女系天皇と旧皇族の復帰、どちらを選ぶべきか?2

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1名無しさま2020/02/27(木) 22:06:23.77ID:2UWrHLVR
現行の皇室典範では、天皇から3世(ひ孫)以上離れた皇族は皇族の身分を離れることになっているので、悠仁親王を除き男系男子で天皇を継承することは現実的に不可能です。
旧宮家の復活をさせようという意見もありますが、そもそも旧宮家である伏見宮家系の家系は、南北朝まで遡らなければ天皇に繋がらない天皇と19世以上離れた家系です。
おそらく、明治憲法下ですら伏見宮家系の宮家から天皇を出そうとは思っていなかったことでしょう。
明治憲法下の旧皇室典範では、1世から4世を親王とし5世以下を王としていました。
つまり、実質的に皇族は天皇から4世(玄孫)までと定めていたのです。
事実、大正9年には天皇から5世孫以下の皇族は臣籍降下(皇族から離れること)する法律が制定されました。
この法律は結局交付されませんでしたが、天皇を神としていた時代ですら天皇から5世も離れた血筋はさすがに皇族として認められないという考えがあったのです。

実際、過去の天皇継承は、
1世(子供):110例
2世( 孫 ):8例
3世(ひ孫):5例
4世(玄孫):0
5世(来孫):1例
と、基本的に3世までで継承されています。
つまり、最低でも曽祖父が天皇であることが条件なのです。

そしてもう一度言いますが、悠仁親王を除けば、最も近くとも10世、旧宮家なら20世近く遡らなければ男系家系で天皇継承することは不可能です。
悠仁親王から男系の家系が広がらなければ、常識的に考えて男系天皇の継承は不可能でしょう。
現在の社会情勢から考えて、側室や一夫多妻制は到底認められないでしょうから、天皇家の男系家系が途絶える可能性は充分あります。
現状悠仁親王1人にしか子供ができそうな男子皇族がいない以上、女系天皇を認めるかどうかという問題は、本来議論を続けていかなければならない問題です。

そしてその議論は突き詰めていけば、見えてくる問題はとても単純で、
400年(旧宮家の場合700年)以上遡ってまで男系の血筋を繋げるか、
天皇の近親者である女性(女系)天皇を認めるか、
の二者択一でしかないのです。
http://3taku.sblo.jp/article/176063524.html

前スレ
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/emperor/1468567590/

952名無しさま2020/05/03(日) 16:38:00.77ID:8ZYPZX9x
>>951
そう思うなら産経等のウヨメディアをもっと強くして自分達がメディア操作するんだな。治安維持法でも復活させて共産党や野党を全部駆逐して右寄り国家体制にすることだ。それには日本会議に所属する議員しか支援しないこと。

953名無しさま2020/05/03(日) 16:42:11.88ID:8ZYPZX9x
ウヨウヨを標榜している奴なんて中国や北朝鮮の政治体制は非難するけど、結局は自分達がああ言う政治体制を理想にしている奴らばかり。早くNHKを朝鮮中央テレビもびっくりの安倍プロパガンダ放送局にしたらいい。そうすれば自分達の思い通りの世論調査が出るよ。

954名無しさま2020/05/03(日) 16:56:18.53ID:PPrt8Oyv
世論操作の事実からあきらかなように
現状左翼による専制政治が行われているから
なかなか難しいよね

955名無しさま2020/05/03(日) 17:09:18.00ID:CZJ5oCdR
>>909
既出だが、男系論者は近衛家や徳大寺家など
男系先祖を300〜400年遡れば江戸時代の後陽成天皇や
東山天皇に辿り着く方々の存在を忘れているのか?

956名無しさま2020/05/03(日) 17:12:02.41ID:PPrt8Oyv
>>955

それがあなたの仕事か?

957名無しさま2020/05/03(日) 17:15:15.19ID:PPrt8Oyv
皇位継承の伝統 皇學館大学現代日本社会学部 教授 新 田 均

はじめに
古くから日本の社会で受け継がれてきたものー「世襲」されるものーは大雑把
に言って二つあります。一つは、「祖先祭祀」、もう一つは「財産・職業」です。
この二つの継承原理は異なります。祖先祭祀は「氏」という父系(男系)を団結の
核とする集団によって受け継がれます。財産・職業は「家」という夫婦を団結の
核とする集団によって受け継がれます。
そして、前者の継承原理が純粋な形で続いているのは、皇室と出雲国造のみで
す。そして、国家との関係を有するのは皇室だけです。
ここに皇位継承の最終的 な拠り所があります。

、「皇統に属する男系」とは、そもそも何なのでしょうか。結論を予
め申し上げれば、「血筋・血統」についての日本の本来の考え方に則れば、
本人が男性であるか女性であるかに関係なく、「血筋・血統」とは、自分の父親、
その父親、そのまた父親と先祖を遡っていく父系、ちち系、のことです。
「女系天皇」という言葉で誤解が広がってしまったのは誠に残念ですが、
母親をたどっていく母系という「血筋・血統」というもの本来存在しません。
様々な父系、ちち系があるだけなのです。大切な点なので繰り返しますが、
世の中に男女の別は存在しますが、女系というものは存在しません。
皇統とは異なる様々な父系、ちち 系、(男系)があるだけです。
この原則に則って、皇室典範は、女性皇族との結婚 を通じて、
皇統とは別の父系に皇位が移り、初代の神武天皇以来の父系(皇統)が
断絶してしまうことを防ごうとしているわけです。

958名無しさま2020/05/03(日) 17:17:59.92ID:PPrt8Oyv
それでは、この父系によって何が受け継がれるかといますと、
それは祖先神や奉祭神を祀る「祭り主の地位」です。言い換えれば、
「祭り主の地位」は、父系でしか受け継げないというのが古代的な観念なのです
(例:崇神天皇時代の大物主神の祭祀)、祭祀が~に通じるために
は、祭り主は祭神と父系で結ばれていなければならないということです。
たとえ、 天皇が祈っても父系で繋がっていなければダメなのです。
これが皇室典範が依拠している「氏」の世襲観です。

家の世襲感覚では、継承者間の縁の近さ(親等や付き合い)と継承者の能力が大
切ですが、氏の世襲感覚では、父系で繋がってさえいれば、継承者間の縁の近さ
は本質的な問題ではありません。
能力も問題ではありません。何故なら、氏の世 襲感覚では、
世代の隔たりは関係なく、始祖に直結(直通)して、直接に祭り主の 地位を受け継ぐ
と考えられているからです

以上の記述からお分かりの通り、皇位は日本でほぼ唯一、古代の氏(血筋)感覚
によって継承されて来ました。そして、それは祭り主としての天皇の地位と密接
に関係しているのです。この継承感覚は『広辞苑』で書かれているような近代以
降の庶民感覚とは合いません。したがって、近代の感覚の中に居る国民に、率直
な意見を聞いても、見当違いな答えが返ってくるだけです。
皇族に伺ってみても 適切な答えは得られないかもしれません。

