【統計学】高校数学での統計学必修化は間違っている まったく異なる原理を持つ「数学」と「統計学」[03/05]
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2022年度から施行される新指導要領の案が公開され、高校の数学教育に携わる人々に激震が走っている。
最も衝撃的なのは、統計学が数学B(高校2年、理文共通)において事実上必修化され、
その割を食ってベクトルが数学C(高校3年、理系のみ)にはね飛ばされる、という変更点だ。
数学Bで必修化される統計学とは、「仮説検定」や「区間推定」などの「統計的推定」と呼ばれる方法論である。
これは小学校や中学校の統計の授業では学ばない、統計学の核心といって良い部分だ。
これまで普通は大学に入ってから学ぶものだった。
これについて、批判点は二つある。第一は、ベクトルが理系のみの学習で良いのか、という点。
第二は、統計学を数学で必修化するのは正しいか、という点。
筆者の意見では、第二の点は大問題であり、その意味で第一の点にも批判的とならざるを得ない。
■数学は「演繹的」、統計学は「帰納的」
ベクトルというのは、2次元や3次元の数を扱う代数の方法論だ。
確かに、経済学でもベクトルは必須の道具であるから、文系も学習したほうがいいという意見には同意できる。
しかし、ベクトルの計算自体は、そんなに難しいものではなく、
大学生になってから教わっても障壁が大きいわけではない。
むしろ、文系の高校生が数学という抽象的分野の中で教わるより、大学の経済学において、
経済現象という具体的なモデルをもって教わるほうがイメージよく理解できるように思える。
だから、文系にとってもっと有益な分野があるなら、ベクトルを排除しても仕方ないが、
統計学にはその価値はない。なぜなら、統計学は決して数学ではないからだ。
数学は「演繹(えんえき)的」な理論である。
これは、仮定から結論を、数理論理(「かつ」「または」「ならば」「でない」「すべて」「存在する」から展開される論理)だけで導く学問である。
だから、数学で証明された法則(定理)は常に正しい(真である)。
たとえ話で言えば、「すべてのカラスは黒い」を前提として、「だから、このカラスは黒い」を導くのが「演繹」である。
かたや、統計学は「帰納的」な理論である。
これは、観測された現象から「たぶんこうだろう」という推論を導く技術だ。
言い換えると、経験的な推論を行う理論である。
カラスのたとえで言えば、「これまで見たカラスは黒かった」を前提として、
「だからきっと、カラスというのはみんな黒いのだろう」という推論を行うのが「帰納」である。
したがって、統計学の結論では間違い(偽であること)が必然的に起きる。
このように数学と統計学は全く異なる性質の論理なのである。
続きはソースで
関連ソース画像
http://img.chess443.net/S2010/upload/2018022700003_1.jpg
WEBRONZA - 朝日新聞社の言論サイト
http://webronza.asahi.com/science/articles/2018022700003.html/ 数学のスの字も理解しない人びとがその直感で普通に正解を言い当てるだろう。 最初の段階で下のように3列3行の可能性がある。
[T]FF [F]TF [F]FT
T[F]F F[T]F F[F]T
TF[F] FT[F] FF[T]
その全ての可能性からハズレのFを1つ取り除く。
ただしこのとき、回答者が最初に選択した扉がハズレかどうか
そこの種明かしだけはしない。ここがいちばん重要。
そのため、この行列の各要素から[F]を残してFだけを引き算することになる。
そうすると
[T]F [F]T [F]T
T[F] [T]F [F]T
T[F] T[F] F[T]
になる。
回答者が選択した扉
[T] [F] [F]
[F] [T] [F]
[F] [F] [T]
※[T]は3つ。
回答者が選択肢なかった扉
F T T
T F T
T T F
※Tは6つ。
後者(最初に選択しなかった)ほうがT(当たり)の数が多い。
しかしこんなことをしなくてもこの文章題さえ回答者が理解すれば、
数学の教養ゼロで人びとは直感によって後者を選択するはず。 モンティホール問題が話題になった理由の1つは
この問題をコラムに書いたマリリン・ヴォス・サヴァントさんが
ギネスに載るほどの高IQの持ち主だったからかもしれない。
この問題で彼女と喧嘩腰に論争した数名の数学者
(その数学者の中には高名な業績を遺した数学者の名もあった)
が論争に敗北するという結果が、
高IQの凄さを人々に知らしめたからだったのだろうか。
しかし、マリリン・ヴォス・サヴァントさんは他のところでは、
同じく確率に関する問題で間違いをいくつかおかしてそれを認めている。
例えば>>586の問題で彼女は間違ったことを書いてしまっていた。
>>594
また粘着?
