・世界への影響は?
この法律は世界各国の政策に大きな影響を与えると、技術者やプライヴァシー擁護派は警告している。

UKUSA協定[編註:各国の諜報機関同士の情報共有に関する協定。米国、英国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの五カ国が加盟しており、ファイヴ・アイズとも呼ばれる]におけるオーストラリアの同盟国たちは、これまで何十年も同様の法案を通過させようとしてきた。

セキュリティーとプライヴァシーの研究者で、W3C技術諮問委員会(TAG)のメンバーでもあるウーカシュ・オレイニクはこう語る。

「暗号化通信への合法的なアクセスを簡易化するという議論は、このような法律が他国にまで広がるという大きなリスクをはらんでいます。一度前例ができてしまえば、似たようなアクセスに興味をもつ団体が多く出てくるでしょう。そうして広がっていくのです」

11月の最終週にワシントンD.C.で開催されたシンポジウムで、米国司法副長官のロッド・ローゼンスタインは「責任ある暗号化」を主張し、バックドアの設置を訴えた。

一方、英国ではすでに2016年末に調査権限法が成立している(よく「詮索憲章(Snoopers’ Charter)」などと呼ばれている法律だ)。これは、ユーザーの暗号化通信へのアクセスを捜査官に与えるよう企業に強制する枠組みを設けることを試みた法である。

いまのところ調査権限法には司法審査の問題が付きまとっており、政府が個人に要求することは認められていない。しかし、そのような監視要求を合法的な枠組みとして発展させる取り組みはますます拡大している。
・一見まともな文言にも問題が
プライヴァシー擁護派は、ファイヴ・アイズが「責任ある暗号化」などといった婉曲表現を使うことが増えたと指摘している。

例えば、オーストラリアの新しい法律には「制限」という項目があり、「指定通信事業者は体系的な脆弱性を実装または構築することを要求されてはならない」とある。

これは理論上はまともに聞こえる。しかし、その定義はダブルスピーク[訳註:受け手の印象を変えるために言葉を言い換える修辞方法]の様相を呈しているのだ。

同法には、「体系的な脆弱性とは、そのテクノロジー全体に影響する脆弱性のことである。ただし、特定の個人に関連する1つまたはそれ以上のターゲットテクノロジーに選択的に導入された脆弱性は含まれない」と書かれている。

言い換えると、意図的にすべてのメッセージングプラットフォームに同じバックドアを設けて脆弱にすることはできないが、WhatsAppやiMessageといった個々のメッセージングプログラム専用のアクセスを開発することは認められているのだ。

諜報機関や法執行機関はテック企業に対し、当局者がひっそりと容疑者の暗号化通信に入れるようにすることを望んでいるようである。

例えば、自分と友達の間だけの会話だと思っているiMessageのやりとりは、実際には目に見えず追加された捜査官も含んだグループチャットかもしれない。メッセージは依然としてすべて端末間で暗号化されているが、2人の間ではなく、3人の間で暗号化されているだけかもしれないのだ。

・過度にデータにアクセスされる危険も
暗号学者やプライヴァシー擁護派は、犯罪者やほかの敵対者はこうした仕組みの悪用法を見つけだし、公共の安全により重大な問題をもたらすだろうと指摘している。そうなれば、テック企業に対策を求めた法的執行機関などのオペレーションに差し支えることになり本末転倒だ。

「『バックドアの設置や暗号の脆弱化をしないことには同意するが、われわれにはデータをすべて提供するよう企業に強制する権利もある』と、当局は言っているわけです」と、電子フロンティア財団(EFF)インターナショナル・ディレクターを務めるダニー・オブライエンは言う。

「技術者コミュニティーの全員がこれに対して困惑しています。ユーザーに暗号化されていないテキストの提供を受け入れさせることと、バックドアを設置することには大差ないからです。そもそも、それがバックドアなのですから」