産経抄 6月30日

 おごり高ぶる人を前にすると、負けじと胸を反らせてしまう。謙虚な人の前では、こちらも自然と腰が低くなる。〈人と人との応接は、要するに鏡のようなものである〉(吉川英治『三国志』)。人情の機微だろう。

 ▼「大阪G20」で交わされた2人の握手は、作家の明察を裏切らなかった。眉根を寄せたトランプ米大統領と、動かぬ面皮に本音を包んだ習近平中国国家主席の会談である。お互いに鏡を見るような時間だったろう。「新冷戦」を象徴する虚々実々の駆け引きだった。

 ▼米中貿易協議は継続となり、米国による新たな制裁関税はひとまず見送られた。とはいえ「自由、公平、無差別な貿易」体制の重みを説く首脳宣言に「反保護主義」の文字はない。時流は「多国間」ではなく「2国間」、覇権を争う米中間に大きな渦の中心がある。

 ▼地球温暖化や海洋プラスチックごみの抑止という地球規模の問題さえ、米中協議の風向きを読まずに処方箋を書けないG20である。誰と握手をするにも等しく笑顔で応じた安倍晋三首相は、「多国間」のかすがいを見事に演じきったものの、トランプ氏は容赦ない。

 ▼日米安全保障条約を改めて「不公平」とし、批判の矛先を向けてきた。日本が両翼の一つとして同盟を支える努力は怠れない情勢である。安倍首相と習氏の首脳会談で「次の高み」を志向した日中関係だが、米中双方に同じ量の笑みを向ける外交はここまでだろう。

 ▼日本の立ち位置はおのずと決まってくる。市場ルールや民主主義を脅かす国は、わが国の育んできた価値観と相いれない。次の会談では、手を差し出すより習氏の前に姿見を置いてはどうか。「誰かれ構わず握手して、手の皮を厚くするな」と『ハムレット』のせりふにもある。