【ダウ】今買えばいい株 10186【躁鬱】
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※前スレ
【超絶】今買えばいい株 10186【普通決算】
http://egg.2ch.net/test/read.cgi/stock/1523858858/ 、すぐ手拭てぬぐいで頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生が昨日きのうのように騒がしい浴客
よくかくの中を通り抜けて、一人で泳ぎ出した時、私は急にその後あとが追い掛けたくなった。私は浅い
水を頭の上まで跳はねかして相当の深さの所まで来て、そこから先生を目標めじるしに抜手ぬきでを切っ た。すると先生は昨日と違って、一種の弧線こせんを描えがいて、妙な方向から岸の方へ帰り始めた。そ
れで私の目的はついに達せられなかった。私が陸おかへ上がって雫しずくの垂れる手を振りながら掛茶屋
に入ると、先生はもうちゃんと着物を着て入れ違いに外へ出て行った。 私わたくしは次の日も同じ時刻に浜へ行って先生の顔を見た。その次の日にもまた同じ事を繰り返した
。けれども物をいい掛ける機会も、挨拶あいさつをする場合も、二人の間には起らなかった。その上先生
の態度はむしろ非社交的であった。一定の時刻に超然として来て、また超然と帰って行った。周囲がいく ら賑にぎやかでも、それにはほとんど注意を払う様子が見えなかった。最初いっしょに来た西洋人はその
後ごまるで姿を見せなかった。先生はいつでも一人であった。
或ある時先生が例の通りさっさと海から上がって来て、いつもの場所に脱ぬぎ棄すてた浴衣ゆかたを着 ようとすると、どうした訳か、その浴衣に砂がいっぱい着いていた。先生はそれを落すために、後ろ向き
になって、浴衣を二、三度振ふるった。すると着物の下に置いてあった眼鏡が板の隙間すきまから下へ落
ちた。先生は白絣しろがすりの上へ兵児帯へこおびを締めてから、眼鏡の失なくなったのに気が付いたと 見えて、急にそこいらを探し始めた。私はすぐ腰掛こしかけの下へ首と手を突ッ込んで眼鏡を拾い出した
。先生は有難うといって、それを私の手から受け取った。
次の日私は先生の後あとにつづいて海へ飛び込んだ。そうして先生といっしょの方角に泳いで行った。 二丁ちょうほど沖へ出ると、先生は後ろを振り返って私に話し掛けた。広い蒼あおい海の表面に浮いてい
るものは、その近所に私ら二人より外ほかになかった。そうして強い太陽の光が、眼の届く限り水と山と
を照らしていた。私は自由と歓喜に充みちた筋肉を動かして海の中で躍おどり狂った。先生はまたぱたり と手足の運動を已やめて仰向けになったまま浪なみの上に寝た。私もその真似まねをした。青空の色がぎ
らぎらと眼を射るように痛烈な色を私の顔に投げ付けた。「愉快ですね」と私は大きな声を出した。
しばらくして海の中で起き上がるように姿勢を改めた先生は、「もう帰りませんか」といって私を促し た。比較的強い体質をもった私は、もっと海の中で遊んでいたかった。しかし先生から誘われた時、私は
すぐ「ええ帰りましょう」と快く答えた。そうして二人でまた元の路みちを浜辺へ引き返した。
私はこれから先生と懇意になった。しかし先生がどこにいるかはまだ知らなかった。 それから中なか二日おいてちょうど三日目の午後だったと思う。先生と掛茶屋かけぢゃやで出会った時
、先生は突然私に向かって、「君はまだ大分だいぶ長くここにいるつもりですか」と聞いた。考えのない
私はこういう問いに答えるだけの用意を頭の中に蓄えていなかった。それで「どうだか分りません」と答 えた。しかしにやにや笑っている先生の顔を見た時、私は急に極きまりが悪くなった。「先生は?」と聞
き返さずにはいられなかった。これが私の口を出た先生という言葉の始まりである。
私はその晩先生の宿を尋ねた。宿といっても普通の旅館と違って、広い寺の境内けいだいにある別荘の ような建物であった。そこに住んでいる人の先生の家族でない事も解わかった。私が先生先生と呼び掛け
るので、先生は苦笑いをした。私はそれが年長者に対する私の口癖くちくせだといって弁解した。私はこ
の間の西洋人の事を聞いてみた。先生は彼の風変りのところや、もう鎌倉かまくらにいない事や、色々の 話をした末、日本人にさえあまり交際つきあいをもたないのに、そういう外国人と近付ちかづきになった
のは不思議だといったりした。私は最後に先生に向かって、どこかで先生を見たように思うけれども、ど
うしても思い出せないといった。若い私はその時暗あんに相手も私と同じような感じを持っていはしまい かと疑った。そうして腹の中で先生の返事を予期してかかった。ところが先生はしばらく沈吟ちんぎんし
たあとで、「どうも君の顔には見覚みおぼえがありませんね。人違いじゃないですか」といったので私は
変に一種の失望を感じた。 私わたくしは月の末に東京へ帰った。先生の避暑地を引き上げたのはそれよりずっと前であった。私は
先生と別れる時に、「これから折々お宅たくへ伺っても宜よござんすか」と聞いた。先生は単簡たんかん
にただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。その時分の私は先生とよほど懇意になったつもりで いたので、先生からもう少し濃こまやかな言葉を予期して掛かかったのである。それでこの物足りない返
事が少し私の自信を傷いためた。
私はこういう事でよく先生から失望させられた。先生はそれに気が付いているようでもあり、また全く 気が付かないようでもあった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く
気にはなれなかった。むしろそれとは反対で、不安に揺うごかされるたびに、もっと前へ進みたくなった
。もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、いつか眼の前に満足に現われて来るだろうと思った。私 は若かった。けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。私はなぜ先
生に対してだけこんな心持が起るのか解わからなかった。それが先生の亡くなった今日こんにちになって
、始めて解って来た。先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。先生が私に示した時々の 素気そっけない挨拶あいさつや冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったので
ある。傷いたましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のないものだから止よせと
いう警告を与えたのである。他ひとの懐かしみに応じない先生は、他ひとを軽蔑けいべつする前に、まず 自分を軽蔑していたものとみえる。
私は無論先生を訪ねるつもりで東京へ帰って来た。帰ってから授業の始まるまでにはまだ二週間の日数
ひかずがあるので、そのうちに一度行っておこうと思った。しかし帰って二日三日と経たつうちに、鎌倉 かまくらにいた時の気分が段々薄くなって来た。そうしてその上に彩いろどられる大都会の空気が、記憶
の復活に伴う強い刺戟しげきと共に、濃く私の心を染め付けた。私は往来で学生の顔を見るたびに新しい
学年に対する希望と緊張とを感じた。私はしばらく先生の事を忘れた。 授業が始まって、一カ月ばかりすると私の心に、また一種の弛たるみができてきた。私は何だか不足な
顔をして往来を歩き始めた。物欲しそうに自分の室へやの中を見廻みまわした。私の頭には再び先生の顔
が浮いて出た。私はまた先生に会いたくなった。 始めて先生の宅うちを訪ねた時、先生は留守であった。二度目に行ったのは次の日曜だと覚えている。
晴れた空が身に沁しみ込むように感ぜられる好いい日和ひよりであった。その日も先生は留守であった。
鎌倉にいた時、私は先生自身の口から、いつでも大抵たいてい宅にいるという事を聞いた。むしろ外出嫌 いだという事も聞いた。二度来て二度とも会えなかった私は、その言葉を思い出して、理由わけもない不
満をどこかに感じた。私はすぐ玄関先を去らなかった。下女げじょの顔を見て少し躊躇ちゅうちょしてそ
こに立っていた。この前名刺を取り次いだ記憶のある下女は、私を待たしておいてまた内うちへはいった 。すると奥さんらしい人が代って出て来た。美しい奥さんであった。
私はその人から鄭寧ていねいに先生の出先を教えられた。先生は例月その日になると雑司ヶ谷ぞうしが
やの墓地にある或ある仏へ花を手向たむけに行く習慣なのだそうである。「たった今出たばかりで、十分 になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈えしゃくして外へ
出た。賑にぎやかな町の方へ一丁ちょうほど歩くと、私も散歩がてら雑司ヶ谷へ行ってみる気になった。
先生に会えるか会えないかという好奇心も動いた。それですぐ踵きびすを回めぐらした。 私わたくしは墓地の手前にある苗畠なえばたけの左側からはいって、両方に楓かえでを植え付けた広い
道を奥の方へ進んで行った。するとその端はずれに見える茶店ちゃみせの中から先生らしい人がふいと出
