【歴史】国宝「金印」は本物? 偽造論争再燃、つまみの改変説も
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あるいは、中国の中にこの手の贋造をするのを生業としている
業者がいて、中国の古文献に出てくる事物をその記述を元に
して、中国国内に存在する事物や記録を参考にして模造し、
それをさも本物の骨董の伝来物のようにして客に販売する、
そういう商売をしていたとして、それが日本に出入りしていた
中国人によって売られて、だったら?
中国の骨董には贋作が多い。職人の修行として、
まず過去の名作の贋作や模作をするところから
始めるからだろうね。 金を溶かす温度 google 先生 1067℃
鉄を溶かす温度 google 先生 1538℃
登り窯温度 1300℃近辺
金印を偽造するとなると窯業または古代製鉄業クラスの高温調整技術が必要 青銅や鋳物で鍋や釜を製造出来るレベルの工房があるなら、
金を使うのは出来る。原料が高いだけです 江戸時代の当時の資料じゃぁ
本物の金印を作成できないの証明済み
時代遅れの馬鹿な奴ら だから、贋造工房は中国本土内にあって、古文献を元にして
いかにもそれらしいものを作ってた。本来のお客は中国内。
それが貿易を通じて骨董として日本に持ち込まれた
(輸出された)ものを手に入れて参考としたか、
あるいはそれをベースに日本側で改造を加えて(字を
彫り直すなどして)本物にしたとは考えられないか。 金印のイボイボボコボコした形がどうもタコっぽく見えるんだよな
あるいはこんなウルトラマンの怪獣とか
ttp://pds.exblog.jp/pds/1/200509/08/80/b0003180_931093.jpg >>122
考えられないね
ハンコの文字は日本だから価値があるもの
中国人にとって極東の島国にあげたハンコなんて使われてる金の価値+α程度しか無いでしょ?
ワザワザ中国で作って日本に売りに来るなんて面倒な事をする訳がない
しかも一個だけ?作って売るんだったら沢山作って騙して本物として売らないと利益なんて出ないのに見つかったのは1個だけ
それも、混ぜ物無しの純金で作っちゃったら儲けなんて全然無いでしょ? むしろ江戸時代の農民らにこれは古い物で、
価値がある!報告しなきゃ。という考え方があったのかが疑問 >>122
贋作だとして
その贋作のコストがどれだけかかるのかって話なんだよなぁ
今ならともかく(まあ今もだけどゴッドハンドとかもいたし、ね)、当時は「日本は昔から中国に認められていた歴史ある国なんだ!」なんていう主張をする必要ないんだよなぁ
なので
わざわざ大金叩いて買った贋作を田んぼ(だっけ?)に埋めて
「すんごいモン見つけたどーーー!!!」なんて演技をする必要性がどこにもないんだよなぁ >>126
演技する必要があったから贋作が埋められだんだよ
>>115によると江戸時代に邪馬台国がどこにあったかという論争が起きたそうだから九州にあった事にしたい一派が物証として埋めたんでは無いかな?
