精神分析を待つまでもなく、人間のつく嘘のうちで、
「一度も嘘をついたことがない」といふのは、おそらく最大の嘘である。


老夫妻の間の友情のようなものは、友情のもっとも美しい芸術品である。


記憶はわれわれの意識の上に、時間をしばしば並行させ重複させる。


まことに人生はままならないもので、
生きている人間は多かれ少なかれ喜劇的である。


鈍感な人たちは、血が流れなければ狼狽しない。
が、血の流れたときは、悲劇は終ってしまったあとなのである。


神聖なものほど猥褻だ。だから恋愛より結婚のほうがずっと猥褻だ。


女はたえず美しいと言われていることを、決してうるさくは感じないのである。


人間の美しさ、肉体的にも精神的にも、およそ美に属するものは、
無知と迷蒙からしか生まれないね。
知っていてなお美しいなどということは許されない。


幸福がつかの間だという哲学は、不
幸な人間も、幸福な人間も、どちらも好い気持ちにさせる力を持っている。


罪といふものの謙遜な性質を人は容易に恕(ゆる)すが、
秘密といふものの尊大な性質を人は恕さない。

三島由紀夫