>>201の続き

だから、外部に対しては、その言葉遣いは云々、誤解云々と言われるのは仕方のないことかもしれないけど、
断言はしないが身内報道の聖教新聞で行われた、身内から身内への、善を前提にした法戦への鼓舞だったんだと思う。

ゆえに、学会は攻撃的と言われるけど、それは学会の性格ではなく、法戦そのものが法華経をそのまま体現していて、
経文全体すなわち真の仏法を示す法華経の行者として、真剣に一切衆生のために戦っているからなんだ。

長文、ごめんなさい。
全てを振り絞って、言葉を尽くしたつもり。
ごめんなさい。これ以上、本当に出ないし出すものがない。
後は、受け取る方に任せる。