違うようにも見えるが、まあいい。
お前のような大バカにはこういう例をプレゼントしよう。
あるゲーム番組があり抽選で何人かが参加者として招待された。お前もだ。
箱が6つある@〜E。
@ABCDE
左3つの箱(@〜B)のうち1つに当りが入っている。右3つの箱(C〜E)は空。
参加者が左3つのうちのいずれかを選び、
次に司会者が右3つのうちひとつを開ける(空に決まってるが)。
但し司会者は、
@に当りがある時はC、
Aに当りがある時はD、
Bに当りがある時はE、
を開くルールになっている。
その後参加者は1回だけ選択を変更できる。
さあゲーム開始!
まず最初の参加者はAを選んだ、
ここでおもむろに司会者がCを開いた、
これを見た参加者は@に変えた。
当然ながら、「当たりです、おめでとう」、となり無事ゲームは終了。
さあ次の参加者だ!よく見るとお前じゃないかwようこそ。
まずお前はAを選んだ、
おお〜〜〜っとここで機械が誤動作、勝手にCが開いてしまった、もちろん空。
ここでお前は考え込み、そしてしたり顔でこう言い放った。
「これは司会者がCを開けた場合と同じだ。」
「だから@に変えれば当たりさ、簡単なもんだ、ふっふっふ」
会場のスタッフも見学者はあっけにとられる中、
この様子は全国に放映されてしまったのであったwww
これは同じ動作をしても、そうなるに至る経緯が違えば、確率は違って来る例で、
エントロピーが一気に0になる場合と、不変の場合の極端な場合の対比。
こんな単純な例でも分かる通り、
@が開いてそれが空だったという結果が同じであったとしても、
得られる情報は、条件、経緯によって全く違うのだ。
@が開くという動作が同じだと全てが同じだと思う人間は天才バカ文のバカ文パパwww
文系の特徴
・図や式を信じる信じない以前に見ようとしない。
・観念論的論述の中で自説を形成し確信を通り越して陶酔する。
一方理系は
・論理的に推論思考するがそれだけでは確信しない。
・図や式で思考の正しさの検証を試みる。
文系って元々簡単な問題を、こね回してことさらわかりにくくするのが得意なんだよな。
モンティなんて>>467図で全ての場合を尽くしてるってのに、
それをわざわざ分かりにくくするバカの多いことw
モンティホール好きな奴が多いなw
鰡はモンティホール問題の話題のスレ立ててやれよw
>>598
訂正
誤--------
@が開いてそれが空だったという結果が同じであったとしても、
得られる情報は、条件、経緯によって全く違うのだ。
@が開くという動作が同じだと全てが同じだと思う人間は天才バカ文のバカ文パパwww
正--------
以下@→Cに訂正。
Cが開いてそれが空だったという結果が同じであったとしても、
得られる情報は、条件、経緯によって全く違うのだ。
Cが開くという動作が同じだと全てが同じだと思う人間は天才バカ文のバカ文パパwww
よく言うね。
>>552で種明かしをするまで
ここまで明瞭に説明した人がいたかね?
>>552は数学の知識ゼロでも文章題の表現をちょっと
変えただけで人びとの直感に訴えて人びとから正解を引き出す
もっとも明瞭な説明だし、
>>596ほど分かりやすい図式による説明をした例がこのスレッドのみならず
これまでネット上にあっただろうか? 要するに、数学の知識をいっさい使わずにモンティホール問題は解ける、
これはただの文系問題(文章読解問題)だということをここで証明したわけだ。 古代から音楽、数学、哲学が重要と言うけど
どう考えても統計は数学じゃないわな
2次元でも3次元でもなく思考の発展がない 文系連呼さんはご存知なのか?
モンティホール問題を出題したマリリン・ヴォン・サヴァント氏が
学歴的には大学で哲学科を専攻して中退している人物だということを。
モンティホール問題事件はいわば「1人の文系出身者vs数名の数学者」の論争であり、
その結果が無残にも数名の数学者の敗北に終わった事件だったということを。
そのなかには数学で著名な業績を残している人物までもが含まれていたわけだ。
つまり、理系が文系にブザマに完敗した事件なんだよw
それを知ったうえで、文系ガー、文系ガーと連呼しているんだろうか。 今までは同じ統計学でも純粋数学っぽい数式をこねくり回して研究して
現実のデータはほとんど扱わないような学者が幅を利かせていて、
現実のデータを題材に現実社会を分析したりいろんな業界とつながって
研究している統計学者は一段下に見られていた
ところが、最近統計学やその周辺の応用が急に脚光を浴びてきたおかげで
立場が逆転してしまった マリリンさんが出題したモンティ・ホール問題とは大体こんな感じの文章題
{
あなたがゲームショウに出場したとする。
そこであなたは3つの扉の選択肢を与えられる。
そのうちの1つの扉の裏にはクルマがある。他の扉の裏には羊がいる。
あなたはそのうちの1の扉を選択した。
すると、それらの扉の裏に何があるか知っている出題者が他の扉3を開けた。
そこには羊がいた。
そこで出題者が言った。「あなたは2の扉を選択したいですか」と。
あなたはその2の扉を選択することで利得を得ますか?
}
この文と>>552とを読み比べてみてほしい。 どちらかというと古典とか漢文を削って
ベクトルも統計も必須にすべき
紙1枚、いや実際にはB6半枚の図で中卒でも分かったのに、
文系と来たら厳密さの担保できない文章をこねくり回して長々とw
しかも自己陶酔w
うんざり。
文章同士で厳密さに欠ける話をするのが文系w
式や図では正当性の話が丸見えになり、
欠陥をの指摘を受ければ自己陶酔できないのを本能的に嫌ってるw
ぶつかって、これまた文章で厳密性の無い泥仕合をするのも文系w
だから開いて中が空だった事実だけ見て、
それから得られる情報がどれもこれも同じなんてアホを垂れるw
科学板に来てもしょうがないと思うがなあ。
モンティ・ホール問題は文系が出した文章題に理系がひっかかったんだよ。
それを分かっているのかい? []が回答者が最初に選択した1のドア、
{}がモンティ氏が開けた3のドア。
Tが当たり、Fがハズレだとすると、
[T]F{F} [F]T{F} [F]F{T}
しかしこのいちばん右はTを開けてしまうことになるので
このケースはないことになる。よって、
[T]F{F} [F]T{F}
に絞られる。{F}を取り除くと
[T]F [F]T
になるが、1(左)から2(右)に乗り換えたほうが得か?
そんなことはないね。 マリリンさんの文章題がいかに意地悪だったかが分かるねw >>606
哲学はプラトンの時代以降は幾何学がベースだよ。 幾何学は特定の自然界に引っ張られているのでまだ帰納的だね。
代数学になるともっと自由になった。いろんな仮想的世界を計算できる。 >>609
その通り。
でも統計って線形代数と微積なしに学ぶことってそんなあるかな?って感じ。
情報の授業でエクセルを使って統計処理させるとかでも高校では十分な気がする。
そうすれば文系くんでも数学って大事なんだなって身をもって理解できるようになる。 ベクトルより統計の方が社会人になったときに役立つだろ 同感。思うに、統計学が生活にもっとも身近な応用数学。
経済統計・社会統計、疫学、製造業のQC数学、実験計画法...
ベクトルも統計も、役に立つ人間も居れば立たない人間も居る。
理系でベクトルは必須だが、
それ以外は高校時点で無差別に必須にする必要など無い。
文系を目の敵にしている理系崩れの粘着君が自説をとうとうと語るクソスレと化したな。
なんでこの粘着は3行ですむ証明を長々と図にしてわかりにくくしてるんだろうね・・・ モンティ・ホール問題は、たしかに
TFF FTF FFT -> FF TF FT -> F T T
3/9 -> 2/6 -> 2/3
たった3手順で2/3が求まる。小学生レベルの算数問題。
しかしこの文章題に数学者までひっかかったというのだから
それなりの合理的理由があったはず。 >>2
おれも英国数でも受けたぞ
選択は数学と日本史やって出来が良い方出してたわ
>>622
文章で長々と間違った自説を垂れたからじゃないか、
読み返せ、文系粘着の同類w
モンティ自体は>>467の図で終わってるのに。
今更バカが3行とか垂れてるが、
確かに短いことは短いが、
たぶんそんな舌足らずで分かる人間などそうは居まい。分かるのは初めから分かってる人間。
>>467の図は、周囲の人間に説明して即座に分からなかった人間は、
最終学歴中卒のおっちゃん含めて誰も居ない。
催行の説明とは言わんが「簡単でしょ?」と言うには十分だと思うが、
どうもその後の粘着の中で「簡単でしょ?」が気に入らなかったらしいが、
この文系脳の価値観にもうんざりしたw
中卒おっさんにモンティ問題を図を書いて説明するとかアスペかよ 国内だけ忖度して決めないで アジア欧米の教育に
遅れないだけの配慮がいる >>552や>>596なら小学校低学年でも理解できるだろう。
より簡単にすることが数学の理解に長けていないと見下す
変なエリート意識は棄てるべき。
小学生にも理解できるように証明してこそ真の数学者。 モンティ・ホール問題の教訓、その本当の逆理は、
数学の訓練を受けないほうがかえって正解する可能性が高くなる問題が
この世には存在する、ということをむしろ証明したことじゃないか?