従って、今問うべきなのは、近代の継承感覚、国民感覚に合わせて、
古代から 続く継承感覚、継承事実を捨ててしまってもいいのかということです

959名無しさま2020/05/03(日) 17:25:13.02ID:8ZYPZX9x
>>957
安倍内閣がある間にあなたの思い通りになればなればいいね。まあ保守派の思惑通りバカでコントロールできる天皇が生まれたらいい。どうせ国民の総意なんていらないだろうから。

960名無しさま2020/05/03(日) 17:28:45.33ID:sBjOw2xr
>>955
皇位継承問題の解決策として旧宮家の話がでると、いわゆる皇別摂家も引き合いに出されることが多いが、
このふたつには大きな違いがある。

旧宮家は約70年前の1947年に臣籍降下するまで皇位継承権がある正式な皇族だった。

一方で皇別摂家(近衛家、一条家、鷹司家)は約300〜400年前の江戸時代前期〜中期に
男性皇族が臣籍降下して摂家に養子に入ったものであり、それ以来ずっと臣籍(民間人)で、
皇族として扱われたことはない。

現在のところ両方の子孫は天皇と血縁関係がある民間人という点では同じだが、
民間人であった期間はできるだけ短いほうがいいという視点で見れば、もし今、皇族の身分を与えるなら、
旧宮家の人たち(約70年)のほうが、皇別摂家の人たち(約300〜400年)より適切だろう。

それにもともと旧宮家(元世襲親王家)は傍系の皇族として、皇統の直系に後継者がいなくなったときに、
代わりに後継者を出して男系の皇統を維持するための予備系統、さらに言えば血のスペアの役割を持っていた。
徳川家における御三家のようなものだ。

そのため明治維新までは、最大で4つあった世襲親王家(伏見宮、桂宮、有栖川宮、閑院宮)の当主は
天皇の猶子(養子)となって親王宣下を受け、「〇〇親王」という地位と名前を与えられ、
直系の皇族に準ずる扱いを受けてきた。さらに、もし世襲親王家に後継ぎの男子がいなかった場合には、
天皇か上皇の皇子が養子となって世襲親王家を継承することになっており、皇統の直系に万一のことが
あったときのための男系の予備系統を絶やさずに維持しておく努力が払われてきた。
この状態が明治維新まで数百年にわたって続いていたのだ。

実際に過去に2回、当時の天皇の直系に皇位継承者がいなくなってしまい、世襲親王家から
天皇が即位した例がある(第102代後花園天皇:伏見宮家出身、第119代光格天皇:閑院宮家出身)。

しかし皇別摂家には皇位継承者候補を出す役割はなかった。

こうした歴史的な背景からみても、もし現在の皇統が断絶の危機に瀕したときに
新たに皇族として迎え入れるとしたら、優先順位として、まずは旧宮家の男系男子からと考えるのが自然だろう。
もちろん、もし旧宮家に男系男子がいなかった場合などは、皇別摂家の男系男子も
検討の対象になるかもしれないが、現在は旧宮家の男系男子が10代の者を含め、それなりの数がいる。

961名無しさま2020/05/03(日) 17:34:48.67ID:8ZYPZX9x
>>960
はいはい。あなたの思い通りになればいいね。全力で日本会議系の議員を応援して下さい。外野からリモートコントロール出来るような天皇が出来たらいいね。まあその頃はあなたも私もあの世に行っているでしょうが。

962名無しさま2020/05/03(日) 17:58:20.42ID:/IjK1ds8
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai4/4siryou1.pdf

(イ)皇族の降下に関する施行準則(大正9年(1920 年)勅定) →臣籍降下基準の制度化。
・天皇の傍系となった皇族は一定の世数までが皇族となり,永世皇族で はなくなる。
・すなわち,王(5世以下の男子)については,長子孫の系統は8世まで 皇族とし,長子以外の王は臣籍降下することになる。
上記はれっきとした首相官邸の資料なんだよな
つまり、安倍内閣は旧宮家も皇室から追い出される予定だったて事を認めているて事だな

963名無しさま2020/05/03(日) 18:35:19.40ID:sBjOw2xr
>>962
勘違いしている人が多いが、旧宮家の皇籍離脱は敗戦前から決まっており、遅かれ早かれ伏見宮系皇族は
全員皇籍離脱していたというのは間違い。

その説が語られるとき、根拠としてよく引き合いに出される大正9(1920年)年に作られた
「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」は、ある時期が来たら自動的に皇族を臣籍降下(皇籍離脱)させることを
定めたものではない。あくまで「長子孫の系統四世以内」(伏見宮系統の皇族は邦家親王の子を一世とする)を除き、
満15歳以上の皇族は、自ら情願(願い出)しない場合は、勅旨(天皇の命令)によって臣籍降下させると、
臣籍降下の対象範囲を具体的に示した内規にすぎず、正式な法律ではない。

情願にしろ勅旨にしろ、実際に臣籍降下させるかどうかを決めるには、正式な法律である明治40年制定の皇室典範増補第5条によって、
皇族会議と枢密顧問の諮詢(しじゅん。意見を求めること)が必要とされていた。つまり臣籍降下の対象になる者が
いた場合でも、自動的に臣籍降下させるのではなく、その時々の情勢(天皇家直系の皇位継承者の有無など)に応じて、
最終的な決定には、裁量の余地が残されていた。

明治維新以後、自ら情願して臣籍降下した皇族は10数人いるが、全員が宮家の嫡子ではない2男より下の者だ。
そもそも明治維新までは、天皇の直系でも、傍系の宮家(世襲親王家)でも、嫡子以外の男子は
適当な年齢になったら出家して仏門に入るか、後継ぎのいない他の宮家の養子になるか、あるいは臣籍降下して
後継ぎのいない摂家などの養子になることになっており、無制限に皇族の数が増えるのを防いでいた。
こうした伝統から、嫡子以外の臣籍降下については宮家にもそれほど抵抗がなかったと思われる。

結局、勅旨+皇族会議及び枢密顧問の諮詢による臣籍降下は一度も対象者が発生することなく終戦を迎え、
1947年にGHQの指示により皇室財産が国庫に帰属させられたため、経済的に従来の規模の皇室を
維持できなくなったことから、伏見宮系統の皇族全員が皇籍離脱を余儀なくされた。
そのため、日本が定めた法規によって、実際にどの程度の臣籍降下(皇籍離脱)が行われたのかは不明のままである。

964名無しさま2020/05/03(日) 18:38:07.07ID:CZJ5oCdR
>>960
>民間人であった期間はできるだけ短いほうがいいという視点で見れば、
>もし今、皇族の身分を与えるなら、
>旧宮家の人たち(約70年)のほうが、皇別摂家の人たち(約300〜400年)より
>適切だろう。

皇別摂家の方々は確かに天皇の臣下ではあるがれっきとした公家の身分だった
のであり、民間人という言葉を当てるのはいただけない
旧宮家の人たちは約70年どころか600年以上も血筋を遡らないと天皇に辿り着かない
が、皇別摂家の方々は300〜400年ほどで天皇に辿り着く
血筋の近さなら皇別摂家のほうが正統だ

965名無しさま2020/05/03(日) 18:41:13.52ID:CZJ5oCdR
さらに付け加えると旧宮家出身の竹田恒泰氏は男系論者であるが、彼は崇光天皇の19世孫
であることよりも、女系であっても明治天皇の玄孫であることで人気を得ているし本人もそれを
確信しているはずだ。彼が朝敵の東武皇帝の玄孫であることを知らない人も少なくないのではないか。
つまり今の日本国民は現皇室の血筋が例えば悠仁親王殿下の代で絶えるようなことがあれば、
男系・女系を問わず、現皇室に近い血族から新しい日本の君主を迎えることを欲すると思われる。

966名無しさま2020/05/03(日) 22:51:00.96ID:/IjK1ds8
>>963
あんたがどんなに言い訳をしようが旧宮家の連中が皇室から追い出される事は決定してたんだよ
わざわざ男系で他の遠い連中は追い出すという決まりを作ったのはそういう事だよ
だって鍛冶屋の子孫疑惑のある誇り高い傍系宮家の方々は、皇室から追い出される事なんて絶対にないんだ!ていう理屈が普遍的だったら、
わざわざ男系で血筋の遠い連中を皇室から追い出すなんていう決まりなんか作られなかっただろうしなw

少なくとも官邸の連中はこんな資料を垂れ流してるて事は官邸の連中は、旧宮家の連中は皇室から追い出される予定だったていうか認識だろうよ

それとあんたの理屈でも皇室に残れるのは大正天皇の男系の血統ぐらいで、男系で傍系も傍系の旧宮家なんか皇室に残れる余地なんかなかっただろ

967名無しさま2020/05/03(日) 22:51:02.28ID:8EXhFl6L
佳子ちゃんは、ご両親と同世代の男に「あなたのお嫁さんになってあげます」という
メッセージ行動をしていますが、今はメッセージ行動をしてしまったことを
後悔しているのではないかと思っています。

そんな訳で、ジジイと結婚して降嫁することと、
若い旧皇族の男との結婚を天秤にかけるなら、

見合い結婚&女性宮家を選択すると思う。

ジジイの方は、AKB48の悪事について公の場で話してくれるなら
メッセージ行動の件は不問にしてあげる考えのようです。

これですべてメデタシメデタシとなります。

968名無しさま2020/05/03(日) 23:46:07.71ID:zUrmcSeb
小室圭さんにもコロナ禍  NYロックダウン生活で“結婚声明”は幻に

コロナの猛威による影響は、皇室行事とて例外ではない。4月19日に予定されていた「立皇嗣(りっこうし)の礼」が
延期されたのはご存じの通り。その余波は、秋篠宮家の長女・眞子さまのご結婚問題にも影を落としているという。

秋篠宮さまが皇位継承順位1位の皇嗣であることを国内外に宣言する。
その重要な儀式を前にして、秋篠宮家にとっては、越えるべきハードルがあった。

宮内庁担当記者が言う。
「昨年11月、秋篠宮さまはお誕生日会見で眞子さまと小室圭さんのご結婚問題について問われた際、
今年の2月で結婚延期を決めてから2年が経つので、“何らかのことは発表する必要がある”と述べられています。
ところが、年が明けて新年度となっても、眞子さまと小室さんから、一切メッセージは発せられていません」

しかし、水面下ではこんな動きもあったという。
「秋篠宮さまのお誕生日会見を受け、実際に小室さんは結婚について前向きな声明を出すべく、
眞子さまと調整を進めていたそうです」

とは、ある宮内庁関係者。
「眞子さまと文面まで検討していたそうですが、このコロナ禍です。3月には小室さんが通うニューヨークの
フォーダム大でも感染者が出てしまった。授業はもとより試験もオンラインで行われ、キャンパスのみならず
彼の住む学生寮も完全封鎖。

今は知人宅にいるという話もありますが、結婚声明を出すには時期が悪いと、幻になってしまいました。
立皇嗣の礼は早くても今年の秋以降に延期と見られていますが、その前後に再びメッセージが出される可能性はあります」

周知の如く、小室さんの住むNY州は深刻な感染拡大によって、厳重なロックダウンが続いている。
同市内だけでも、新型肺炎の死者は1万人を超え、感染者数は13万人強。自分がいつ感染してもおかしくない状況で、
将来を語ることなどできないだろう。

加えて、コロナは小室さんの進路にも多大な影響を与えている。振り返れば、彼が米国のロースクールへ
留学するに至ったのには、NY州の弁護士資格を得ることで、結婚に向けて確固たる生活基盤を築きたいという事情もあった。

元財務官僚でNY州弁護士の山口真由氏によれば、
「現在、ニューヨークのほとんどの法律事務所が閉鎖されており、このままでは今年の夏のインターンは
物理的に受け入れられない状況です。小室さんは来年卒業なので、インターンの機会に
自分をアピールできないとなると、就活が大変になる可能性があります」

小室さんより上の世代の採用が滞れば、そのしわ寄せが来年やってくるのだ。

「今年卒業する予定の優秀な学生がダブついて、小室さんが就活する時には競争が激しくなる恐れがあります。
元来アメリカでは、司法試験に合格しても違う仕事をしているという人も数多い。

ジムのトレーナーだけど弁護士資格を持っているなんて人もいます。小室さんの大学の卒業生は、
弁護士としてやっていける人がほとんどで心配ないと思いますが、コロナの状況次第で先がどうなるか……」(同)

定職につけなければ、二人の結婚生活も危うくなるという負の連鎖。
コロナの災禍は、どこまで人々の営みを弄べば気が済むのか。

969名無しさま2020/05/04(月) 00:37:26.27ID:8K/uMosl
眞子さま、コロナ終息後「ご成婚」へ! 美智子さま「NY生活」を全面バックアップ

新型コロナウイルスの感染拡大に不安が広がる中、秋篠宮家からの発表は棚上げ状態となっている。
ただ、発表を延期したと言っても、秋篠宮家の方針は既に固まっているという。

「殿下は、眞子さまのご意志が固い以上、小室さんとの結婚は確定事項だと考えられています。とはいっても、
ご夫妻ともに小室家に対する不信感が無くなったわけではありません。特に、紀子さまの小室母子に対する
嫌悪感は凄まじく、普段から小室さんとやり取りをされる眞子さまに対し、かなり厳しい態度で接しておられます。

眞子さまは紀子さまとの和解を既に諦められていますし、紀子さまもまた、
眞子さまに1日でも早く皇室を去ってほしいと願われています。

悠仁さまにとってよい環境を、というのが紀子さまの行動指針ですから、いつまでもお家に問題を呼び込む眞子さまのことを
忌々しく思われるのも無理はないのかもしれません。最近では『コロナのせいでいつまでも厄介払いができないわァ〜!』と
わざと眞子さまに聞こえるボリュームでおっしゃられたりと…」(秋篠宮家関係者)

そんなギスギスした状況であっても、強固な意志でもって「結婚確定」を勝ち取った眞子さまの表情は明るい。

「眞子さまはコロナ騒動が終息次第、改めて国民の前で結婚会見を行う予定です。結婚会見での小室さんの同席は
今の所未定です。ただ、これ以上のバッシングを避けるため、おそらく眞子さま一人でお臨みになることになるでしょう。

結婚のタイミングは、小室さんがロースクールを修了してからですから、
来年の夏から秋にかけてということで準備を進められています。

眞子さまは、小室さんのたっての希望で、結婚後NYに移り住まわれることになるようです。小室さんの新たなキャリアが、
始まるまでには、ロースクール終了後にやはり数年かかりますから、ご自身の稼ぎで小室さんを支えていかれるおつもりです」

眞子さまは当分の間、一家の大黒柱となられるようだ。だが、ここまで国民の反対を押し切っての結婚であるからには、
これまで降嫁された元皇族の方々のように、表立って皇室に縁のある職につくのは難しいのではないか?ましてや、海外では…。

「ええ、そこなのですが、眞子さまは既に美智子さまから『現地での就職先は心配要らないわ』とのおことばを頂いているようです。
美智子さまのご実家、正田家であれば、それくらいは造作も無いことですから、眞子さまの表情は非常に明るいですよ」

美智子さまの強力なバックアップを受けて、NYへと旅立たれるという眞子さま。
眞子さまを待ち受けるのは、思い描いた理想の結婚生活か、それとも…。

970名無しさま2020/05/04(月) 14:50:16.87ID:QHuZxTqO
>>966

くどいな。
鍛冶屋も大正時代の降下も全部否定さてるだろ。
他にネタがないならもう黙ってろ。

971名無しさま2020/05/04(月) 14:51:49.25ID:QHuZxTqO
同じことを何度も繰り返して言うようになったら
自分の認知症を疑った方がいいぞ

972名無しさま2020/05/04(月) 18:53:24.32ID:nz3itgri
>>963
>つまり臣籍降下の対象になる者が
>いた場合でも、自動的に臣籍降下させるのではなく、その時々の情勢(天皇家直系の皇位継承者の有無など)に応じて、
>最終的な決定には、裁量の余地が残されていた。

大正9年の準則では、長子孫の系統は8世まで皇族、長子以外の王は臣籍降下
つまり、昭和の間に全員が臣籍降下

皇位継承問題が起きるのは、平成以降
昭和の間は旧宮家の臣籍降下を止める理由はないので、そのまま皇籍離脱していたはず

973名無しさま2020/05/04(月) 19:59:14.88ID:+zK1wHUA
>>970
ふーん
お前がわざわざ噛みついてくるて事はお前が絶対に目を背けたい事実を指摘されたからだねwww
だって世間が気にしない些末なネタだったら余裕でスルーできるはずだしなwww

974名無しさま2020/05/04(月) 22:44:42.62ID:V23RX78D
正直さ、皇族方も含めてみんな良い知恵ないんじゃね
またあったとしても憲法の制約で皇族発言できないじゃん
またいい知恵あっても本人嫌と言ったら押し付けられる?

例えば、誰かの精子の提供受けて眞子佳子シングルマザーが良いって
俺が思ったとして(神功・応神)、その意見意味あるのかね
あるいはアブラハムとサラにならって皇后陛下が高齢出産とか

975名無しさま2020/05/04(月) 23:00:09.10ID:i9Cn7ENQ
>>972
それはどうかな?戦前の皇族会議は現在の皇室会議(10人の議員中、皇族は2人だけ)とちがい、
成年以上の皇族男子全員が参加資格を持ち、皇族が会議のメンバーの圧倒的多数を占めていた。
つまり、時の政府がいくら皇族の臣籍降下を推し進めようとしても、皇族たちが反対したら、
どうにもならないシステムだった。

だから大正9年の「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」にしても、政府としては正式な法律として公布し、
強制的臣籍降下に道筋をつけたかったのだろうが、皇族たちの反発が予想されたため、
結局皇族会議での採決と法制化は断念し、あくまで「準則」(内規)という中途半端な形で妥協している。

もし敗戦とGHQによる占領がなく、戦前の皇室典範と皇室のシステムがそのまま続いていたら、
しかるべき時になり、政府が「準則」を基に機械的かつ強制的に皇族の臣籍降下を実施しようとしても、
当事者である皇族が多数を占める皇族会議でスムーズに承認されるとはとても思えない。

おそらく大紛糾の末に、各宮家の嫡子は世数に関係なく臣籍降下せずにそのまま宮家を継承、
嫡子以外の男子は「準則」どおりに臣籍降下、嫡子がいない宮家は現当主が亡くなったら断絶、
といったところが落としどころになったと思う。

なによりも明治維新以後、天皇自身が皇族の数を多少減らす必要性は認識していたにしても、
旧宮家の傍系皇族を全て臣籍降下させて失うことを望んでいたとは考えにくい。
男系による皇位継承を守るために、皇統の直系に万一のことがあったときの安全装置として、
南北朝時代から数百年にわたり、直系とは別に傍系の皇族(明治維新までは世襲親王家、
それ以降は旧宮家)を常に絶やさずに維持してきたことの重要性は十分理解していたはずだ。
なにしろご自身が、江戸時代後期に当時の皇統の嫡流が後桃園天皇の崩御によって断絶し、
急遽傍系の世襲新王家(閑院宮家)から即位した光格天皇の子孫なのだから。

現に明治天皇は、一定の世数に達した皇族は機械的に臣籍降下させることを法制化しようとしていた
伊藤博文に圧力をかけ、当初の構想を断念させて、永世皇族制を定着させたし、
明治天皇と昭和天皇は自分の皇女(内親王)を旧宮家に嫁がせ、傍系皇族との父系での血縁関係の遠さを母系で補い、
万一皇統が傍系に移った場合の「血」の正当性を担保しようとしている。

976名無しさま2020/05/04(月) 23:07:11.52ID:V23RX78D
俺が勝手に思ってる今後の展開は
K君は追放からの玉音放送(皇族方が声明、政治的な発言をなさる)
それまで俺は他のニュース、議論一切気にしない(聞き飽きた)

977名無しさま2020/05/04(月) 23:22:09.13ID:whu9X0gi
佳子ちゃんは、ご両親と同世代の男に「あなたのお嫁さんになってあげます」という
メッセージ行動をしていますが、今はメッセージ行動をしてしまったことを
後悔しているのではないかと思っています。

そんな訳で、ジジイと結婚して降嫁することと、
若い旧皇族の男との結婚を天秤にかけるなら、

見合い結婚&女性宮家を選択すると思う。

ジジイの方は、AKB48の悪事について公の場で話してくれるなら
メッセージ行動の件は不問にしてあげる考えのようです。

これですべてメデタシメデタシとなります。

978名無しさま2020/05/04(月) 23:42:13.80ID:8K/uMosl
美智子さま 「姑には皇居から出て行って欲しい」と漏らして、珍しく「夫婦喧嘩」

上皇ご夫妻はとても仲の良いご夫婦であることにだれも異論はない。ほとんど喧嘩もないが、
一度だけ大喧嘩を目撃したことがある。それは嫁姑合戦の延長戦であった。

平成から令和になり皇族方の大引っ越しが始まる。本来ならば、高輪御用邸が空いているのだから、
上皇ご夫妻がそこを利用し、これまで使われていた御所に現天皇皇后両陛下が入り、
秋篠宮ご夫妻が旧東宮御所(現、赤坂御所)に入られれば問題なかった。

しかし、美智子さまが旧東宮御所へのお引越しを大変強く望まれたため、引っ越しはかなりアクロバティックになった。

第一の問題は旧東宮御所に上皇ご夫妻が入られる場合、秋篠宮家の行き場所がなくなってしまうのである。
皇嗣となる秋篠宮殿下にとって、これまで使われてきた宮邸のままでは明らかに狭い(職員が倍ほど増加)。
そのため新秋篠宮邸を新築する必要が生じた。この総額が50億円以上となる。

第二の問題は旧東宮御所の改修工事が終わるまで、上皇ご夫妻は高輪御用邸に一時引っ越しされるが、
この高輪御用邸が狭いのだ。引退された上皇ご夫妻に広大な家を必要ないかと思われるかもしれないが、
上皇職は減員されず60人のまま。上皇ご夫妻は引退後も、現役時と同等の生活を望まれているのだ。
そのため高輪御用邸の改修工事もかなり大規模なものになってしまった。

このアクロバティックな引っ越し作業は、まさに美智子さまの“ご希望”に沿った故に起きたもので、
総額100億円以上かかる見込みである。最もシンプルな引っ越し案が採用されたならば、
皇居と東宮御所の小規模な改修工事だけで済んだはずだったのだが…。

ところで上皇職の減員が見送られた折、上皇ご夫妻には、現在使われていない吹上大宮御所を改修して
そこに移っていただく案も出た。吹上大宮御所は、もともと昭和天皇の御所として使われていたもので、
崩御後は香淳皇后の住まいとしてそのまま使われていた。

だが美智子さまはこの案を断固拒否。嫁姑の拗れは20年もの時を経ても未だ色褪せないようだ。
もちろん世間一般でも似た様な嫁姑関係はよくあるし、姑の“お古”を使いたくないという
美智子さまのお気持ちも理解できなくはない。

だが皇室内で嫁姑合戦をされると、ともかく費用が掛かる。そしてその原資は
税金である以上、配慮のある行動をとっていただきたいと願わずにはいられない。

このように令和のお引越しは大規模になったが、平成のお引越しもこれに負けず劣らず大規模なものとなった。
昭和天皇が崩御され、香淳皇后の住まいをどうするのかが重大懸案となった。当時は現在の高輪御用邸のように、
引っ越しに適した御用邸が都内になかったため事態はより複雑だった。いくつかの案が出た。

宮内庁内で最も支持された案は、昭和天皇が使われていた御所を改修し、そこに皇太后(香淳皇后)と
新天皇皇后両陛下が二世帯住宅として利用していただくというものだった。当然ながらこれが最もお金がかからずシンプルだ。

この案に天皇陛下(現、上皇陛下)は理解を示したが、これに美智子さまは激怒。美智子さまが
「怒り」の感情を表に出すことはほとんどないのだが、この時だけは違った。

「皇太后陛下には、吹上皇居から出て行ってもらいたい。那須とか葉山とか京都には
空いている御用邸があるでしょう」とはっきり仰ったのを覚えている。

この言葉に当時の天皇陛下(現、上皇陛下)もさすがに声を強めた。「父が崩御した途端、葬儀も終わっていないのに、
母を“都落ち”させるようなことはできない」と(天皇の葬儀には殯など特殊な儀礼が多くがあるため一年以上かかる)。

温和な上皇陛下が、美智子さまの言葉をさえぎって自身の感情を強く表現されることはめったにない。
この日は珍しく「夫婦喧嘩」となった。もっとも皿などが飛び交うわけではないが…。

それから数日「無言」による夫婦喧嘩を経てたどり着いた妥協案が、皇太后(香淳皇后)には
これまで住んでいた御所をお使いいただき、自分たちには自分たちの新御所を建築するというものだった。
この新御所は総工費56億円。地上2階地下1階で計62部屋と、旧御所よりもはるかに広く大規模なものになった。

この新御所建築で、皇居の自然林が大規模に伐採され、それが「美智子さまバッシング」に繋がっていく。
そう思うと、嫁姑合戦に勝利した美智子さまの悪手が、自らに、帰ってきたとも言える。

979名無しさま2020/05/04(月) 23:57:10.96ID:8K/uMosl
美智子さま「皇居の自然林伐採」の真相  メディア操作の始まり

美智子さまは、誤解を恐れず表現すれば「女優」であり、人前に出ることに大変な「喜び」を覚えるタイプであった。
ほとんど表に出てこなかった香淳皇后とは全く性格が異なる。当然、嫁姑バトルというのはあり、
お二人の仲は良くなかった。これについては散々報道されているので知っている人も多いだろう。

昭和から平成に御代がかわるや、美智子さまは速やかに皇居に住まいを新築し自分の荷物を送りこみ、
香淳皇后には速やかに御退場いただいた。

皇居に住まわれた美智子さまは、平成流に従い、昭和を過去の遺物とばかりにすべて排除しようとした。
多くの職員が配置転換となった。昭和天皇の身近に仕えていた方々は、中央から遠ざけられた。
私はこの時、まだ若く、そのため「昭和色が強くない」という理由からか、比較的、美智子さまに近しい立場に配置替された。
運が良かったのか悪かったのか…。

香淳皇后と美智子さまの仲は良好ではなかった。皇太子妃時代の美智子さまは、順列の上で
香淳皇后に頭が上がらなかったから、色々と衝突があるたびに一歩、引き下がらざるを得なかった。

皇室内において「順列」は絶対的な意味を持つ。ゆえに「皇后」になってしまえば、逆らえる人はいない。
美智子さまは「皇后」になられるや、強権を発動した。

当時の週刊誌には「最近の皇室は、皇后の意向で動くといわれ、眉をひそめる関係者も多い」などと
書かれていたが、まさにその通りの状況だった。美智子さまに仕えていたある職員は
「美智子天皇が、陛下に指示を出していましたよ」などと冗談気味によく言っていたものだ。

そんな美智子さまが皇后となり、真っ先に手を付けたことの一つが、自らが住まう御所の新築だった。
昭和天皇と香淳皇后をそのまま使用することは、どうしても生理的に受けつかなかったらしい。

そして総額56億円以上かかったこの工事は、皇居の自然林を大きく伐採し建てられた。
昭和天皇は自然を愛した方であったため、この伐採には宮内庁内で大きな反発を呼びおこした。

そもそも「もともとあった御所を二世帯住宅にして使えばよい」という考えが宮内庁では支配的だった。
だが、皇室において「順列」は絶対的な意味を持つ。“美智子天皇”の決定に異を唱えることなど誰もできなかった。

