幸福を求め賢明に能率的に苦労なしに生きると、時間は短く貧しくなる。
だが、死を見つめ不幸にまみれ苦しさを背負って生きると、
時間は長く豊かになるのである。これこそ人生の妙味ではなかろうか。
中島義道『生きにくい…』


生きているかぎりわれわれは常に現在という時間にいるように、
生きているかぎりわれわれは常に自由なのである。
自由とは生きている実感そのものである。
生きているとは、まだ決着がつかない状況のうちにいるということであり、
取り返しがつく状況のうちにいるということである。
中島義道『時間と自由』


突如怒鳴り出せ、だれかれ構わず罵倒しろと言いたいのではない。
まずは、不当な処遇を受けたときは、その怒りを正確に言葉で伝える訓練をすることだ。
そして、自分に対するいかなる非難や批判をも聞く態度を身につけることだ。
中島義道『「哲学実技」のすすめ』


「いい子」などという鎧を脱ぎ捨ててしまおう。
それは、その非常な重量できみを苦しませ、
きみから生きていく活力を奪う張本人であることを認めよう。
シャツ一枚になって、思いきり深呼吸してみよう。
どうだ。気持ちがいいのではないかなあ。それが、きみなんだ。
中島義道『カイン』


それにしても私が驚愕するのは、
多くの人が自分を痛めつけた人に向かって謝ってほしいと要求することである。
心から出た謝意でなければ虚しいはずなのに、
そして要求された謝意は憎悪にくるまれたものであることは承知しているはずなのに。
中島義道『ひとを愛することができない』


多くの大人が最近の若者は「自分のことだけしか考えない」と非難するけれど、そうではない。
彼らは他者の目を無性に恐れており、他者の承認を求めている。
互いにジコチューをきびしく監視し合っている。
他人のジコチューを告発する分だけ自分のジコチューも抑えつけている。
中島義道『不幸論』


私に向かって「おまえのためを思って言ってるんだぞ」と言う人よ!
「おまえが気に入らない」と言ってほしい。
「ただただ、おまえが気に入らないんだ」と言えばいいものを、
毒素を幾重にもオブラートで包み、あくまでも善人を貫き通そうとする。
中島義道『私の嫌いな10の言葉』


否定というのは、言葉を知っているからこそできる行為です。
否定できるからこそ、人間は見えないものも認識できるのです。
しかし犬や猫は起こっている出来事にしか反応できません。
色を判断するとき、犬は「これは黄色だ」と認識できても「赤ではない」とはしない。
中島義道『生きにくい…』