そういうのを文系の自己陶酔、いや、文系のマスコキって言うのだよw
分かりにくいのは、
モンティの手順との対応と、
フェーズフェーズで全確率の合計が1になっているのが見えにくく、
聞き手が自分で考え汲み取らないといけないからさ。
>>467や>>503の図では
モンティの手順に沿っている上、縦列足すと必ず1になると簡単に理解できる。
だから今までの実績として、瞬時に理解できなかった者は居ない。
お前の図で説明して分からせろと言われても、俺には自信が無い。
>>628
アンカー忘れたので再投稿。
そういうのを文系の自己陶酔、いや、文系のマスコキって言うのだよw
分かりにくいのは、
モンティの手順との対応と、
フェーズフェーズで全確率の合計が1になっているのが見えにくく、
聞き手が自分で考え汲み取らないといけないからさ。
>>467や>>503の図では
モンティの手順に沿っている上、縦列足すと必ず1になると簡単に理解できる。
だから今までの実績として、瞬時に理解できなかった者は居ない。
お前の図で説明して分からせろと言われても、俺には自信が無い。
>>632
お前の図の説明はたんなるオ○ニーなんよ。
そんなコキタナイもん見せられる方は苦痛でたまらん。
とりあえず祖チンひっこめてはよいねや! 図による説明
>>596 >(越えられない壁)>>>(汚物)>>>467&>>503 AさんとBさんがいてそのうちの1人だけが数学が得意だと自称しているとする。
1. Aさんを除き、BさんとCさんの2人が数学のテストを受けたらBさんだけが合格した。
2. Aさんを除き、Bさんを含む100名が数学のテストを受けたらBさんただ一人が合格した。
3. Aさんを除き、Bさんを含む100名が数学のテストを受けたらBさんを含む99名が合格した。
さて、1, 2, 3の場合で、数学が得意だと自称しているのはAさんかBさんか
どちらのほうがより有り得そうか?
思うに、統計をとったら2のケースでは大多数の人がAさんよりBさんを選ぶはず。
少なくともそれは直感に反していないのではないか。
1と3のケースでは割れる可能性があるかもしれない。
意思決定(選択)問題を人間はそこまで精密に計算して行動しないということかもしれない。 アンケート受ける時点で忖度が働くから
統計処理よりデータが怪しい >>629
そんな気がする
数式などの解を導くのは能力が高いけど
現実の課題や問題を数式の形に落とし込む能力は決して高くない
現実の世界を翻訳する人がいて初めて能力を発揮できるんだろう 文系はベクトルやらなくても良いと思うけど、理系が高校二学年でベクトル学べないで、三学年で極限微積二次曲線複素数と一緒に全部詰め込まなくてはならなくなるのが不味い。
文系は二年で統計やって理系はベクトルやるように分けるのが良い。
やっぱり高校の理系数学は物理や工学の為に有ると思うんだよな。 >>632
>>467や>>503の図では
今までの実績として、瞬時に理解できなかった者は居ない。
>>467
>>468
>>503
>>504
−−−−−−−−−− 終了 −−−−−−−−−−− >>639
そうだね。
基本的に数学の時間が少ないんだと思う。
文系科目は趣味みたいなもんだから授業時間を削るべきだと思う。 >>212
それでねえ
【統計学/金融】京都大学がビッグデータの新統計法則を発見、「べき則」の普遍性を解明[04/08]
