「あなたがさぁ! やるって言わないと! 仕事できなくなっちゃうよ!」

 18年前、東京都新宿区にある録音スタジオで、アニメ制作会社社長に突然呼び出され、こう告げられた。
 
 NHK教育テレビ(Eテレ)で放送中のアニメ『おじゃる丸』は、1998年にスタートし、現在もEテレの人気番組としてシリーズが続いている長寿番組である。ただ、2006年9月には原作者、犬丸りんさんが「仕事ができない」などと遺書を残し、自宅マンションから飛び降りて自死する不幸もあった。かくいう筆者も主人公、坂の上おじゃる丸の声を98年から00年の第3シリーズまで担当したが、冒頭のやりとりの後に降板を言い渡された。その理由は、信じられないほどくだらない、アンプロフェッショナルな事情だった。

 事の発端は、NHK関連会社社員のA氏が持ってきた紙袋の中身だった。たまたま東京・渋谷の音楽スタジオで作業していた筆者の事務所担当者のもとへ、A氏がビデオテープを持参してきたのである。紙袋の上には、人形が一つ載せてあった。それは、声を発する「おじゃる丸」の人形だった。

 「この仕事した?」と事務所からも尋ねられたが、筆者は人形の声の吹き込みなどやった覚えはない。いまいち事情が分からなかったこともあり、後日NHKエンタープライズに確認しようということになった。

 事務所担当者が人形を持参し、「これは何なのでしょうか?」と直接尋ねたところ、当時の番組担当プロデューサー(現NHKエンタープライズ著作権管理担当執行役員)から「あなた何? これが何だっていうの?」「あなたたちには関係ない!」といきなり怒声を浴びせられ、面食らった。「(事情が)分からないから、こうやって質問しているんです」と事務所担当者が再び説明を求めると、「黙って言う通りにしないと仕事できなくなるわよ!」「降ろしてやる!」「干してやる!」…。さっぱり事情は分からないが、彼女にとっての何か触れてはならないものに触れてしまったようである。

 そんなやりとりがあったことを事務所からも報告を受けたが、一体どういうことなのか訳が分からないまま、私はいつも通り大久保にあるスタジオへ仕事に向かった。スタジオに入ると、アニメ制作会社の社長がなぜか険しい顔でロビーに立っていたのを覚えている。

 「ちょっといいかい?」と手招きされ、ロビーの片隅のベンチに通路を背にして腰を掛けた。そして、社長が横に座るや否や、冒頭の「あなたがさぁ! やるって言わないと! 仕事できなくなっちゃうよ!」と罵倒を浴びせられたのである。何が起こっているのかその時はよくわからなかったが、尋常ではない社長の形相に恐れ戦(おのの)き、筆者が「すみません。事務所に聞いてください」とだけ答えると、「ああ、知らないよ。本当に」と社長は吐き捨てて立ち去った。

 むろん、そのときは『おじゃる丸』を降板させられることになるとは、想像だにしていなかった。

 通常、テレビ放送のレギュラー出演の場合は、正式な契約書を交わさないケースがほとんどである。しかしながら、声優や俳優、歌手、芸人などの「実演家」と呼ばれる人たちには法律上、「著作隣接権」という固有の権利が与えられていている(著作権法第89条以降に規定)。

 要するに、これは演技や演奏、歌や芸などは、実演家にとって生活の糧を得る「飯のタネ」であり、それはいかなる者であっても実演家本人の許諾なしに勝手に使用することはできないという権利である。

 この著作権法の中で、実演家は「自らの権利を専有することができる」と規定されているが、例外的に「ワンチャンス主義」(映画等における録画権は最初の収録時にのみ発生し、その後の二次利用については権利行使できない)を認めるケースもある。しかしながら当然、社会正義を実現するための法律である以上、信義誠実が原則であり、実演者本人の意に反しない事が大前提になる。

 嘘をついて許諾させたり、だまして収録したり、特則(その他の約束)があったりした場合は、法律的に契約の解除や無効となる場合もある。


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