日本は中国に認められた凄い国だ、じゃなくてオレの説が正しかったドヤッ!ってしたかったんだよ まあ、あれだ。朝日が偽物と言うなら、本物に決まってるわな。 >>72
最新機器で同位体分析とかすれば、金がどこの
モノかわかるってことだろ。
佐渡や甲府の金の特性あれば偽物だし >>127
なるほど
真贋はともかく説得力はあるが
コストの件は触れないの? >>130
コストの件は既に>>124で書いたからね
邪馬台国九州派の人が偶然純金の古印を手に入れたのでそれを彫り直して物証に仕立てたんじゃないかなぁ? そんなの九州派の人も何も、亀井南冥しかいねえじゃんw
中国の金印だと決め付けた当人なんだから アホかおまいら 邪馬台国じゃねえよ これは九州の奴国だよ
邪馬台国はこれの200年後 その時ヒミコが貰ったかもしれん”親魏倭王”の金印は見つかってない つうか金印の発見後も、当時の邪馬台国研究はもっぱら史料の解釈ばかりで
特に証拠扱いはされてないんだけどね
なにせ古墳とか考古学的な調査がされたのは昭和に入ってからなんだから 中国の博物館には万を数える古銅印が収蔵されているが(日本にも流れて来たのがある)、半分は明から作られた贋骨董
だろうと言われている。木竹製品、陶磁器は制作年代を物理的に調べる方法があるが、金属には方法が無いので、真贋判
定はされずほったらかされている。
この漢倭の金印も判定に物理的方法は無いので状況証拠を検証するしかない。http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171020002376_comm.jpg
しかし偽派の言い分は随分お粗末なもので全く証拠にならない
1、ハネを彫る字体は漢代に無い・・・これは間違い。むしろこれは漢印に特徴的にある。https://i.imgur.com/JPF6avZ.jpg
2、出土状況があいまい・・・もし亀井南冥が計画して芝居打ったのなら正確に記録しているだろう。あいまいなのは亀井南冥も
知らなかったからだ。
3、字の彫り方が広陵王璽と異なる・・・印彫り職人は大勢居る、人により彫り方が異なるのは当たり前。
真派の言い分も積極的に真だとする証拠にはならないが、その他の状況、幕府公認に限られる格式高い金細工師に、内緒で贋作
依頼できないなど亀井南冥には贋作できないだろうから、偽が作られた可能性は非常に低い。 金印は当時日本の支配下にあった中国皇帝に与えるための製造されたというのが真相 日本の福岡の人間が、中国商人から中国のその時代の骨董品の印を入手して、
(それが本物であるかそれとも後の時代に作られた模造・贋作であるかはさておき)
それをベースにして、後漢書などの歴史書に記述のある印として変造を加えて
あるいはそれを見本として、偽造したのかもしれないでしょう。
骨董品の偽造品というのは中国では職人が腕を磨くための修行の一部として
作られていたりするのです。 >>137
1、金属の年代を調べる方法が無いから半分は贋骨董と言っておきながら
金印の写真を証拠として挙げられても、本物の保証が無いから2つとも後世に作られたニセモノかも知れず、、、
コレだけでは証拠としては弱いよね
見た感じ亀の出来が良いから本物だとは思うんだけども、これを見ると益々蛇の蛸かウンコか分からないような金印の造型が怪しくなってくる
2、亀井南冥は現物を持ち込まれてハンコの真贋判定のみを頼まれたので
それ以外の情報を知らなかった説が1つ
亀井南冥自身が偽造の黒幕でボロが出ない様に敢えて情報を出さなかった説が2つ目
3、格式高い幕府公認の金細工師に頼めなかったので蛇がウンコっぽいデザインになっちゃった可能性が1つ
職人には古代中国の文字の知識が無かったので自分の感覚で彫っちゃった説が2つ目 ものは真。成分分析と高純度の印章を作れる人いないことから。
でも出土はねつ造。 NHKヒストリアの国宝特集では
本物であると確認できたって言ってたがな >>140
金で練習するわけない。
偽物派は統一見解も無いし、とにかく偽物といちゃもん付けれたら何でもいいんだろうな。 108グラム以上の純度高い金。
高温にするふいごみたいな設備が必要。
鋳物技術者と彫り物技術者が必要。
あの漢字列を江戸時代に知ってて再現できる情報なし。
だから田舎とか島で製造できない。
天明の飢饉のときに、どこかの役所がよその土地の名主に金印を質入れして食い物貰ったその流れた品。
でも役所は大切なものを民に渡したのを藩に知られるとやばい。
名主も不相応なもんをなんで持ってるんだ?おまえが盗んだろと疑いをかけられると死罪。
でとりあえず責任の所在を不明確にするために島で誰かが偶然見つけたとの解釈が通説。 偽造でないことの証明は悪魔の証明なんだからさ
実際出てきてるんだから
偽造だって言うならどこで何の為に誰が作ったのか
確実には難しいので確実にとまでは言わないが
邪推以上の論拠を述べてくれないと
ゲスの勘ぐりレベル >>109
左翼知識人って、ずっと朝鮮戦争は韓国が先に侵略したと吹聴して回ってたくらいだし、ただの共産主義者の人達でしょ。
日本の歴史にいくらでもケチつけられるから、無駄にシビアなだけなんじゃないの?と思う。 >>141 俺はハンコ屋で中国の博物館と骨董市場も観察しとるが >>137写真の二つの金印は最近の
古墓発掘で見つかった本物。 博物館収蔵でほったらかされとるのは全部銅印で金銀玉は無い。
昔の贋作屋も金銀玉はパスしただろう。 数少ない貴重な文化財で高価で、当然いきなり持ち出しても
真贋疑いかけられて売りにくいからな 朝日の反日記事はあやしくない 捏造と分かっておるから 真贋問題の解答になるだろう要素が一つだけある。それは倭じゃなく委になっていることだ。
亀井南冥が後漢書を参照して偽造するなら委てことはあり得ない、倭以外にない。
委になっていることについて、人偏を省略したとか、イトと読むとか言うけど結局訳分からん。
文献参照して偽造するのに訳分からんことはしない。遥か昔のオリジナルなら後世訳分からん
こともあり得る。 で結論として倭じゃなく委で作られていることは、後世の偽作ではなく
その時作られたオリジナルであることの証拠になり得る >>153
間違うと本物なの?
