オムロン名誉顧問で、3月末まで京都商工会議所会頭を務めた立石義雄(たていしよしお)・名誉顧問が21日、80歳で亡くなった。新型コロナウイルスに感染し、今月5日から入院し闘病を続けていた。突然の悲報に親交のあった各界の人たちから惜しむ声が寄せられた。

 4月に京都商工会議所の会頭のバトンを受け継いだばかりの塚本能交・ワコールホールディングス会長は「突然の訃報(ふほう)に接し、言葉で言い表せない。事態の急変に驚いている。引き続きご助言をちょうだいしたいと思っていたのに、もはやそのお考えやお人柄に触れることはかなわず、無念でならない」と悼んだ。村田製作所の村田恒夫会長兼社長は「同じ京都の電子・電気部品業界の一員として誠に残念でなりません。謹んでお悔やみを申し上げます」とコメントした。

 京都商工会議所の会頭だった立石さんと共に、関西の新規産業やベンチャーの育成にあたってきた大阪商工会議所会頭の尾崎裕・大阪ガス会長は「あまりに突然のことでぼうぜんとしている。頼りがいのあるお人柄を慕う多くのファンがいた。京都のしごと、文化そして人が大好きだった立石さんを失ってとても寂しく感じています」とのコメントを寄せた。

 日本商工会議所の三村明夫会頭も「立石さんの生前のご功績は一言で尽くせるものではない。京都経済百年の計を目指し、自らのライフワークとされた。3月に京都商工会議所会頭を退かれる際、お電話をいただ

いたのが最後となってしまった。新型コロナウイルスの犠牲者のお一人となってしまったことは残念でならない」とコメントを出した。

 関西電力の秋山喜久元会長は関西経済連合会の会長時代、副会長だった立石さんと活動をともにした。「非常におおらかで幅の広い方だった。体格もよく人格者で、『横綱』と呼ばれていた。会社をあそこまで大きくされ、経営手腕も抜群。新型コロナでお見舞いにも行けず、本当に残念でならない」と人柄をしのんだ。

 立石さんは地元の活性化のため、京都府や京都市と連携を深めてきた。門川大作市長は「痛恨の極み。京都の文化の振興・発展にご尽力された。先を見通すご慧眼(けいがん)、スケールの大きいご発言、その優しさ、包容力にいつも感銘を受けていた」と振り返る。

 生前は京都の花街も愛した。京舞井上流の家元で人間国宝の井上八千代さんは「豪快な面と繊細なところをお持ちだった。私どものために五花街のお役もしていただき、それぞれの花街に均等に心を配っていただいた。立石さんがいたからこそ、花街も盛り上がった。京都の観光振興にもご尽力いただいた。とても残念です」と話した。

2020年4月21日 14時00分
朝日新聞デジタル
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