当時、皇太后であった香淳皇后は、この伐採をひどく悲しまれ動揺されていたという。当然のことだろう。
だが、脚も悪くなっており車いす生活だったこともあり、美智子さまに「忠言」することはできなかった。

美智子さまの態度はもちろん宮内庁内で更なる反発をうんだ。敬意を払った表現を用いるならば、
宮内庁は旧態依然とした場所であるため、美智子さまがあまりにも「斬新」過ぎてついていけなかったのだ。

ゆえに宮内庁職員の誰かがこの「自然林伐採」を『週刊文春』に流した。その結果生まれたのが
「美智子皇后のご希望で 昭和天皇が愛した皇居自然林が丸坊主」(93年9月23号)だ。

今でも思いだす。美智子さまはこの記事――「美智子皇后のご希望で 昭和天皇が愛した皇居自然林が丸坊主」を
眼にするや朝食を中断し、対策チームを編成して対処にあたった。まさに鬼の形相だった。

美智子さまの考えた反撃方法は次のようなものだ。この記事の中には不正確な情報が含まれている。
この点を指摘して、記事全体が「誤り」であるかのように声高に叫べば、自然林伐採も(実際には事実であったとしても)
「誤り」であると皆受け取るに違いない、というのだ。

この不正確な情報とは、具体的には「紀宮さまのベルギーお見合い」というものだ。海外公務中には
現地で様々な人と会食する。その会食のうちの一つが、間違って「お見合い」と受け取られ記事にされていた。

続いて問題となるのは「紀宮さまのベルギーお見合いが“誤りである”と誰が指摘するのか?」ということである。
宮内庁側からこれを必死に主張したのであっては「何か隠そうとしているのか?」と怪しまれかねない。
そこで美智子さまが考え出した妙案が「メディアに情報を意図的にリークして記事を書かせる」だ。

結論的には朝日新聞系列に情報が流されることになり、
その後、『週刊朝日』が美智子さまを擁護する記事を、連発するようになる。

これが、美智子さまによるメディア操作の始まりだったと言って過言ではないだろう。

980名無しさま2020/05/05(火) 00:11:35.29ID:EI53+gKU
なぜ、紀子さまは「立皇嗣できない、日本死ね」なのか  美智子さま直伝「人の不幸は蜜の味」の教え

日本で大災害が起これば、普通の国民なら、心痛めて悲しむはずだ。だが災害の速報が流れるや、
NHKに目を釘付けされ、犠牲者が多いとなるや意気揚々と「巡行」の指示をする怪物が、日本の中心、
東京の一角に潜んでいる。言わずもがな美智子さまだ。

美智子さまは犠牲者の少ない災害にはほとんど何の関心も示さない。美智子さまが関心を示すのは、
ご自身が被災地に慰安に訪れる必要があるときだけである。
言い方を変えれば、不敬ではあるが、災害の犠牲者が多ければ多いほど悦ぶ方なのだ。

平成の時代を生きた方ならば、大災害の度に、時の両陛下が被災地に慰安・慰霊の旅に赴かれ、
現地の被災者と目線の高さ同じくして言葉を交わされていた。その光景に心励まさされ、感動した国民も多いであろう。

だがあれは美智子さまが設定したショーに過ぎなかったのだ。美智子さまは大女優だ。被災地慰安は
美智子さまの絶好の好物であり、その目的は「被災者の慰安」ではなく、慈愛の皇后を演じる「自分に酔いしれる」ためである。

美智子さまにとって「人の不幸」は、“二重”に蜜の味なのだ。敢えて言いたい。美智子さまは、自己愛が強く、
国民のことなど二の次、三の次だ。このDNAをある意味、最も強く受け継いでいるのが紀子さまだ。

皇室利用を厭わない川嶋家(紀子さまご実家)の所業は、美智子さまのご実家・正田家とそっくりだ。
紀子さまの実父はパチンコ業界とねんごろであり、実弟は怪しげな団体の顧問を務めて荒稼ぎ中だ。

今回、延期となった“立皇嗣の礼”をみても紀子さまの異様性は明らかだ。すでに週刊誌などメディアが報じているように、
秋篠宮殿下ご自身は「延期」に柔軟な姿勢を示していたが、最後まで強行に拘っていたのは紀子さまだったという。

緊急事態宣言下でも“立皇嗣の礼”を強行しようとしていた精神は、もはや病人のそれとしか言いようがない。
新型コロナウィルスの感染が広まり大量の死者が出たところで、
紀子さまに取っては“立皇嗣の礼”を延期にする理由に、ならないのだ。

皇宮警察から感染者が出るやいなやすぐに延期にした理由も、
自分たちだけは感染したくないという自分勝手な心の裏表だろう。

自分さえよければ、国民がいくら苦しんでもいい、むしろ国民の苦しみこそが喜びである。
そんな美智子さまの教えを、紀子さまは、忠実になぞっているようだ。

981名無しさま2020/05/05(火) 02:13:19.94ID:kLVwg7ba
>>975
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E6%97%8F%E4%BC%9A%E8%AD%B0
>1920年(大正9年)5月15日 。東溜の間。皇太子裕仁親王(昭和天皇)は成年皇族として初めて皇族会議に参列する。

>議題は「皇族ノ降下ニ関スル施行準則ノ件」。載仁親王より、皇族会議令第9条「皇族会議員ハ自己ノ利害ニ関スル議事ニ付キ
>表決ノ数ニ加ハルコトヲ得ス」に基づき、「本案は皇族各自の利害に関係あるが、故に別段採決の必要なし」とする意見が出される。
>議長によりこの通りに決定する。

>のちに「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」は同月の19日に宮内大臣より上奏され、裁可される。これにより「伏見宮邦家親王
>の子を1世とし、長子孫の系統4世以内を除き、臣籍に降下すること」が定まる。[1]

波多野敬直宮内大臣辞職顛末
―一九二〇年の皇族会議―
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/624/624PDF/nagai.pdf
>五月一五日に延期された皇族会議が宮中で開催され、原は司法大臣として出席した。波多野宮内大臣が議案を説明し、
>山県も枢密院議長として枢密院での決議の次第を述べた。しかし、出席した皇族からしきりに質問や意見が出され、
>だんだん不穏な形勢となったが、閑院宮載仁親王が発言を求め、この問題は皇族の身上に関するので、皇族会議で
>可否の決議をとるのは不適当である。議決せずに大正天皇に奏上することにしてはどうかとの提案をおこない、 一人が
>それに賛成したところ、 議長(伏見宮貞愛親王)はその提案を採用して、皇族会議では採決せず、その旨を奏上すること
>にしたいと宣告し、皇族会議は終結した。原はその日記の記述を「是れにて面倒なりし皇族降下令準則決定せられたり」
>と締めく
くっている〔原、二三九頁〕 。