て来た。私はその人の眼鏡めがねの縁ふちが日に光るまで近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生 」と大きな声を掛けた。先生は突然立ち留まって私の顔を見た。
「どうして……、どうして……」
先生は同じ言葉を二遍へん繰り返した。その言葉は森閑しんかんとした昼の中うちに異様な調子をもっ て繰り返された。私は急に何とも応こたえられなくなった。
「私の後あとを跟つけて来たのですか。どうして……」
先生の態度はむしろ落ち付いていた。声はむしろ沈んでいた。けれどもその表情の中うちには判然はっ きりいえないような一種の曇りがあった。
私は私がどうしてここへ来たかを先生に話した。
「誰だれの墓へ参りに行ったか、妻さいがその人の名をいいましたか」 「いいえ、そんな事は何もおっしゃいません」
「そうですか。――そう、それはいうはずがありませんね、始めて会ったあなたに。いう必要がないんだ
から」 先生はようやく得心とくしんしたらしい様子であった。しかし私にはその意味がまるで解わからなかっ
た。
先生と私は通りへ出ようとして墓の間を抜けた。依撒伯拉何々イサベラなになにの墓だの、神僕しんぼ くロギンの墓だのという傍かたわらに、一切衆生悉有仏生いっさいしゅじょうしつうぶっしょうと書いた
塔婆とうばなどが建ててあった。全権公使何々というのもあった。私は安得烈と彫ほり付けた小さい墓の
前で、「これは何と読むんでしょう」と先生に聞いた。「アンドレとでも読ませるつもりでしょうね」と いって先生は苦笑した。
先生はこれらの墓標が現わす人種々ひとさまざまの様式に対して、私ほどに滑稽こっけいもアイロニー
も認めてないらしかった。私が丸い墓石はかいしだの細長い御影みかげの碑ひだのを指して、しきりにか れこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面
目まじめに考えた事がありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。
墓地の区切り目に、大きな銀杏いちょうが一本空を隠すように立っていた。その下へ来た時、先生は高 い梢こずえを見上げて、「もう少しすると、綺麗きれいですよ。この木がすっかり黄葉こうようして、こ
こいらの地面は金色きんいろの落葉で埋うずまるようになります」といった。先生は月に一度ずつは必ず
この木の下を通るのであった。 向うの方で凸凹でこぼこの地面をならして新墓地を作っている男が、鍬くわの手を休めて私たちを見て
いた。私たちはそこから左へ切れてすぐ街道へ出た。
これからどこへ行くという目的あてのない私は、ただ先生の歩く方へ歩いて行った。先生はいつもより 口数を利きかなかった。それでも私はさほどの窮屈を感じなかったので、ぶらぶらいっしょに歩いて行っ
た。
「すぐお宅たくへお帰りですか」 「ええ別に寄る所もありませんから」
二人はまた黙って南の方へ坂を下りた。
「先生のお宅の墓地はあすこにあるんですか」と私がまた口を利き出した。 「いいえ」
「どなたのお墓があるんですか。――ご親類のお墓ですか」
「いいえ」 先生はこれ以外に何も答えなかった。私もその話はそれぎりにして切り上げた。すると一町ちょうほど
歩いた後あとで、先生が不意にそこへ戻って来た。
「あすこには私の友達の墓があるんです」 「お友達のお墓へ毎月まいげつお参りをなさるんですか」
「そうです」
先生はその日これ以外を語らなかった。 私はそれから時々先生を訪問するようになった。行くたびに先生は在宅であった。先生に会う度数どす
うが重なるにつれて、私はますます繁しげく先生の玄関へ足を運んだ。
けれども先生の私に対する態度は初めて挨拶あいさつをした時も、懇意になったその後のちも、あまり 変りはなかった。先生は何時いつも静かであった。ある時は静か過ぎて淋さびしいくらいであった。私は
最初から先生には近づきがたい不思議があるように思っていた。それでいて、どうしても近づかなければ
いられないという感じが、どこかに強く働いた。こういう感じを先生に対してもっていたものは、多くの 人のうちであるいは私だけかも知れない。しかしその私だけにはこの直感が後のちになって事実の上に証
拠立てられたのだから、私は若々しいといわれても、馬鹿ばかげていると笑われても、それを見越した自
分の直覚をとにかく頼もしくまた嬉うれしく思っている。人間を愛し得うる人、愛せずにはいられない人 このスレッドは1000を超えました。
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