良く分からんが、それなら間違って作れば本物らしくなるわけかw >>153
なるほど、新しい筋書きが分かったよ。
wikiによるとこの時亀井南冥は自身の所属する甘棠館と修猷館の竹田定良と対立があったみたいだから南冥の弟子が作らせたんではないかな?
金印の由来や分析結果も予め用意したうえで文字を彫り込む
弟子が行ったので少し手抜かりがあったけれど南冥はただ弟子の分析結果をそのまま発表したたけ
当然なんの用意もしていなかった定良側は分析結果もお粗末なものになり評判を貶す結果となった 古銭を無人島に埋めて 領土宣言する手法と同じパターンだと 言われてる 1700年以上たって見つかるとか、しかも畑の中とか、きっとなにか裏があるはず。 >>12
わたしもそう思ってたんだけど、現在確認できる印には他にそのような例がない
(わたしが知らないだけかもしれないけど) こないだ、京都国立博物館の国宝展で見たけど
めちゃめちゃ小さかった 中国は昔から死者の墓を暴く国民性だから、高貴な人の墓から盗掘された
金印などが普通に骨董屋に流れていた可能性はあるだろう。 >>157
あのね 考古学の発掘調査は 発掘て言うんだから須らくフィールドワークなんだよ
畑や野原や山をほじくり返して遺跡遺物取り出すんだよ
ま その調査始めるきっかけは 畑やっとったら ぽろぽろなんか出てきたてのが多い。
そりゃそうだろ 2000年前はそこに建物があったんだろうが そんなもん残るわけない。
すぐ野原や畑になってしまうんだから。
ハンコなんて小物は畑やったらぽろと出るけど、大物見つけるのはやっぱり何mか掘らんと
いかん。 兵馬俑とか大量の青銅器がある古墓とかは畑に井戸掘って見つけた。 当時のハンコって今と違って粘土に押し付けて使ってたものだぞ 亀井さんが鑑定書を書いてからすぐ京都などに経緯や写印が配られたから、入手経路はともかく二つの藩校のその後の評判、藩校の末路を見ればなんとなく解るんじゃないの? 中国の発掘考古学で一番出てほしい物は文字資料、甲骨文 青銅器の銘文 印章 墓誌 木竹簡など。
この金印は日本に関する最古の文字資料で最高に貴重な宝物と言える。
文字資料には何故こう書いたのか分からないことが時々あるが、この印が日本に持ち帰られた後に
書かれた漢書地理誌に印の委でなく倭と書かれたのは何故か、それ以後の三国志、後漢書など史書
は全て漢書に倣って倭であり、委は全くない。ま それでこの金印は後漢書を参照して作った贋作
ではなく光武帝の時の本物となるのだが、何故委なのかを考察するのは考古学上必要だ。
まず漢書の筆者は、金印が授けられた事は知っていただろうが、その印文は定かには知らなかった
のかも知れない。 次に文意は、委の奴国か委奴国なのか、これは昔の中国の史家にも分からない
らしい。 金印より50年後に書かれた説文解字では委は随うの意がある、では漢に随う奴国なのか?
最も簡単な言い方、単に人偏を省略しただけで殊更の意味はない。漢代の印だからそうかもしれない。 >>75
そうじゃなくて発音自体が変わってしまったのでは、
と言っているんだと思うよ?
そういう事例なら実際あるよ、秋葉原が良い例だね >>124
え?印鑑自体は中国から伝わったものだよ?
権利や権限を示すための重要な道具だよ 贋作を作る奴は、自分だけの目印として区別をする為に、
本物からちょっとだけどこかを変えるというよね。 >>166
各地の古い神社には古代文字で書かれた文書がたくさん残されてるらしいが、
今の定説ではそれらの文献はすべて後世の捏造で、日本で文字は生まれなかったことになってる。
これがもしも日本には漢字が入ってくる以前に独自の文字があって、
それで失われた4世紀や紀元前の記録が正しいということになったら、
日本の歴史はどのように変わるのだろうか。
古事記に「日本には文字はなかった」と書いている稗田阿礼自身が、
古事記を書くために各地から集めてきた古い神話を、古代文字で記録していたわけだし。
(古事記は、すべて稗田阿礼の暗記を元に書かれてるって説明されてるが、そりゃ無理だろ)
こういう古代文字を否定するのも、もしかしたら日本の自虐史観なのかな? 独自の文字が有ったのなら
むしろ、万葉仮名なんて不便なものが
使われてるはずないのだが…… 万葉仮名はその頃のシナ語を勉強して、日語に翻訳、漢文にルビをふる為に作った。
漢字もその頃は草書(章草と言う)があったから、簡単化して 以呂波をいろは とかに
した。 で歌を書きとるのに漢字なんかやっとれんからこの仮名で書いた。
簡単なことで何も不便なことないだろ だから、そんな古代文字とか言うのがあったとしたなら
漢文にルビをふるのに、それ使えばいいじゃん?
当時、日本語そのままを記述する手段すら無かったから
漢字で代用する万葉仮名を
使わざるをえなかたったんだろう…って話。
古代文字なんてのがあったなら
それこそ古墳の遺物に書かれて出てきそうな物だ。
http://udoyoshi.com/blog/wp-content/uploads/94a96fc22ce929726121e7f486fa6491.jpg
てか、シナ語ってなんだ? 中国語って言えばいいじゃん。
下の漫画の説明と違って、中国ってのは
王朝を超えて昔から使われてた呼び名だ。
http://i.imgur.com/dCm7L08.jpg
http://www.eonet.ne.jp/~temb/16/gishi_wajin/wajin.htm
>自古以來 其使詣中國
>その使中国に詣(いた)るや、皆、自ら大夫と称す。
>以朱丹塗其身體 如中國用粉也
>赤い顔料をその体に塗るが、
>それは中国で粉おしろいを使うようなものである。
>其行來渡海詣中國
>その行来、渡海し中国に詣るに、
http://www.eonet.ne.jp/~temb/16/zuisyo/zuisyo_wa.htm
>魏時譯通中國三十餘國
>魏の時、通訳を介して中国と交流したのは三十余国で
>自魏至于齊梁代與中国相通
>魏から斉、梁代に至るまで中国と交流していた。
>有軍尼一百二十人猶中国牧宰
>軍尼(クニ)一百二十人があり、中国の牧宰(官名)のようである。 >>173
支那語は支那語だろ
むしろ中国なんて言葉は近代になって中華民国の略として使われ始めた言葉で
新聞がやたら国の方を中国とするおかげで中国地方が可哀想だわw >>173
中国には多くの少数民族語がある。中国は多民族国家である。
他民族国家では「スイス語」というのが存在し得ないように、「中国語」も存在し得ない。
だから、言語学者たちは正確を期するため日本では「支那語」、中国では「漢語」と呼んでいる。 >>174
真贋問題は野次馬にはお笑いだが、取り扱う当事者には深刻なこともある。
中国では贋作掴まされた上海博物館長がさんざんけなされて自殺した。
東京国立博物館でも収集家から寄贈された古銅印を展示したが、これも半分は贋作
と言われるもんだ。ま タダで寄贈だからとくに責任問題は無いけど、展示はその旨
注意書きをつけとかないかんな。博物館展示物は表示してレプリカでもいいから。
問題は骨董屋とかの売買だ。本物なら100万円、レプリカや贋作は千円てなことやから >>175
>むしろ中国なんて言葉は近代になって中華民国の略として使われ始めた言葉で
文字が読めないのかも知れんが
せめて、>>175で引用されてる古典部分も読めと。
古くからある用語だ。
そもそも、その理屈だと
中國=中華民国って意味で使ってるのか?
