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『意識と本質 精神的東洋を索めて』(井筒俊彦著、岩波文庫、p.140、>>391)

ここにある禅論が、類比性に富む。学校論にも転じうる。

「禅の実在体験そのものを、それの形而下的側面だけでなく形而上的側面まで含めた全体性において構造化し、こうして出来上る禅的分節論の全体構造の中に、無「本質」的分節を正確に位置付けることが必要であると思われる。」

「このような全体構造の中に置かれる時にはじめて、無「本質」的分節はその本来の、いかにも禅らしい生命の躍動を露呈することになるからである。」

「全体構造の力動性は、全体を構成するすべての部分、一つ一つにまで完全に浸透する」