ttps://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1523239119/
京都大学の梅野健教授と新谷健修士課程学生は、
世界中の様々なビッグデータに現れる「べき則」の普遍性を説明する新しい統計法則を発見した。
この統計法則は「超一般化中心極限定理」と呼べるもので、データ上に普遍的に現れるという。
これにより世界の様々な現象の統計モデルの構築が期待される。
超一般化中心極限定理だってさ
物凄いのが出て来たよwww >>1 数学が演繹、統計学が帰納って対比は間違っとるぞ。
数学は演繹で成り立ってるが、統計学が帰納で成り立ってるわけじゃない。
統計学は帰納のための手段だってだけ。 1を読んでも高校で統計学を教えるべきでない理由は何もわからないぞ。
大学に行っても出会うのは統計と検定ばかりで純粋数学に関わる機会なんてまったくないぞ。 東大以外のほとんどの場合は大学入試の時に統計中心のところに行くかどうか
判断して、それが学習できる学部学科狙って受けないといけないから、高校で
適性判断材料としてなるべく統計に触れさせないと高校生は何もわからない
統計コースがない普通の理学部数学科に行ってしまったり
今の流れに流されて医学部受験に走ったりしがちになる そもそも授業科目の考え方は教育学的に合理的なのか? コルモゴロフの公理とか出てくる確率論の講義は別として
統計学の授業でユークリッド原論みたいなことをやってる? ビッグデータとガウスとか好きなんだろ
文部省のど底辺無能アホたれマスカキ役人は この公式を成り立たせるためには観察対象を増やせってのは帰納的? モンティ・ホール問題で、誰も、ぐぅの音も出ない回答。
扉AからBへSwitchしない場合の勝率は、当初の1/3のまま。
扉AからBへSwitchした場合の勝率(=扉Aを開けると羊の確率)は、当初の2/3のまま。
こんなの、Wikiほどボリュームを割かなくてもいいんじゃないかな。 一見、数学(確率論)の問題に見せかけて、実は算数(文章題)の問題。 は?
数学より統計学のほうが大切なんじゃない?
相関関係を因果関係にすり替える、イカサマ屁理屈も横行しているし、
今、「コンピューター」とか「人工知能の合理的判断」の根拠のほとんどが統計学だよ。
アマゾンのお勧め機能も、コンビニのPOSレジが弾き出す「売れ筋商品」も、
Googleの検索表示順位も、ほぼ統計学だよ。 例えば、「犯罪者と一般人の差異を調べて、犯罪を予見させる特徴を抽出しました」という論文。
そもそも、犯罪の区分が明確でないところに、いくら、理屈をねじ込んでも無意味。
だって、考えてもごらん。
政治家や経営者が行う巨大な犯罪は、犯罪と分類されず、
こそ泥のような小さな犯罪だけを、犯罪に分類して、いくら精緻な屁理屈を並べても、
そもそも分析対象が間違っているんだから、分析そのものが無意味。 その前に美術とか音楽とか古文とか倫理とか止めよう
そうじゃないと時間たりない。 天気予報を理解するのも統計学だよ。
少なくとも、今の所、未来を100%確実に予見はできない。
だから、相場でも天気予報でも、未来のことを語るには、統計学の様式で記述するのが標準的。
未来が予見できると何ができるかって?
金が儲けられる。
統計だってベクトルだって大事に決まってるじゃないか。
っが、
どっちも無差別に必須にする必要など無い。
特に>>1のバカは文系までベクトルを必須にしろと垂れている基地外w
義務教育なら、まずは法律の勉強をすべきじゃない?
法的な知識がないばかりに、ブラック雇用で泣き寝入りしたり、
交通事故の示談で保険会社に丸め込まれたり。
あるいは、法律の容認範囲を超える損害賠償を要求してしまい、
被害者のはずが、恐喝犯や脅迫犯扱いされてしまったり。
裁判のやり方を知らないがために、
法律に沿って解決できることを、私的な報復合戦にしてしまったり。 まあ、もともと、高校は義務教育じゃないんだから、「必須」とかの議論は無意味。
どちらが、生徒の需要に応えているか、くらいだろう。
別に数学でも統計学でも国語でも英語でも社会でも理科でも美術とか音楽とか古文とか倫理でも、
個人で図書館やネットで勉強しても済むもの。
いわば、やってもやらなくてもよい事柄。 進学校のように、受験に特化した科目のみを教育しても良いし。
どうせ、高々3年の高校で扱える内容など、高が知れている。
それより自学できるように、使い古しの教科書を図書館に置いて欲しい。 先日の新ルパンで 帰納法は仮定だよ のセリフで理解した
図書館は要らないな。
国会図書館ですらネット化されつつある。
ネット上の教材を充実させるべき。
活版印刷は大発明だったけど、
ここへ来て時代は回転したよ、盛者必衰の理。
もはや印刷物のコンテンツよりネット上に存在する、紙にしないコンテンツの方が質量ともに上。
国会図書館の納本制度は意義を急速に低下させている。
さらに決定的なことに、紙の印刷物はそのままでは検索の対象にならない。
大学にしろ高校にしろ
こっちの好きな科目を勉強させろ。
別の学校の講義も単位と認めるとか。
必須とか、そこまで多くなくていいだろう。
まあぶっちゃけ文系に無理に数学なんかやらせんでいいよ。
どうしてもってなら、モンティ見せて感想文を書かせてそれで全員合格点やればいいw
東大一橋早慶クラスの経済学部行くのには大学入ってからの必要性でも大学受験時の得点効率
でも、微分積分と確率に力を入れて勉強したほうが有利でいいのに、そういう情報が高校生には
行かないから整数と図形問題のほうにどっぷり浸って比重を置いた勉強やるのが多かったりする >>666 これを書いた小島寛之は、自称経済学者なのに、
線形代数の入門書で行列式を図形的な理解を勧めるみたいな、
全然経済学と縁のない説明した奴だから、
経済学徒にとっての意義なんてなんも考えとらんやろ。 >>651
扉の数が3だと勝率2倍アップだが、
例えば100なら99倍か?
一般化は、そう単純でない。
>>668
そんなに無難しいか?
例えばルールを、
まず1つ選ぶ、
選んだもの以外から外れを1つ教えてくれる。
モンティと違い乗り換える先は1つではなく選択の余地があるが、
ここで乗り換えた場合と乗り換えない場合の当たり確率変化を考える。
絵にするのは掲示板上では面倒で難しいが、
記号はモンティの場合と同様として、
対称性から1番左を選ぶと考えても一般性を失わない。
@最初1つ選ぶ
*
1/100 ◎○○○○○ ○
1/100 ○◎○○○○ ○
1/100 ○○◎○○○ ○
1/100 ○○○◎○○ ○
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
A選んだもの以外から外れを1つ排除
*
1/100 ◎○○○○○ × ○ ←*以外から外れを1つ排除
1/100 ○◎○○○○ ×○ ←*以外から外れを1つ排除
1/100 ○○◎○○○ × ○ ←*以外から外れを1つ排除
1/100 ○○○◎○○× ○ ←*以外から外れを1つ排除
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
このままなら当たり確率は1/100
B乗り換えた場合の当たり確率
1/100 ◎○○○○○ × ○ ← (1/100) x 0
1/100 ○◎○○○○ ×○ ← (1/100) x (1/98)
1/100 ○○◎○○○ × ○ ← (1/100) x (1/98)
1/100 ○○○◎○○× ○ ← (1/100) x (1/98)
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
乗り換えた場合の当たり確率は
(1/100) x (1/98) x 99
だな。
>>668
またルールを、まず1つ選ぶ、
選んだもの以外から外れを98個教えてくれる、ということなら。
対称性から1番左を選ぶと考えても一般性を失わない。
@最初1つ選ぶ
*
1/100 ◎○○○○○ ○
1/100 ○◎○○○○ ○
1/100 ○○◎○○○ ○
1/100 ○○○◎○○ ○
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
A選んだもの以外から外れを98個排除
*
◎○×××× ×
◎×○××× ×
・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎××××× ○
以上全部で1/100
1/100 ○◎×××× × ←*以外から外れを98個排除
1/100 ○×◎××× × ←*以外から外れを98個排除
1/100 ○××◎×× × ←*以外から外れを98個排除
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
このままなら当たり確率は1/100
