不安こそ、われわれが若さからぬすみうるこよない宝だ。


なぜ大人は酒を飲むのか。大人になると悲しいことに、
酒を呑まなくては酔へないからである。
子供なら、何も呑まなくても、忽ち遊びに酔つてしまふことができる。


生まれて来て何を最初に教わるって、それは「諦める」ことよ。


無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰の裏返しにすぎぬ。
無気力も、徹底すれば徹底するほど、情熱の裏返しにすぎぬ。


恋愛とは、勿論、仏蘭西(フランス)の詩人が言つたやうに一つの拷問である。
どちらがより多く相手を苦しめることができるか試してみませう、と
メリメエがその女友達へ出した手紙のなかで書いてゐる。


決定されているが故に僕らの可能性は無限であり、
止められているが故に僕らの飛翔は永遠である。


人生とは何だ? 人生とは失語症だ。
世界とは何だ? 世界とは失語症だ。
歴史とは何だ?歴史とは失語症だ。
芸術とは? 恋愛とは? 政治とは?
何でもかんでも失語症だ。


人間に忘却と、それに伴う過去の美化がなかったら、
人間はどうして生に耐えることができるだろう。


感傷といふものが女性的な特質のやうに
考へられてゐるのは明らかに誤解である。
感傷的といふことは男性的といふことなのだ。


女を抱くとき、われわれは大抵、
顔か乳房か局部か太腿かをバラバラに抱いてゐるのだ。
それを総括する「肉体」といふ観念の下(もと)に。

三島由紀夫