの程度のレアケースだったのか?
http://free.sulekutlay.com/1594626825 エジプトは、侵攻して勝利した民族の神様が>旧来の神様の神格を得て
新しい神様として宗教を起こす(ヘリオポリスは新しい宗教を広める施設
って言うお国柄だったんだそうで
だから、ヒクソス人がエジプトに持ち込んだ神様を調べれば
どんな奴だったか直ぐ分かるようになってる
彼らが持ち込んだ神様は「バァル」や「アナト」と呼ばれるシリア地方の神様だったようで
つまり中東の人間だろね あと、キリスト教が「悪魔」として認めているので(バアル、バエル
当時はかなりの勢力を持っていたんだろうなぁ、ってのが分かるか >>1
アヴァリス遺跡では 過去に戦闘や略奪が行われた痕跡が ほぼ見つかっていない
ほぼ だから 少しはあるのか?
戦闘や略奪の痕跡を見つけ出すのは
考古学的手法でも 至難の業だろう
強力な侵入軍が 一挙に征服した例はあるが
難民・移民が いきなり政権を奪取した例はない
最初はおとなしくしているが 徐々に数を増やして
隙を見つけ 牙を剥き 支配権を奪取する
これな 日本も気を付けないと >>2
俺もまずそれが浮かんだわ
めちゃくちゃ野蛮で狡猾やん 結局、クーデター起して土着人を征服したんじゃねーかよw ヒクソスと言う呼称は「異国の支配者達」を意味する古代エジプト語、
「ヘカウ・カスウト」のギリシア語形に由来する。(Wikiより)
そうだよなあ。語尾が"・・OS"ってギリシャ語臭いと思ったんだよ。
>>6 馬鹿、
そんなことも、知らないのか。 ユダヤ人てのは、
エジプト・ピラミッド建設の奴隷だ
オマエらが、安倍エジプト人に五輪競技場を建設させられてた
奴隷であったのと、同一だ
そもそも、 そこで生まれたのが『ユダヤ教=ヘブライのキリスト教』、
奴隷解放の思想なわけなんだけどな
ヒクソス=ヒッタイト が、とても自然だけど
バビロンを征服した帝国ヒッタイトは、
そもそもが騎馬民族だったからね
ヒクソスも、騎馬民族特有の馬とチャリオット
を武器にして強力だったのね
ヒクソスも騎馬民族だから、ヒッタイト同じく
鉄の武器を使用していたはずだわ
むしろ騎馬民族だったら、戦った思うよ
>>18
いや、全然違わない。
イスラエルがエジプトにいた430年間のどこかで
ヒクソス支配はかぶっているはずだよ。
>>29 土人!
だから、ユダヤ人ていうのは奴隷だと言ってるだろ
日本は猿しかいない
>>31
たしかに。
ユダヤ人は神の奴隷であり
あなたがたは罪の奴隷である。
>>32 また朝鮮人か、
馬鹿過ぎる。 もしもユダヤ人がエジプトでピラミッド建設の奴隷
でなかったら、モーゼの出エジプトも旧約聖書も成立しないわ
ヒント: 古代イスラエルは古代エジプト王国の植民地だったのよ
>>17
平和的に侵略じゃない
土着した民が力を付けて武力で征服した
あくまで武力による征服
>>35
>>37
土人!
オマエら日本の猿は、世界の常識と完全に異なる
再度の、日本に対する核攻撃を許可する
ヒクソス(Hyksos)ーエジプト第2中間期とぅ呼ばりーん時代んかい古代エジプトんかい登場した人々。
あったーや一般んかいシリア・パレスチナ地方んかい起源持ちゅん雑多な人々ぬ集団であったとぅかんげーられとーん。
ヒクソスとぅ言いん呼称ー「異国ぬ支配者達」意味すん古代エジプト語、「ヘカウ・カスウト」ぬギリシア語形んかい由来すん。
トリノ王名表んかいよれー6人ぬヒクソス王が108年間在位したとぅ伝えられとーん。
マネトぬ記録において第15王朝ぬ王ん6人とぅされてぃおり、一般んかい「ヒクソス」、「ヒクソス政権」などとぅ表現した場合、第15王朝指すん。 >ヒクソスの名前の多くは、明らかに西南アジア系のもの
こう書くとわかりづらいけど、名前はセム語系のもの。
ヤコブという印章も複数発見されていたはず。
つまりユダヤ人の可能性も十分ある。 サントリーニ島の爆発的噴火が紀元前1628年だからその時の津波がモーゼの出エジプト
伝説に組み込まれていると考える。アクエンアテンのアマルナ改革の一神教誕生が
紀元前14世紀半ばだからヒクソスのエジプト撤退と一神教であるユダヤ教成立との
間に2世紀以上の時差があることとなる。当時の天変地異歴史的事件を聖書に取り入れた
とするとヒクソスをユダヤ人とみなすことも可能かも。 女系天皇なんぞを容認していたら
在日に乗っ取られてエジプトのように
異民族朝廷になりますよ
パヨクはいい加減にしてください >>49
女性天皇と女系天皇の区別くらいつけなさい ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています