圧倒的な技術力を背景にテレビ、冷蔵庫などのシェアを拡大し、日本の高度経済成長を支えた「総合電機メーカー」東芝が、東証2部に降格する。先の展望も見出せない中、上場廃止どころか、廃業の危機を迎えている。

 粉飾決算や原発事業の巨額損失などトップの判断が凋落を招いたのは言うまでもない。だが、東芝が培った現場の力は、全く色あせてなどいない。“東芝社員”たちは、場所を変えて再び輝き出そうとしている。

 東芝時代の“負け”から新たなビジネスを生み出した元社員がいる。中西文太氏(42)は、東芝が世界初のHDD&DVDビデオレコーダーを発売する前々年の1999年に入社。半導体メモリー部門のマーケティングを担当し、自ら希望して技術、生産、マーケティング部門がどのように連携して仕事を進めるとよいのかを立案する企画部門に異動し、その後、台湾の工場で生産管理の仕事を経験した。

「台湾で学んでいる優秀でやる気のある日本人学生が日本の大企業の採用から零れていることに気付いて、台湾でのダイレクトリクルーティング(留学生の採用活動)を幹部に提案し、認められたので、特命で日本人留学生の採用を担っていました」

採用の場は台湾の外へも広がった。ところがそんな折、東芝の経営が悪化する。翌2017年の新規採用の見送りが決まったときに、東芝から離れてこの仕事を続けようと退社を決意。2016年5月に「キューブリッジ」を立ち上げ、世界で学ぶ日本人留学生の就活支援を始めた。

 現在は日本企業から資金提供を受け、海外で留学生向けにキャリアカウンセリングを主体としたセミナーを開催している。これまでに20都市で250人以上が参加しているという。

 ポスト団塊ジュニアの中西氏は、「東芝時代に、日本の企業が抱える問題のほとんどに触れることができた」と振り返る。皮肉にもその経験が、現在のビジネスの基礎となったと語る。

「日本を代表する巨大な組織にいたからこそ、その問題点を体感できました。東芝に限らずほとんどの日本企業は、旧態依然としたシステムの中にあります。

 社員の意見がほとんど出ない会議、上司や先輩の存在を気にして行なう意思決定などはその最たるものです。こういったものを変えていかないと、生き残りは図れません。東芝も、海外のやり方を身につけている人材を採用して意識改革を進めることが、再生への一番の近道だと思っています」

 経済評論家の山崎元氏は、東芝の人材をこう見ている。

「窮状といっても、東芝の技術力が落ちたわけではなく、日本の優秀な人材が集まっているのは間違いない。いつ倒産するかわからないというリスクを東芝が抱えている今、自分と同じようなスキルを持った人材が一気に市場に放出され、競争にさらされる前に、自らいち早く飛び出すという手段は有効です。

 それも、転職して他企業の文化に染まるのではなく、東芝で築いたノウハウ、スキルを利用して、最大限に活かす会社を立ち上げるのは、合理的な判断だと思います」

 1960年代半ば、東芝は経営危機に陥るものの、“ミスター合理化”として知られる土光敏夫氏を経営者に招いたことで再生を果たした。土光氏はかつて、「これから期待される社員像は変化に挑戦し得る人だ」との名言を残した。

 いまだ再生への道筋は見えない東芝だが、自らの足で歩み始めた元社員の中には、土光イズムを継承した“東芝魂”が確かに生きている。
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