余計に妥当性が無い。
ちなみに、九州ってのも中国の呼名だし
京や東京の呼び名も、古く中国にあったものだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E_(%E4%B8%AD%E5%9B%BD)
>>176
もう平成も終わるってのに
いつまで昭和初期のつもりだ?
>日本では昭和前半ごろまで主に支那語と呼ばれた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%AA%9E#言語名 そういえばねつ造くせえよなあ もっと調べてから発表しとけよ・・・ その金印は細石神社から流出した物だったりして
となると邪馬台国の正体は糸島市三雲になるな 邪馬台国の決着はやっぱり親魏倭王の金印を掘り出すことだ
この中国の金印みたいに
https://www.youtube.com/watch?v=P6MpA-L44Fs
江陵王璽は漢委の金印と全く同年代
後半の偏将軍は三国魏晋で邪馬台国の頃
しかし親魏倭王は出ない可能性が高い
奈良にある古墓は石舞台みたいにほとんど盗掘されとるように
親魏倭王も昔に拾われて金だから溶かされた可能性が高い 推測と想像がブッカリあってるな
証拠が出るまでは決着つかない 偽物とうかレプリカなんだろう?
ってかあの金印ってそんなに歴史的にも価値はないと思うけどね。 >>167
物滅→仏滅
共引→友引
どこかで聞き間違いがあり・・・ 当時、日本が支配していた中国と朝鮮の奴隷どもに与えるために作られたものだな。その証拠に送り主の名前が記されている。 江戸時代の農民の知的レベルは低くはなかった。
発見した農民も何か重要な物と判断して、届けたのだろう。 親魏倭王金印の行方
卑弥呼が死んで壱与が女王となった。その後中国では魏に替り晋となった。
晋書には壱与が晋に遣使したとあるから、その時慣例に倣って親魏倭王は返却し、
新たに親晋倭王を受けたと思われる。晋書にそんなことは書かれていないが。
返却した金印はどうなったか、晋も周辺民族に金印を乱発していたから、溶かされて
新しい印の材料になっただろう。
ということで、もし発掘されるならば親晋倭王になっているだろう。 「やまたい」とは、おそらく、
「やまもと」(意味:山のふもと)
の意味だったと思う。ではその「山」とは何か。
その地域で一番目立つ山だったはずだ。 俺は邪馬台国は当時の中国の漢字の読みから「ヤメ壱国」か「ヤメツ国」とする説を押したい
ヤマトではなくヤメ=八女、ようするに北九州説だな ここは奴国の金印の話なのに なんでヤマタイ話になるんだ 先史時代 神話の時代は歴史研究の話題が乏しい 邪馬台国はどこにあったか これ一つしかないから
ほかの話をしてもそこへ行ってしまうんだ。
中国でもそうで 甲骨文や青銅器玉器がぞろぞろ出る殷からは歴史が始まるが それ以前は 夏の都は
どこにあったか 遺跡が幾つかあるから移動しておったのか、 青銅器が最初に作られたのは何時どこで
あったか 話題はこの二点だけ。
>>1
>弥生時代の日本と中国の国際交流
その時代に「日本」も「中国」もないけど 30年以上前に読んだ小学校の黴臭い歴史漫画では
卑弥呼と弟がこの金印もらたー!ってキャッキャウフフしてる描写があったけど
これってデタラメだよな? 今NHKでこのことをやってたけど、
江戸時代に複製されたとしたら何の目的で?
あの漢倭奴国王ってのが当時から知られてたら偽造された事もあり得るけど
インテリが中国の古代の書物に載ってるのを知ってる程度だったら偽造する必要ないやん。 >>195
マジレスおつ
わかりやすいように現代の国号で書いてるだけでしょ これってチョンやパヨクが憎悪してる
「歴史修正主義」ってやつじゃないんですか?w >>109
それ何十年も前の話
今は東大生が入社を避けて通るくらい知識層から離れてる >>201
日本は蘇我入鹿が朝廷図書館を焼き討ちし日本古来の文字で書かれた書物をなかったことにした時から
ずっと歴史修正主義の自虐史観なんだよね >>201
いやる
「邪馬台国 千葉説」
てググれば分る。
邪馬台国を千葉にしたい奴らw。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています