開成に灘、桜蔭に女子学院――。人口減少により大学受験者数が減少する一方で、これらの難関中学の受験者数はむしろ増加しつつある。

街中では夜10時すぎに学習塾から出てくる小学生、そして彼らを迎える親の姿を頻繁に見かけるようになった。かつては高校生や浪人生が主役だった受験戦争は、いまや小さな子供と親が戦うものとして変貌を遂げた。

中学受験模試最大手の首都圏模試センターによると、1都3県の中学入試の受験者数は'15年から4年連続で増加している。また、'16年の統計では、公立小学校を卒業する児童の12.6%が中学受験をするというから、8人に1人の割合だ。

これまでみてきたように、2018年以降、大学に入学する18歳人口は減少の一途をたどる。大学「全入」時代が本格的に到来すれば、一般入試をクリアせずとも、名門大学へ簡単に入学できるようになる。

つまり、わざわざ難関私立中学に入って大学合格の確率を高める必要はもはやないのだ。

にもかかわらず、高い授業料を払い、子供を遅くまで塾に通わせる理由はどこにあるのだろうか。

東京都に住む主婦のTさん(38歳)は、いままさに息子を中学受験塾に通わせる親の一人だ。

「息子は小学5年生で、2年生のころから中学受験を前提に塾に行かせています。難関校を目指すクラスにいますが、合格にはまだまだほど遠い成績で、塾の勉強についていくための別の個人指導塾でも週1回授業を受けています。

放課後はほぼ毎日塾へ直行して、自習室で宿題を済ませたり、わからないところを先生に聞いているようです。私が教えてあげられればいいのですが、上位校の入試問題は私には解けないものばかりで……。

結局、塾の月謝は計9万円ほど。家計もギリギリなので、主人にはもうひとつ塾に通わせていることは言っていません。

公立の中学校は当たり外れが大きいと聞きますし、エスカレーター式の付属校に入れてしまえば、もうあとは学校に任せればいい。私立の授業料もバカになりませんが、いい企業に就職して元を取ってくれればと思っています」

塾の授業についていくための塾――。過熱する中学受験戦争のさなか、「上位志向」は強くなる一方だ。文部科学省が'14年度に発表したデータによると、私立中学校の学費の合計は平均402万円と、平均144万円の公立中学校よりも3倍近く高い。

中学受験を終えたとしても、家計への負担は続く。だが、それでも「入れたい」というのが親の本音なのだ。

「たしかに子供の数は少なくなっていくでしょうが、突然ブランド中高の人気が落ちることは考えにくい。これまでどおり、子供を塾に入れて偏差値の高い大学になんとかして入れたいと願う親御さんは一定数いるでしょう」(大学イノベーション研究所所長の山内太地氏)

むしろ、デメリットになる
必死になっている親御さんには酷だが、もはや難関私立中に子供を入れようとするのは、努力の方向性が間違っている。

高等教育総合研究所代表取締役の亀井信明氏は次のように言う。

「大学としては『本当に優秀な学生』を求め、AО入試などさまざまな入試方式を設けていますが、その理想像はまだよくわかりません。

これは早慶レベルの難関大学でも同様で、したがって難関と呼ばれる中学校が多様化する受験方式に対応した教育を生徒に施せるのかは未知数です」

先述のTさんのように、親子二人三脚の努力が実り、いわゆる難関中学に合格したとする。だがその後も苦労は続く。

以下に紹介するのは都内の中高一貫進学校を卒業し、慶大に進学した男子学生・Yさん(21歳)の体験談だ。

「うちの中学校は成績上位40名が『特進クラス』に入ることを許され、定期試験の成績次第で毎年入れ替えがあります。

特進クラスに入らなければ先生からは見捨てられ、東大合格は絶望的になると言われていて、当落線上の生徒は文字通り命を懸けていました。試験科目は11科目、ひとつでも80点を割れば落ちこぼれてしまう世界です。

同学年にはポケットティッシュにカンニングペーパーを挟んでいたのが試験中にバレて停学になった生徒がいましたが、みんなも必死だったので彼のことを悪く言う生徒はいなかった。

過去には特進クラスに入れなかったのを苦に、最寄り駅のホームに飛び込んで亡くなった生徒もいると聞いています」

中学受験での成功は、大学受験、そして就職活動へとつながる長い闘いのはじまりに過ぎない――。学歴ヒエラルキーが就職でもモノをいう時代では、10年以上にわたる闘いにも意義があったかもしれない。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54526