>>299
>原始仏教の物語風でもあれば読んでみたいと思いました。

是非読んで見てください。僭越ながら方便品第二から嘱累品第二十二まで一気に読んでいただきたい。
現在の比較文献学ではここで法華経は終わりとの見解です。第二十三以降はかなりの加筆が観られるとの事です。
原始仏教に親しまれている方とお見受けいたします。
スッタニパータやダンマパダ、そしてマハーパリニッバーナのパーリ語部分やサンユッタニカーヤ
のどれかは読まれてますよね?当時のインドでの文章構成や定型は現代文と違い
時代のメタファーの力はハッキリ言って把握しにくいです。
繰り返しの多い詩文的文言など、私達は仏教研究者の力を借りてなんとついて行きましたが
ここで原始仏教の教理哲学を理解した人もいれば理解出来ない人もいます。
この理解出来ない人に対して法華経は善意のトラップで原始仏教の哲学を教えているのです。
原始仏教と大乗仏教の間に小乗仏教(説一切有部など)が出てきました。
この小乗仏教が原始仏教を誤解していて、それを正す為に大乗仏教運動が始まりました。
極端に言うと大乗仏教仏典は中身は原始仏教なんです。
後にそれを誤読する歴史もありましたが今はそんな事を考えるより
法華経のみに集中して読んで見て下さい。
法華経を読んでいると「あ!これはスッタニパータのあの部分の事だな」とか
「ダンマパダの文言より法華経の方が同じ内容でも分かりやすいなあ」と
感心、感動する部分が沢山ありますよ。
パーリ語仏典を読み込んだ人ほど法華経を読んで頂きたいです。
禅宗の「碧巌録」や「無門関」と同じ様に表現は違えど釈尊の哲学を
正確に伝えようとする真性を感じる事が出来ます。

ただ危険なのは、法華経をつまみ食い的に読む人
特に嘱累品第二十二まで読めんかった人は
法華経を誤解する危険性があります。
初心者には動画サイトに上がっているNHKの番組
「100分de名著 法華経」という動画を見てから
法華経を読んで見て下さい。
原始仏教の仏典と同様、素晴らしい経典ですよ。