日本の受動喫煙対策は世界から見て遅れており、日本が「たばこ政策後進国」であるということは意外と知られていない。欧米諸国に比べて遅れているだけではなく、ベトナム、タイなどのアジア諸国、そしてブラジル、インドなどの新興国にも遅れを取っている。現在、法制化されようとしている受動喫煙防止法案は、広く世界で常識ともなっている受動喫煙対策を一気に進めるチャンスとハーバード公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授は指摘する。そのポイントを聞いた。(聞き手/文・ハーバード公衆衛生大学院〈医療政策管理学〉研究員 津川友介)

──まず、とても基本的なことから伺います。日本ではレストランなど飲食店でもたばこの煙を感じることが多いですが、実際に喫煙している訳でもないのに、本当に健康被害が生じるのでしょうか?

 私は、ハーバード公衆衛生大学院で、どのような社会的、経済的因子がみなさんの健康に影響を与えるか、データを用いてできるだけ正確に分析することを研究しています。例えば、友人や同僚など、周りの人がたばこを吸っていると、どのような影響が本人に及ぶのか、というような研究です。私がアメリカで行った研究によると、心筋梗塞になるリスクが、自宅や職場で習慣的に受動喫煙している人で91%上昇しており、居酒屋やバーに行ったときに時々受動喫煙する人すら58%も高くなることが明らかになっています。

──日本人でも受動喫煙の健康への影響は証明されているのでしょうか?

日本の国立がん研究センターの専門家がデータ分析を行った結果によると、肺がんのリスクは30%、脳卒中のリスクも30%上昇します。飲食店での受動喫煙ではありませんが、子どもにも影響があり、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクは4.7倍にもなります。受動喫煙による死亡者数は、年間1万5000人程度と同センターは推計しています。

中略

──禁煙にすると売上が落ちることを心配する飲食店のオーナーさんが多いと聞きます

 実は、全面禁煙にしても売上は落ちないと言われています。WHOの付属機関のIARC(国際がん研究所)の報告によれば、世界の169の報告のうち、信頼性が高いとされた49の調査がレビューされました。そのうち、実に47の結果で、全面禁煙でも飲食店の売上は落ちておらず、IARCは受動喫煙防止法案で飲食店の売上は落ちないと結論づけました。売上は落ちないどころか、むしろバーを訪れる人の数が増えたというデータもあります。日本でも神奈川県や兵庫県で同様の条例が導入されていますが、同様の結果が得られています。

 全面禁煙にしても売上が下がらないのは、非喫煙者、妊婦、子ども連れのファミリー層の利用が増えるからであると考えられています。飲食店が全面禁煙になった場合には、喫煙者は喫煙のできる店を選ぶことができなくなります。そのため、喫煙できる店に客が逃げるということはなく、売上への影響はないとされています。逆に中途半端に緩いルールにしてしまうと、きちんと守った店だけ損をするとリスクがあります。いずれにしても飲食店の経営者にとっても、中途半端なルールになるよりも全面禁煙を支持した方がメリットが大きいと私は考えます。

──日本でも受動喫煙対策は進んだのではないでしょうか。

 確かに日本でも関係者の努力により、たばこ対策、受動喫煙対策は進んできており、喫煙率も大きく下がっています。しかし、世界では、よりスピーディに対策が進んでいます。2015年のWHO(世界保健機関)のレポートによれば、公共の場でのたばこフリー対策で、日本は最低レベルとなっています。ベトナム、フィリピン、タイ、シンガポールなど多くのアジア諸国よりも遅れている状況です。

 中国、韓国なども日本と同レベルに入っていますが、韓国も中国も同国でのオリンピック開催に際し、例外はあるものの、罰則を伴う強い法規制を導入しています(韓国は150m2以上の飲食店に限定、中国は北京での導入)。世界では49ヵ国が最高レベル(8種類全て)の公共の場所でのたばこフリーを実現しています。日本では、2003年に法律を作りましたが、努力義務であるため、飲食店での受動喫煙の遭遇率は非常に高くなっています(過去1ヵ月の遭遇率は41%)。

以下ソース
http://diamond.jp/articles/-/128912