>F「皇族ノ降下ニ関スル内規ノ件附本件裁可ノ旨御沙汰伝達書」 『大正九年御下附案』枢密院会議文書(国立公文書館所蔵) 、
>JACAR(アジア歴史資料センター) 、Ref:A03033116800(第6画像から) 。
>この準則には次のような「上諭」が付されており、 大正天皇の裁可を受けたことがわかる。
>「朕茲ニ皇族会議及枢密顧問ノ諮詢ヲ経テ皇族ノ降下ニ関スル施行準則ヲ裁定シ其施行ヲ命ス
>御名御璽
>大正九年五月十九日
>                      宮内大臣」

「自己ノ利害ニ関スル議事」だから旧宮家は評決に加われないし、大正天皇が裁可して確定してるよ
皇位継承問題が起きた時には、旧宮家はもう皇族じゃなくなってる

982名無しさま2020/05/05(火) 13:18:39.86ID:uh9UAJP5
>>981
大正9年5月15日の皇族会議で「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」が審議された際、採決を行わずに、
政府の原案のまま皇族会議を通過させたというのは皇族側と政府側の妥協の産物。

多くの皇族は強制的な臣籍降下には反対だったが、あからさまに政府案を否決してしまうと、
「政府に反抗したわがままな皇族たち」というレッテルを貼られる恐れがあるし、
皇族会議の前の枢密院での審議の際に、この準則の性質は常例として準拠すべき大体のものであり、
個々の臣籍降下については、その時々の事態の緩急に応じて臨機応変に対処するという政府側の説明があったので、
「採決なし」を落としどころにして皇族会議を通過させた。

要するに、この準則は強制力を伴う法律ではなく、この準則に基づいて、ある時期が来たら
自動的に臣籍降下が行われるものではないということは政府側も皇族側も認識していた。

ちなみに皇族会議令第9条「皇族會??議員ハ自己ノ利害??ニ關係スル議事ニ付キ表決ノ數ニ加ハルコトヲ得ス」の趣旨は
例えばA親王の臣籍降下に関する議事については、A親王本人は表決に加われないということで、
臣籍降下など皇族の身分に関する議事には皇族は表決に加われず、政府及び司法関係の皇族会議のメンバーだけで
表決を行うという意味ではない。

現に「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」を審議した大正9年5月15日の皇族会議以外の皇族会議で、
皇族自らの情願による臣籍降下が審議された際には、当事者以外の皇族は表決に加わっているし、
そもそも「準則」は大正9年5月15日の皇族会議に出席した皇族たちの臣籍降下について定めたものではないから、
会議に参加した皇族たちにとっては「自己ノ利害??」に関する議事にはあたらない。だから皇族が参加して
採決をとることもできたのだが、上記のように政府との対立を避けるために、皇族側から皇族会議令第9条を持ち出して、
あえて採決を回避したというのが実情。最終的にはそういう形にするように事前に政府関係者との打ち合わせはできていた。

983名無しさま2020/05/05(火) 16:43:08.01ID:ptPAFda8
採決されてないからそもそも無効だろう

984名無しさま2020/05/05(火) 16:52:47.49ID:kLVwg7ba
>>982
>要するに、この準則は強制力を伴う法律ではなく、この準則に基づいて、ある時期が来たら
>自動的に臣籍降下が行われるものではないということは政府側も皇族側も認識していた。

すなわち、王が皇族身位令第二五条の規定にしたがって、満一五歳以上になっても臣籍降下の「情願」を行わない場合には、
天皇が臣籍降下を命じ、華族に列するものとするとされたのである。言い換えれば、満一五歳以上の王は、「情願」によるか
「勅命」によるか、いずれによるにしろ、臣籍降下するとの原則がこの「施行準則」によって定められたのである。
ただしこの「原則」には例外があり、皇玄孫である親王 I の「長子孫ノ四世以内」の王については、天皇が臣籍降下を命じる
ことはない。つまり、皇玄孫である親王の長男である王(一世)、その長男の王(皇玄孫である親王の長孫・二世)、さらにその
長男の王(同長曾孫・三世)、さらにその長男の王(同長玄孫・四世)は、満一五歳以上になって「情願」を出さない場合でも、
勅旨により臣籍降下を命ぜられることはないのである。臣籍降下を命ぜられるのは、次男以下のみであり、長子孫の系統は
皇族の身分を保持しつづけ、ようやく長玄孫の長男(五世)の世代になって、はじめて長男も含めたすべての王が臣籍降下
するというルールになっている。このルールを適用すれば、明治皇室典範にいう王(五世以下の皇孫)で成人後も皇族に
留まり続けるのは、皇玄孫である親王の長男の系統のみ、それも親王の長男から数えて四代目までの王のみに限られる
ことになる。(>>981引用先)

ただ、枢密院の審査委員会で末松謙澄、一木喜徳郎から、王の臣籍降下を強制義務化するのは、皇室典範および皇室典範
増補の法文と矛盾するおそれがあるので、「内規は一般の標準を示したるものにて、絶対に之を励行すへき性質のものに非す。
内規中其の趣旨を示す個条を設くる必要ある」との修正意見が出され、それに対して審査委員長の伊東巳代治がその趣旨を
示すには新たに条項を追加する必要はなく、ただ内規の表題を「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」と改めるだけでよいと反駁した
ので、伊東の意見にしたがい表題が変更されることになった〔倉富、五〇一頁〕。つまり、天皇が降下を命じるのは「原則」であって、
場合によっては命じないこともありうるとされたわけである。三月一七日に枢密院本会議で秘密会が開催され、委員会の修正
案を満場一致で可決した O 〔原、五〇六頁〕。(>>981引用先)

皇族会議は議決を回避したが、「施行準則」そのものは、大正天皇の裁可をうけて効力を有する内規となった。ただし、実際には
この「施行準則」が適用されて、勅旨によって臣籍降下した例はひとつもなく、これ以後の皇族の臣籍降下はすべて「情願」による
ものであった。しかし、「施行準則」の存在は、もし「情願」がなされなければ勅命が下される可能性を想起させることで、「情願」に
よる臣籍降下の慣例を定着させるに大きな効果があったといえよう。(>>981引用先)

この準則は、「情願」を促す機能を果たしていた

985名無しさま2020/05/05(火) 16:54:24.36ID:kLVwg7ba
>>982
>例えばA親王の臣籍降下に関する議事については、A親王本人は表決に加われないということで、

>そもそも「準則」は大正9年5月15日の皇族会議に出席した皇族たちの臣籍降下について定めたものではないから、
>会議に参加した皇族たちにとっては「自己ノ利害??」に関する議事にはあたらない。

閑院宮載仁親王が発言を求め、この問題は皇族の身上に関するので、皇族会議で可否の決議をとるのは不適当である。
議決せずに大正天皇に奏上することにしてはどうかとの提案をおこない、(>>981引用文)

「施行準則」を制定した宮内省側からみれば、それなりの配慮をしたつもりであろうが、伏見宮系皇族からすれば、この
「施行準則」は、一族の次男以下の臣籍降下を決定づけただけにとどまらず、自分たちの宮家があと一世代もしくは二世代
しか続かないことを決定づけるものにほかならなかったのである。(>>981引用先)

