【忠臣蔵】日テレ年末大型時代劇15作目【白虎隊】
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かつて日テレが毎年、年末に大型時代劇を放送していた良い時代があった…
「忠臣蔵」昭和60年 赤穂事件〜忠義を貫いた47人の武士たちの生と死
「白虎隊」昭和61年 戊辰の戦に散った会津の人々と少年たちの苦悩
「田原坂」昭和62年 維新を主導した薩摩に立ちはだかるもう一つの坂
「五稜郭」昭和63年 北の大地に夢を託した榎本武揚と幕臣たちの意地
「奇兵隊」平成元年 激動の幕末を駆け抜けた長州の志士たちの転変
「勝海舟」平成2年 徳川の幕引き役・勝海舟の屈折と妻の苦労
「源義経」平成3年 家族の愛に飢えた英雄とそれを支えた家臣たち
「風林火山」平成4年 武田信玄の軍師・山本勘助の愛と野望
「鶴姫伝奇」平成5年 海に生き愛に生きた瀬戸内のジャンヌダルク
姉妹作品・新春時代劇スペシャル
「樅の木は残った」平成2年 「寛永風雲録」平成3年
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前スレ
【忠臣蔵】日テレ年末大型時代劇14作目【五稜郭】 [無断転載禁止]©2ch.net
http://egg.2ch.net/test/read.cgi/kin/1471565640/ 勝野洋には「チェストー!」が似合い過ぎて笑う
思わず「いっぱーつ!」って続けたくなる 前編の最後で晋どんは西郷先生のありがたいお説教を聴いていたはずなのに
後編の初っ端で酒飲んで暴れてて笑った やはり田原坂は人気があるなぁ
自分は西郷隆盛物はこのドラマが初めてだった
だから大河ドラマの翔ぶが如くも西郷どんも、もう一つなんだよな 中川翔子の父親イケメンすぎるの
新撰組メインドラマを書いといてほしかったの 田原坂の話題が多いのは大河の影響だよ
元々はこのスレであまり話題になる方ではなかった
忠臣蔵、白虎隊、五稜郭に比べるとね この胸の
燃ゆる想いに
比ぶれば
煙は薄し
桜島山 田原坂は前半生がバッサリないからユニークというか
他の西郷モノとはあまり被らない気がする 141年前の今ごろなんだな
薩軍の私学校の軍議って 西郷は掘り下げるほど矛盾が出て来る人だから
世間に浸透した良い人イメージで描こうとすると
どう描いても虚像になってしまう
田原坂も、ある意味裏切りである薩長同盟の成立過程や
徳川を追い詰める為の江戸でのテロ行為などは端折っているが
これほど史実を掘り下げた杉山さんが西郷の黒い部分を知らなかった筈もなく
「こげん人じゃなか」というラストの台詞は
本当の西郷を描くのは難しいよ、という
自嘲を込めた総括だったのではないかと思う >>36
大河や時代劇で描かれる歴史上の人物を主役にした創作物って基本的に皆良い人じゃん >>36
それもあるかもね。
あの上野銅像自体、西郷の英雄扱いに長州閥が反発してわざと似ないで作らせた説もあるし。 田原坂だけ観た事ない
小説は買ったけど観てからの方が面白い気がして、そちらも未読でもやもや 大河はどうしても戦争シーンしょぼいので
そこを補う意味での日テレ時代劇 なんで大河の合戦シーンは、あんなにショボイ?
久々に見た「真田丸」も、最終回の合戦見てガッカリした 川中島(武田信玄)、長篠・姉川(信長)、関ヶ原(葵徳川三代)はそこそこ 風林火山の川中島なんて匙投げたくなる代物だった
エキストラ50人もいなかったとか聞いた でもね、「源義経」の壇ノ浦より「鶴姫伝奇」の海戦の方が、撮り方・見せ方は良かったと思うよ
「風林火山」の合戦シーンも、画面外の広がりを想像できる撮り方だったと思う
人数が圧倒的に多くても、映画「天と地と」みたいに、なんとも緊迫感のない合戦シーンもおるから
狭い画面ながら、そこに収まりきらない何かが感じられたよ、このシリーズでは
もちろんあと50人ほどエキストラが多ければな、とは思うけど かといって今はそこに力を入れるとなるとCGになるからな
五稜郭の砲撃戦みたいなあんな危険な撮影ももうしないし 最近の大河は予算ないからな
天地人の関ヶ原なんてもろCGって感じで笑った
それに比べて日テレ年末時代劇は、それなりに力入れてたね >>48
レンタル甲冑は日テレの方が安っぽいけどね。 合戦シーンなんてのは昭和の映画出身の監督とTVディレクターとの力量の差が最も出る部分かもね、スタッフも含めて
カメラを据える位置とかカット割りとか根本的に違う
今ならCG慣れしたアニメや特撮系の監督が撮った方がいいのかも 五稜郭と奇兵隊、レンタルしたんだけど
どっちから先に観た方がいいとかある? >>51
歴史的な順番なら騎兵隊が先で良いんじゃないの?
俺も白虎隊と田原坂を借りてきて、その順番で続けて見たら佐川官兵衛役の本田博太郎が両方同じ役で出演してて感銘ぶかかった。 >>52
レスかたじけない
仰せに従い、奇兵隊から先に観るよ 本田博太郎は一貫して旧幕府側の役だったな
佐川官兵衛の印象が強烈すぎてその後の役も全部官兵衛に見えなくもない 佐川官兵衛は単純に個人的な恨みと官軍側になりたかっただけなのかな?
政府と対立してる薩軍側に協力しても良さそうな気もしたが? 官兵衛は既に赦されて警視庁に入っていたからね
でも結局は死に場所を探していたんじゃないかな
会津は賊軍ではない、を貫いて死んだのだとも言える > 西南戦争で進駐した南阿蘇では官兵衛は官軍の略奪行為を厳しく戒め、地元民に慕われたと言う。南阿蘇には十数カ所の佐川官兵衛慰霊碑が存在する
こんなエピソードもあるくらいだから恨みで動くような人ではなかろう
て言うか官軍どこまでクズなんだよw >>58
美意識が廃れてたのは、現代だけじゃないってことだなあ ナレで鹿児島が百年ぶりの大雪と言ってたけど
今年みたいな寒い年だったんだろうね
鹿児島は今年も雪は降ったね 前夜に官兵衛と語り合ってた抜刀隊の士官が
「3000人 そんなにですか」と驚いてたけど
戊辰戦争の頃にまだ子供だった人間も参戦してたのだろうね 今BS日テレで白虎隊の再放送やってるのね
年末年始だけかと思ってた、評判良かったのかな? みんな重い作風だったけど、新年を迎えるにあたっての厳かな雰囲気を作ってくれた感じがする
家の大掃除を済ませた後、親父が腕を組んで観ていたなぁ
今はチャラくてうるさいだけのバラエティしかやらないし 年末時代劇切った頃は、日テレは当時週一で深夜放映してたNFL中継から撤退したり、
深夜音楽番組打ち切ったりとかかなり大ナタ振るったんだよなぁ。
視ていた方は、与えられて当たり前の環境だった事は後になって気付くものだったね。
NHK含め地上波から卒業してかなり経ったけど
ジャニかマツコしか出て来ないしネェちゃんオバチャン専用メディアになっちまってるから、
今更戻ろうとも思わないねぇ。 ないごて。ないごて。今度に限って。そげん優しかこつ。
旦那さんは戻りもす。必ず戻りやっとです。 去年の暮れから今年の初めにかけて再放送された年末時代劇って視聴率はどのくらいだったんだろう?
もしよければほかの4作も再放送してほしい。 日テレの年末時代劇、リアルタイムで見ていた
>>1の通り、第1作から題名を三文字にこだわっていたんだよな
特に西郷隆盛を田原坂の三文字にしてw
平成4年でついに風林火山の四文字になったか >>59
官軍のヒャッハー体質って紛れもなく現代のネット民の
炎上やサイバーいじめに受け継がれているよな
このシリーズを見ていると日本人の美意識は維新で壊されたんだと感じざるをえない 時専では年末年始にしかやってるのを見たことが無いなぁ >>65
当時はマンネリによる視聴率の低迷や、予算が大幅に削減されシリーズ終了は
致し方ないと思うが、その後コンスタントに時代劇を制作しなかった結果、
日本テレビ局内に、時代劇の作れる人材がいなくなってしまったのが残念 >>65
BSも韓国ドラマばっかりで食傷気味ではある 時代の流れは致し方ないよ
もう大型時代劇が作れる時代じゃない
大河もただ長いだけ
作れる時にこれだけの作品を作って残してくれた事が貴重だ 前から気になっておったんですが、西郷先生が菊次郎のことぶたんこって呼ぶじゃなかですか? あれはどう意味ですかのう? 男の子という意味ですか? 鹿児島弁ですか? これでは撮影技術も要らん、脚本も要らん
撮影機材の性能と、イケメンの数を競うだけの戦だ・・・
このシリーズに比べたら最近の時代劇はそんな感じよ >>78
何なんだろうね。子供のことを豚児とは言うけど
・島から来た子
・妾腹の子
・うちの長男 せがれ くらいの意味かな 普通年末時代劇って舞台となる地方の日テレ系列のテレビ局が協力するけど、風林火山はそういうのなかったな。
なんでYBSなどは協力しなかったんだろう? このシリーズで描かれた滅び行く日本人の美学と
滅び行く時代劇の美学には相通じるものがあると思うよ
いずれも価値がないから滅びたのではない
時の流れは正しいもの美しいものを勝たせるとは限らない
いやむしろ逆の方が多いのかも知れないのだと >>36
亀レスですまんが田原坂で西郷が飼っていた犬を放した時に犬は振り返りもせずに逃げて行ったな。
犬って3日飼うと3年恩を忘れないって言われるほど忠誠心が強い生物のはずなのに薄情なもんだな。
でも考えてみると西郷って犬からも嫌われていたのかなとも取れないかな。 田原坂とはいっても後編だけだからね
前編は西南戦争描いていないし 「越すに越されぬ田原坂」に西郷の後半生を象徴したタイトルですよ
前編の理想を失った明治政府の内紛も「越すに越され」なかったもの 年末時代劇がキラコンだった頃、
元祖スカスカ時代劇だった野望の国とか、里見御大も半七捕物帳でコケたりとか、
日テレサイドも裏で貯金を浪費しちゃってたんだよなぁ。 >>65
太陽にほえろ!から21年続いた金曜8時の刑事ドラマ枠も、その頃に撤退し
その後バラエティー枠に変更された >>90
オープニングナレーションが
雨は降る降る人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂
維新の大業を成し遂げた男たちの前に、もうひとつの越さねばならぬ坂があった。
その名を ー(タイトル)「田原坂」
だからねぇ >>93
わからぬか
それが、赤穂の武士道じゃと言いたいのだろう 演出的には西南戦争のくだりが迫力もあって盛り上がるけど
脚本的に重要なのはむしろ前編の「岩倉公過てり」のあたりだよね
西郷は軍人で政治には向かなかったと言われるが
開国にあたってまず隣国との国交交渉をするのは当然という
当たり前の政治感覚を持っていたのは西郷の方だったという
それが通らないような政府だったからこそ
「政府に尋問の筋これあり」につながって行く訳で 本多博太郎の佐川官兵衛が白虎隊と同じというのが良かったな、田原坂。
当時の年齢ではわからなかったが、歳をくってからみると、グッとくるのは忠臣蔵の荻生と林大学の論議の場面。
大学の泣く所で最近は泣けてしまう >>96
そりゃ泣くよ、話してることの意味がわかれば 田原坂で杉山脚本が主張したのは、西郷は征韓論者ではなかった、という事
そして西郷は死んだ後で明治政府の大陸進出に利用されたのだ、と(→こげん人じゃなかよ)
西郷と岩倉の対立は未だに西郷の征韓論に岩倉が反対した、と紋切り型で説明される事が多いが
ドラマから30年後の今も変わらず西郷のイメージは利用され続けてるという事になるのか このシリーズ(特に忠臣蔵〜五稜郭)は必ず何か新解釈であったり
そもそも光の当たらなかった歴史の発掘であったり
それまでの歴史ドラマとは一線を画する内容が入っていたよね
そういうのも含めて並大抵の脚本家では真似出来ないレベルだったな 杉山義法は天才だと思うよ
名場面・名台詞を生み出す才能といい
史実の掘り起こしに基づく構成力といい
特にこの時期は脂が乗っていたね >>88
視聴率で大コケしたせいなのか、田村正和はこれを最後に日本テレビのドラマに
出演していない 鈴藤勇次郎、魂は俺が預かった・・・俺の背中につかまって、ついて来い! やはり「勝海舟」は、それまでの幕末シリーズの総ざらい的に感じたな
「桜田門外の変」、「薩長同盟と坂本龍馬及びその暗殺」、「長州征伐」、「大政奉還」、「戊辰戦争」、「上野の戦争」、「明治維新」、「西南戦争」…
それぞれは短いしスケールも小さく描かれてるんだけど、過去作の映像が浮かんできたよ いろいろ詰め込んではいたんだけど焦点がボケてしまっと言うか
何より主人公の勝海舟というキャラにはダイナミックな活劇や悲劇的感動がないので
年末大型時代劇=感動作というイメージを抱いていたファンには肩すかし感があった
主演の病欠代役という不運ももちろんあったが
それは作品の出来にはあまり関係なかったように思う やはり勝を主役にしてしまうと感情移入しづらいよね
小栗一族の惨殺があっても、彰義隊全滅があっても、淡々と過ぎて行く 勝は戦をしたわけでもないし、見せ場が「説得」とか「交渉」だからなw
人間性から見てもお世辞にも万人に好感を持たれる人物とは言い難いし
その割にはよく頑張った脚本と言えるんじゃないの むしろ勝を狂言回し的に使ったともいえる
ストーリーテラーとまではいかないが
当時売ってた本で、早乙女貢が勝をこきおろしてたな
一応勝海舟がメインの本なので、「とにかくにも、旧幕府と宮家の橋渡しをつとめられたのは、勝の性格が成せたものだろう」とかって、さらっと書いていはいたが 五稜郭の勝が一番しっくり来るかなぁ
勝海舟では勝を曲がりなりにも主役らしく描こうとして
そのために慶喜が損な役回りになってる感がある
慶喜視点の幕末を杉山さんが描いていたらどうなっただろうか このシリーズを見る限り杉山義法は慶喜をあまり評価していない感があるな
近年の再評価につながるようなアグレッシブな慶喜像が
杉山脚本ワールドに入って来るのはなかなか想像しにくい
奇兵隊の慶喜なら主役オーラあって強そうだったけどw 白虎隊と五稜郭では虚弱そうな夜逃げミラーマン
勝海舟では常に目がぶっ飛んだメンヘラおじさん
杉山脚本の慶喜はあまりと言えばあんまりである まあ人物としても
家茂>>慶喜でからな
当時の前評判は真逆だったが そりゃ御飾りでいてくれる方が幕閣としては与し易いからな
家茂が存命のままだと、どんな幕末になったのやら 家茂も孝明帝も絶妙なタイミングで亡くなってるからな
開国は開国、攘夷は攘夷でそれぞれ分裂していたし
ひとつ違えば何がどう転んだか分からなかった
結果、最悪のシナリオに近いところに行ってしまった感じ >>116
孝明帝が存命ならば、もう少し穏便に政体変更出来ただろうね
結果的に恭順と無血開城である程度流血は抑えられたが、東北諸藩の犠牲は大きかった 孝明天皇は厳然たる攘夷主義者であった
しかし徳川家茂の人柄を知るにつけ、次第に朝廷と幕府の歩み寄りに、いくらか態度を和らげられた
その妹・和宮は、夫の家茂とともに眠りについている
勝海舟「これで、おしまい…」 その五稜郭の勝と勝海舟の慶喜が同じというのがたまらんよね 結局開国するしかないのに攘夷の旗印の下に幕府を倒すんだから矛盾があるのは当然
その矛盾を引き受けて死んで行ったのが西郷であると
さすがにその辺の筋の通り方は西郷モノの中でも田原坂がトップクラスだな 攘夷攘夷と言っていた面々がいざ権力を取ってみたら国の作り方もわからず
あたふたと使節団で欧米を回って猿真似したんだから失笑ものだよな
それもあの大事な時期に2年も国を留守にして
帰って来たら西郷が勝手な事をやっていたと怒るなど筋違いも甚だしい
そういう視点の脚本なのも杉山さんがいわゆる薩長史観に捉われない人だったからなのか 結局、攘夷は政治の主導権を握るための方便でしかなかった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています