今、創価学会は池田先生一本の元に集っている。

しかし、こういった元首国家体制は、必ずと言っていいほど「分裂」し「滅亡」している。

豊臣秀吉の時代、秀吉一本でやっていたため、秀吉の死後は文治派と武功派に分かれ、豊臣家は滅亡している。

プロレス界でも例がある。全日本プロレスである。
全日はジャイアント馬場が絶対的な権力でもって統治していた。
しかし、馬場の死後、全日は分裂し、ノアと全日本という団体に分かれた。

ノアの社長の三沢光晴は当初「王道継承」を掲げていた。それはまさに豊臣政権を引き継いだ石田三成が、「豊臣政権継承」を掲げて頑張っていた姿とまったく当てはまる。
しかし、ノアの三沢社長は馬場夫人との軋轢により全日本を離脱。石田三成は、武功派との対立で政権継承を頓挫した。
この両者ともに当てはまる事は、どちらとも「自分が前王の意思を引き継いでる」と宣っていることだ。
「俺こそが馬場さんの意思を受け継いでいる」「私こそが太閣殿下の意思を受け継いでいる」
しかし、実際はどちらとも勢力分裂しており、いずれも対立構造にある。

創価学会も、このままで行けば、この例に反することはない。
必ず二派に分裂する。

ただ、創価学会が分裂しない手はまだある。
それは徳川家康が早いうちから秀忠を後継者に仕立てあげた例だ。
早いうちに将軍職を秀忠に任せたことで秀忠政権が樹立され、結果、徳川政権は200年もの持続を見せた。
豊臣政権も、羽柴秀次に関白を任せた時点で終わっていれば豊臣政権は100年続いてたかもしれない。しかし秀頼が生まれ、秀頼に政権を譲ったことで、豊臣政権の短命を促した。

池田先生は、確固たる後継者を作り、自らは隠居すべき。
それが創価学会を長続きさせる秘訣となる。
しかし、創価学会の池田先生崇拝を見る限り、それは無理なことかもしれない。

よって、創価学会は池田先生の天下をもって終わる。
これは、詭弁ではなく、歴史が物語っている事実である。