B乗り換えた場合の当たり確率
◎○×××× ×
◎×○××× ×
・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎××××× ○
以上全部で1/100 ← (1/100) x 0
1/100 ○◎×××× × ← (1/100) x 1
1/100 ○×◎××× × ← (1/100) x 1
1/100 ○××◎×× × ← (1/100) x 1
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
乗り換えた場合の当たり確率は
(1/100) x 1 x 99
だな。
思弁に走る文系は、
元々単純な問題をこねくりまわして、
神様とか意味不明な要素まで練り込んで訳が分からなくして
自己陶酔と言うかマスコキというかシコシコw
これを言い張り続ける、うんざり。
ドアが3つの場合
1. TFF FTF FFT = 3/9 ≒ 0.333333
2. FF TF FT = 2/6 ≒ 0.333333
3. F T T = 2/3 ≒ 0.666667
変更したほうが
0.666667 / 0.333333 ≒ 約2倍当たる
ドアが4つの場合
1. TFFF FTFF FFTF FFFT = 4/16 = 0.25
2. FFF TFF FTF FFT = 3/12 = 0.25
3. FF TF FT FT = 3/8 = 0.375
変更したほうが
0.375 / 0.25 = 1.5倍当たる
ドアが5つの場合
1. TFFFF FTFFF FFTFF FFFTF FFFFT = 5/25 = 0.2
2. FFFF TFFF FTFF FFTF FFFT = 4/20 = 0.2
3. FFF TFF FTF FFT FFT = 4/15 ≒ 0.266667
変更したほうが
0.266667 / 0.2 ≒ 約1.33倍当たる
ドアが6つの場合
1. TFFFFF FTFFFF FFTFFF FFFTFF FFFFTF FFFFFT = 6/36 ≒ 0.166667
2. FFFFF TFFFF FTFFF FFTFF FFFTF FFFFT = 5/30 ≒ 0.166667
3. FFFF TFFF FTFF FFTF FFFT FFFT = 5/24 ≒ 0.208333
変更したほうが
0.208333 / 0.166667≒ 約1.25倍当たる
...どんどん1倍に近づく? マスごみに騙される奴が少なくなるから捏造朝日新聞は阻止したいんだろ。 選択されたドア以外のドアを1つだけ遺して
ハズレを全部開けた場合:
ドアが3つの場合
1. TFF FTF FFT = 3/9 ≒ 0.333333
2. FF TF FT = 2/6 ≒ 0.333333
3. F T T = 2/3 ≒ 0.666667
変更したほうが
0.666667 / 0.333333 ≒ 約2倍当たる
ドアが4つの場合
1. TFFF FTFF FFTF FFFT = 4/16 = 0.25
2. FFF TFF FTF FFT = 3/12 = 0.25
3. FF TF FT FT = 3/8 = 0.375
4. F T T T = 3/4 = 0.75
変更したほうが
0.75 / 0.25 = 3倍当たる
ドアが5つの場合
1. TFFFF FTFFF FFTFF FFFTF FFFFT = 5/25 = 0.2
2. FFFF TFFF FTFF FFTF FFFT = 4/20 = 0.2
3. FFF TFF FTF FFT FFT = 4/15 ≒ 0.266667
4. FF TF FT FT FT = 4/10 = 0.4
5. F T T T T = 4/5 = 0.8
変更したほうが
0.8 / 0.2 = 4倍当たる
ドアが6つの場合
1. TFFFFF FTFFFF FFTFFF FFFTFF FFFFTF FFFFFT = 6/36 ≒ 0.166667
2. FFFFF TFFFF FTFFF FFTFF FFFTF FFFFT = 5/30 ≒ 0.166667
3. FFFF TFFF FTFF FFTF FFFT FFFT = 5/24 ≒ 0.208333
4. FFF TFF FTF FFT FFT FFT = 5/18 ≒ 0.277778
5. FF TF FT FT FT FT = 5/12 ≒ 0.416667
6. F T T T T T = 5/6 ≒ 0.833333
変更したほうが
(5/6) / (6/36) = 180/36 = 5倍当たる
2倍、3倍、4倍、5倍....
>>669
>>700
を見れば、一般式はあまりにも簡単。
n個あった時、
・選んだもの以外から外れを1つ教えてくれる場合
乗り換えなければ確率は1/n
乗り換えれば、
[1/n] x [1/(n-2)] x [n-1]
となる。
・選んだもの以外から外れをn-2個教えてくれる場合は、
乗り換えなければ確率は1/n
乗り換えれば、
[1/n] x 1 x [n-1]
となる。
・選んだもの以外から外れをm個教えてくれる場合は、
これも2例からの類推で簡単。
乗り換えなければ確率は1/n
乗り換えれば、
[1/n] x [1/(n-1-m)] x [n-1]
となる。
どうして簡単か?
