>>524
ベストアンサーrsd37264氏の見解
続き

では、日目以下の削除された四文字には何が書かれていたのかと云う事が問題になりますが
「弘安二年大御本尊」を挟んで、前の記述の「日興宛身所給」までが日蓮から日興への相伝について述べられており、後には「日目」と記されている事を考えれば、それは日目の相伝に関連している文言か、或はそれに付随した文言が書かれていたと考えた方が無理がありません。

そして、その四文字(「■■■■」)の文言は削除した側にとっては、甚だ不都合な記述だったことになります。

要するに相伝の印である『万年救護之大本尊』の所持者が日興正嫡と看做されるのであれば、
それを確かに日目から相伝されている立場を示唆する文言が日目の後に書かれている事は、この本尊を所持しない大石寺にとっては明らかに不都合であり、
この文書が大石寺の門外不出の文書であることを考慮すれば、日目の後の四文字が削除された理由も容易に理解できます。

また、「可奉懸本門寺」の加筆についても、それは『万年救護之大本尊』以外の正本尊の存在を示唆するものであると考えれば容易に理解ができるのです。

すなわち、日目以下の「■■■■」の削除は、『万年救護之大本尊』を所持する日郷門流の正統性を隠蔽する為に削除したものであり、
「授与之」を「相伝之」に書きかえて「可奉懸本門寺」の六文字を新たに加筆したのは、今に伝わる『本門戒壇大本尊』を以って、正本尊とするばかりではなく、
その本尊を伝持する日目以降の大石寺歴代貫首の正統性をも担保する為の改竄であったと考えられます。