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横綱・稀勢の里関も締めた純白の綱が、存続の危機にある。原料の大麻草を作る農家が高齢化していることに加え、
産業用大麻の栽培者が大麻取締法違反で逮捕される事件が相次ぎ、栽培免許の取得が厳しくなったためだ。
新規参入が難しい状況が続けば、麻の技術継承が途絶え、伝統の綱が海外産に替わってしまう恐れもある。

 地域おこしで移住した若者や、医療用大麻解禁を訴える活動家らが昨年起こした事件の波紋は大きかった。
所管する厚生労働省は昨年11月、各県に対して大麻の生産管理の徹底を指導。新たに免許取得を目指す人だけでなく、
既存の栽培者の再申請も慎重に検討することや、第三者を栽培地に立ち入らせないなどの規則整備を求めた。

 これを受け各県は規制強化に踏み切った。産業用大麻生産の9割を占める栃木県は審査基準を厳格化。
これまで認めてきた視察や体験、研修を全て禁じ、新規参入は困難になった。手伝いをしてきた家族や雇用者なども「補助者」として事前に届けるよう義務付けた。
「外国産で代替」
 影響は、神事にも広がる。三重県の伊勢神宮では、麻の皮を剥いで研ぎ澄まし罪やけがれを払う力が強いとされる
「精麻」を用いてきた。県は「県内で生産する必要性は認められない」と判断。「外国産や化学繊維でも代替できる」とし、
県内の神社関係者らでつくる「伊勢麻」振興協会が申請していた栽培免許が下りない事態が続いている。

 こうした事態に対し、北海道東川町で2014年から大麻を試験栽培してきた松家源一さん(68)は
「厚労省の通知通りに都道府県が規制を強化すれば、これまで以上に新規参入は難しくなる。同省は取り締まりしか考えていない」と憤る。
さまざまな用途に使える大麻を北海道農業の発展に役立つ新たな品目として考え、試作、普及に取り組んできただけに不満は募る。
「多くの人に大麻製品や栽培に関心を持ってほしいが、厳しい状況だ」と語気を強める。

 日本麻振興会理事長で、栃木県鹿沼市で毒性の低い大麻5ヘクタールを栽培する大森由久さん(68)は、
白鵬関や稀勢の里関が締める「精麻」を毎年、奉納してきた。「栽培を担うのは、ほとんどが高齢農家で存続は危機的な状況だが、
しっかりと伝統を守っていきたい」と複雑な思いを明かす。 継承の思い強く
 若手農家も危機感を持つ。同県大田原市の阿久津憲人さん(34)は「日本の伝統文化を守りたい」と大麻栽培を始めた。
県内のベテラン農家の指導を受けて、基準が厳しくなる前の15年に免許を取得。昨年は13アールで栽培し、神事用などに出荷した。
「このままでは、10〜20年後に技術が途絶えてしまう」と、多くの農家を訪れて積極的に技術を学んできた。

 将来的には、麻を研ぎ澄ます「麻引き」作業のマニュアル作りにも取り組み、技を継承していきたい考えだ。(三浦潤一)

<メモ> 大麻栽培
 大麻取締法により、都道府県知事の免許を受けた大麻取扱者(栽培者、研究者)だけが栽培、所持、授受・譲渡、
研究のための使用が可能。ピーク時の1954年に3万7000人いた生産者は、2014年に33人まで減少。神事の他に太鼓やたこ、
花火など日本の伝統文化に欠かせない。大麻草(カンナビス・サティバ・エル)は、穂や葉により多くの有害成分を含む。
繊維が取れる麻に亜麻(リネン)、苧麻(カラムシ、ラミー)、洋麻(ケナフ)、黄麻(ジュート)などがあるが、これらは安全な植物だ。