スチールカンさん。

「サンスクリット語も読めない者が学者の解説を頼らざることに私も含めて愚か者であります」

 ブッダは『ダンマパダ』(岩波文庫 中村元訳 『真理のことば 感興のことば 19頁』)で、

 もしも愚者がみずから愚かであると考えれば、すなわち賢者である。

と言っています。スチールカンさんは、賢者です。


一つ質問させてください。
1 どのように生まれかわるか、どこに生まれるかは、誰が決めるのでしょうか?

 答え。ヘルパーや高次の魂の助言をうけながら、自分で決めます。

2 来世の為に今は何をしていますか?

 答え。「来世の為」という意識は無いです。

3 過去生が悪かったから何もしていませんか?

 答え。すみません。質問の意味が解りません。ただ、過去世のことは、意識していません。
 

 「前世の報いで頸を切った」←ふざけんなですよ。
このような教義で転生説を信じるものこそ本物の愚か者というべきですよ」

 過去世で悪いことをしたから、悪い人生を計画するということではないみたいです。
 よって、「過去世で嘘つきだったから、今世で吃りになった」「過去世で他人の右腕をへし折ったから、今世で方端になった」とかいう因果論は違うと思います。