コンビネーションやパーミュテーションをほとんど考える必要が無いからだ。
一旦条件を広げて全てを潰して行くという方法は、
頭のいい人間のすることではないし、
素人に分かり易く説明することもできない。
アンカーミスしてた。
再送。
>>669
>>670
を見れば、一般式はあまりにも簡単。
n個あった時、
・選んだもの以外から外れを1つ教えてくれる場合
乗り換えなければ確率は1/n
乗り換えれば、
[1/n] x [1/(n-2)] x [n-1]
となる。
・選んだもの以外から外れをn-2個教えてくれる場合は、
乗り換えなければ確率は1/n
乗り換えれば、
[1/n] x 1 x [n-1]
となる。
・選んだもの以外から外れをm個教えてくれる場合は、
これも2例からの類推で簡単。
乗り換えなければ確率は1/n
乗り換えれば、
[1/n] x [1/(n-1-m)] x [n-1]
となる。
どうして簡単か?
コンビネーションやパーミュテーションをほとんど考える必要が無いからだ。
一旦条件を広げて全てを潰して行くという方法は、
頭のいい人間のすることではないし、
素人に分かり易く説明することもできない。
モンティアスペはことのほか多い。
と言うより、そんな連中が居たのか、って初めて認識した。
「簡単でしょ」で切れるアスペ
紙っぺら一枚の説明なのに本を出せというアスペ
偶発事象に神様の意思を練り込む文系アスペ
簡単な問題を複雑化してから収束させて威張るアスペ
etc.
今回散々粘着されてうんざりした。
ドアの数を増やせば増やすほど選択を変更することが無価値になってゆく。 ドアの数を増やしたモンティホール問題の拡張版では
司会者が出すヒントが
a. 選択外のドアのうち1つを残して全てを開ける場合、
b. 選択外のドアのうち1つだけを開ける場合
とで確率が違ってきてしまう。
aの場合、ドアの数が増えれば増えるほど選択を変更した
場合の確率は2倍、3倍、4倍と増えていく。
しかし
bの場合、真逆のことが起こる。ドアの数が増えれば増えるほど
変更した場合の確率が2倍から減っていき、1倍に近づくのだ。
モンティ・ホール問題はこれをトリックとして使っている。
マリリン・サヴァント氏が説明に利用したのはaの場合だった。 統計的には、公平なサイコロを5回振った時に
すべて6が出ることがあり得る。
このとき6が出る確率は1/6ではない。
統計的確率論はこのことを考慮するだろうが、
数学的確率論ではこのことは無視される。 >>681
無視されるって前提をなかったことにしてるだけで
そもそも求める先が変わってない?
統計学=前提ということ? >>669の手法は>>596などTFFとか書いている人の手法をパクっているだけ。
これ以上に直感的にわかりやすく説明する方法はない。
TFでだらしなくべろんちょと展開したら、
最終学歴中卒どころか大卒だって3分説明しただけでうんざり顔が脳裏に浮かぶw
やってみれやww
前レスでも書いたんだが
俺は工学部で、比較的数学を使う仕事をしているんだが
学校で時間をかけたにもかかわらず卒業以来一回も使ったことが無いのが
(1) 因数分解
(2) 円周率、台数で算出できる面積、三角定規と分度器の角度と辺長さと三角関数
以外の幾何
PCが普通になって、解析解より数値解が一般的に成ったんだから上の2つは要らない 因数分解が必要ないってたすき掛けのことか?
さすがに2次方程式を解けないまま高校以降の数学を学習するのは困難だと思うが。。。 けっきょく人工知能に取って代わられるかどうかってことか?
自分を基準にあれが要るこれが要らないと主張する愚w
要る人間には要るし要らない人間位は要らない。
だから問題なのは必須化であって、
必要な人間、やりたい人間、がやればいいってこと。
もちろん不要ならやらなくて良い。
>>1は統計の必須化はおかしいと言っておりこの点はその通りだが、
一方ベクトルは、文系でも必須化しろとでも言い出しそうな勢いなのがどうかしてるってこと。
>>1は「自分の飯のタネ(ベクトル入門書)こそが大事」って言ってるだけ、
似たようなの(自分の環境だけで判断)も多数スレに出入w
>>1
そもそも論として
数学と統計学の論理が異なるという事は、
数学と統計学の科目を分けるべきという論拠にはなるけど
統計学を必修化しちゃダメという論拠には、ならないよ 読み書き算数ができれば、大多数の人びとにとって
学校教育がそもそも必要なのかって問題にゆきつく。
理想としてではなく現実として。
現代人の標準的な社会生活のなかで教養として使われる
ものがあるとすれば、せいぜい確率と統計くらいなもん。
それらが数学じゃないと言われたら数学は大多数の人にとって
時間の浪費ということになる。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています