さて本題だ。「SIerは下請けITベンダーを切り捨てるしか生きる道なし」というのは、人月商売の市場の縮小に合わせて下請けITベンダーを切り捨てよという意味ではない。さっき書いたとおり、そんなことをしても生き残れはしない。「一刻も早く下請けITベンダーを切り捨ててしまえ。さすれば生き残れる道もある」ということだ。

 こう書くと「木村はこれまで、下請けITベンダーの技術者を便利使いするSIerを非難していたのに、なぜ今になってSIerに『下請けITベンダー切り捨て』のススメを説くのだ」といった批判の声が上がるはずだ。あるいは、「今は『超』が付くほどの技術者不足なのに、『下請けITベンダーを切り捨てろ』とは現実が見えていないのではないか」とあざ笑う読者も大勢いると思う。

 しかし、これもよく考えれば容易に分かることだが、既に今でもIT業界の多重下請け構造を活用してかき集めた「どこの誰か分からない技術者の集団」の価値は大幅に下落しつつある。従来、ユーザー企業がSIerに求めるのは、身もふたもなく言えば、必要な数の技術者を必要な時に動員できるケーパビリティー(組織能力)だ。SIerにこの能力があるからこそ、ユーザー企業は安心してシステム開発をリスクも含め丸投げできた。

 「どこの誰か分からない技術者の集団」を組成できる能力により、SIerも自社社員である技術者の頭数の3倍、4倍、あるいはそれ以上の技術者が必要なシステム開発案件を受託できるようになり、売り上げを3〜4倍に膨らませられる。これを業界用語では「レバレッジ(テコ)を効かせる」という。しかも技術者の需給関係次第の面もあるが、下請けITベンダーへの発注単価を削り込むことも可能だ。これを世間では「ピンハネ」と呼ぶ。

 今まではユーザー企業もそれでよかった。だが今は違う。デジタルビジネスに取り組む企業には、事業部門が「デジタルチーム」などの技術者部隊を持ってシステムの内製に乗り出すところも増えている。もちろん、それでも全てを自分たちで完結できるケースはまれで、SIerなどITベンダーに支援を要請する。「あれ、デジタルビジネスでも人月商売のニーズがあるではないか」と早合点するなかれ。問題はどんな技術者が求められるかである。

デジタルビジネスに取り組むユーザー企業が求める技術者とは、プログラマーかもしれないしアーキテクトかもしれない。あるいはビジネスにも精通しコンサルタント的に動ける技術者かもしれない。本来なら、ユーザー企業が自ら中途採用したいような技術者である。ただ現実的にそれが無理だからこそ、外部のITベンダーの優秀な技術者に支援してもらいたいわけだ。

 ユーザー企業のこうしたニーズはデジタルビジネス領域だけの話ではない。例えば基幹系システムのAWS(Amazon Web Services)への移行。システム刷新(業務アプリケーションの作り直し)という従来の人月商売に紛れ込んでしまっているので分かりにくいが、ユーザー企業にとってAWSに精通し移行ノウハウを持つ技術者の価値は、業務アプリの開発を手掛ける「どこの誰か分からない技術者」のそれとは比較にならない。

 つまりSIerは(必ずしもSIerである必要はないが)、必要な数の技術者を必要な時に動員できる“手配師”能力だけでなく、様々なスペシャリティーを持った優秀な技術者をそろえられる能力を求められる。で、そうした優秀な技術者は「自社で育成しないでどうするの」ということだ。高いスペシャリティーを持った技術者がいるITベンチャーなどに下請けに入ってもらう手はあるが、この場合SIerは無用なので、そのうちユーザー企業から切り捨てられるだろう。

 そんなわけなので今この時点から、SIerはスペシャリティーを持った優秀な技術者には人月商売から足を洗わせて、その技術力や知見・ノウハウを生かせる技術者本来の仕事をやらせなければならない。そちらに技術者のリソースをどんどん振り向けていけば、その分だけ人月商売が縮小し、記事のタイトル通り下請けITベンダーを切り捨てることになる。これは市場縮小で追い込まれて下請けを切るのと、意味合いが全く違う。

 「今はSI案件の引き合いが多いから無理」との声が上がりそうだが、大丈夫だ。請け負わなければよい。「そんなことをしたら売り上げが落ちるじゃないか」との声も出ると思うが、これも大丈夫。というか、付加価値の高い仕事をまさか月120万円といった従来のSE単価で請けるつもりなのか。コンサルタントは単価400万〜500万円が当たり前だぞ。その額を取れば、先ほどのレバレッジを考慮しても売り上げは落ちないはずだ。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/463805/082400153/