細胞内で呼吸を行いエネルギーを作り出すミトコンドリアは母性遺伝することが2011年の研究で発表されました。受精卵において父親由来のミトコンドリアは「自食」と呼ばれる作用によって分解されるため、遺伝子が次世代に伝わらないというのが研究結果の内容でしたが、新たな研究結果で父親由来のミトコンドリアDNAが遺伝していたとの報告がありました。人類の起源となる女性「ミトコンドリア・イブ」の仮説はミトコンドリアの母性遺伝を前提としているため、学説が覆される可能性もでてきています。

Biparental Inheritance of Mitochondrial DNA in Humans | PNAS
http://www.pnas.org/content/early/2018/11/21/1810946115

Study shows mitochondrial DNA can be passed through fathers – what does this mean for genetics?
https://theconversation.com/study-shows-mitochondrial-dna-can-be-passed-through-fathers-what-does-this-mean-for-genetics-107641

米国科学アカデミー紀要で発表された最新の研究結果では、ミトコンドリアが父親と母親の両方に由来することが示されました。この研究は別個の3家族を調査したもので、各家族において父親の精子由来のミトコンドリアが数世代にわたって受け継がれていることが確認されたといいます。

ミトコンドリアは人が摂取した糖、脂肪、タンパク質をエネルギーに変換してくれるものなので、ミトコンドリアに障害が起こると生命に関わることが少なくありません。ミトコンドリア病の1つであるMELASでは知能低下や難聴、頭痛、おう吐、意識障害のほか全身の筋力低下や心臓機能の低下がみられ、発症後は数年のうちに亡くなる人も多くいます。

ミトコンドリアはもともと好気性細菌に由来するものであり、生き物が進化していく中で細胞内で共生していったと考えられています。このためミトコンドリアは独自のDNAを持ち、卵子にDNAが持ち込まれることでミトコンドリアDNAが次世代に受け継がれていくと考えられてきました。

受精が起こる際、精子は父親のDNAを卵子の中に持ち込みますが、ミトコンドリアのDNAは卵子の中に入らないか、入ってもDNAが破壊されるメカニズムがあると考えられてきました。しかし、新しい研究は、少数の家族を対象としたものではあるものの、卵子の中に破壊されていない父親由来のミトコンドリアDNAを発見したとのこと。ただし、なぜ父親由来のミトコンドリアDNAが存在したのかという理由はわかっていません。過去にも父親由来のミトコンドリアDNAが発見されたという報告はありましたが、この時は「サンプルが汚染されていた」と考えられました。

ミトコンドリアのDNAに少し変異が起こっただけでも人は死に至るため、遺伝子変異は遺伝されず、ゆえに現代を生きる人と祖先のミトコンドリアDNAは非常に近いと考えられています。このため、世界中の人のミトコンドリアDNAを研究することで現生人類の最も近い共通女系祖先「ミトコンドリア・イブ」にたどり着けるという考えが存在しますが、この仮説はあくまで「ミトコンドリアは母性遺伝する」という前提に立ったもの。ミトコンドリアが母親と父親の両方から遺伝するということが証明されれば、これまで考えられてきた学説が覆ることにもつながります。

一方で、今回のような研究結果によってミトコンドリアDNAへの理解が深まれば、将来的なミトコンドリア病の治療に新たな展開がもたらされる可能性もあります。また2018年時点で実験が行われている、3人の両親の遺伝子から赤ちゃんを作り出すという「ミトコンドリア置換」という方法は倫理において問題点が指摘されていますが、両親のミトコンドリアに変更を加える方法はミトコンドリア置換よりも受け入れられやすいともられているようです。

いずれにせよ、遺伝子解析がより簡単に安価に行えるようになってきた現代において、ミトコンドリアDNAについてはさらなる報告が上がると予測されているとのことです。
https://i.gzn.jp/img/2018/11/30/mitochondrial-dna-passed-through-fathers/00.jpg

GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20181130-mitochondrial-dna-passed-through-fathers/