いっぽう皇族会議で議決することそのものに難色を示していた北白川宮成久王は、各宮を訪問し、「施行準則」は皇族会議の
「議員全体の利害に関する故、表決しないこと」で皇族の意見をまとめようとしていた。(>>981引用先)

波多野は、載仁親王は今回の議案が皇族会議令第九条に全面的にあてはまると解釈して表決を避けることを提議されたの
ではなく、同条の精神にしたがえば表決を避けるほうがよいと考えて提議されたのであろうと考える。(>>981引用先)


皇族会議令第九条を敷衍すれば、「皇族の身上に関する」問題は、皇族全体が当事者になるという考え
だから載仁親王はお手盛りにならないように、「皇族会議で可否の決議をとるのは不適当である」と言ったわけ

986名無しさま2020/05/05(火) 20:43:27.71ID:kLVwg7ba
>>984
>>985
訂正
〇引用元
×引用先

987名無しさま2020/05/05(火) 23:38:42.48ID:EI53+gKU
上皇ご夫妻の転居先「高輪皇族邸」に衝撃の事実 「“小室邸”になるはずでした」の証言

お代替わりから約1年、遂に上皇ご夫妻が皇居を退去された。3月19日、上皇ご夫妻は、
天皇ご一家、秋篠宮御一家のお見送りを受け、 葉山御用邸に向けご出発された。
何度も延期を重ねたお引越しが遂に着手されるということで、宮内庁職員も喜びを隠せない。

「約26年に渡り皇居にお住まいだったご夫妻が、遂に皇居を出られました。今後速やかに皇居の改修作業に入ります。
天皇ご一家が皇居に住まいを移された時こそ、本当の意味でお代替わりが完了したことになります。
その一歩が踏み出せたことに、率直に喜びを感じます」(宮内庁職員)

ただ、この件は、まだ終わったわけではない。

「現在コロナショックに見舞われている日本において、今後の経済の落ち込みが懸念されています。
こういった事態を予見していなかったとは言え、上皇ご夫妻の引っ越しに伴う
仙洞仮御所、仙洞御所(現・赤坂御所)の改修にはそれぞれ約5億円、約7億円が計上されています。

最終的なお引越し先となる赤坂をバリアフリー化し、ご老齢のご夫妻が住みやすい環境に整えるのは
理解できますが、約1年半しか住まわれない高輪にも多額が投じられたことに関する不満というのは、
未だ、宮内庁にも、多く寄せられていると聞き及びます。

今後、更なる経済の落ち込みが予見されている国内情勢を見ましても、この莫大な費用を投じた
一連のお引越し予算に関しての議論が、再び再燃しないとも限りません」

また、1年半の仮住まいとなる仙洞仮御所に関しては懸念が尽きない。そもそも、上皇ご夫妻が退去された後には、
再び“空き家”となる可能性の高い旧高輪皇族邸に、5億円もの改修予算を付ける事が可能だったか、という疑問が生じるのだ。
この件について、秋篠宮家の事情に通じる関係者は以下のように衝撃の計画があったことを話す。

「実は、まだ小室家の不祥事が明るみになる前のことですが。安倍官邸と上皇ご夫妻、秋篠宮家の間では、
高輪を将来的には、眞子さまと小室圭さんの住まいに使うという話が持ち上がっていました。

『女性天皇論』を封じ込め、男系男子による皇統を護持する構えの保守界隈の議員らにとって、
女性宮家創設が最も穏健な案です。その為、女性宮家創設の第一号には小室圭さんと眞子さまを据えて、
女性天皇議論を、次の次の世代まで先送りしようと画策していたのです。

ですから、本来高輪の改修は、上皇ご夫妻の為、そして小室さんと眞子さまのために
行われたのですが…。ご承知の通り、“小室さんの皇族入り”の道は完全に絶たれました。
なので、5億の改修は、全く以て過剰な費用だったと言えます。」

小室さんの皇族入り、更には、高輪皇族邸への入居の道筋までついていたとは衝撃だ。
1年半後、再び空き家となる高輪皇族邸を巡って、更なる騒動が起きることが、懸念されている。

988名無しさま2020/05/06(水) 00:25:55.50ID:Lngt5TJ6
佳子ちゃんは、ご両親と同世代の男に「あなたのお嫁さんになってあげます」という
メッセージ行動をしていますが、今はメッセージ行動をしてしまったことを
後悔しているのではないかと思っています。

そんな訳で、ジジイと結婚して降嫁することと、
若い旧皇族の男との結婚を天秤にかけるなら、

見合い結婚&女性宮家を選択すると思う。

ジジイの方は、AKB48の悪事について公の場で話してくれるなら
メッセージ行動の件は不問にしてあげる考えのようです。

これですべてメデタシメデタシとなります。

989名無しさま2020/05/06(水) 09:15:33.68ID:6mx9xSKp
小室皇族とかふざけるな!
三千年の日本人先祖代々の名誉にかけて絶対に許さない

990名無しさま2020/05/06(水) 11:41:22.44ID:9YXZTU/c
>>985
つまり「皇族ノ降下ニ関スル施行準則は絶対的なものではなく、
一律に強制的な臣籍降下を行うことを意図していない」という政府側の言質が取れた以上、
皇族側も採決に持ち込んで準則を否決するのは政府側との対立を先鋭化させるだけで
得策ではないという判断から、皇族会議令第九条を持ち出して、
自分たちのほうから採決を回避したということ。

結局、この準則で定められた強制的臣籍降下の対象となる者が現れる前に終戦を迎えたので、
実際にどの程度強制的臣籍降下が行われたのか、行われなかったのかは不明のままだ。

いずれにせよ、準則設定に至るまでのプロセスを見る限り、一部の者が主張する
「たとえGHQの指示がなくても、この準則によって、伏見宮系の傍系皇族は遅かれ早かれ
全員臣籍降下して皇族の身分を失っていた」という説は明らかな間違いであることがわかる。

991名無しさま2020/05/06(水) 12:19:23.17ID:9YXZTU/c
>>984
明治維新以降終戦に至るまで、情願によって臣籍降下したのは全員が宮家の嫡子ではない
次男かそれより下の者。

明治維新までは、天皇の皇子にしても、宮家(世襲親王家)の男子にしても、
嫡子以外の者は適当な年齢になったら出家して仏門に入るか、後継ぎのいない宮家に養子に入るか、
あるいは臣籍降下して後継ぎのいない摂家などに養子に入るかして、
皇族の数が無制限に増えないように調整するシステムになっていたので、
明治維新以後の宮家も嫡子以外の者が臣籍降下するのは、それほど抵抗がなかったのでしょう。

992名無しさま2020/05/06(水) 12:55:00.96ID:c28g5GfC
>>990
>いずれにせよ、準則設定に至るまでのプロセスを見る限り、一部の者が主張する
>「たとえGHQの指示がなくても、この準則によって、伏見宮系の傍系皇族は遅かれ早かれ
>全員臣籍降下して皇族の身分を失っていた」という説は明らかな間違いであることがわかる。

「満一五歳以上になっても臣籍降下の「情願」を行わない場合には、天皇が臣籍降下を命じ、華族に列するものとする」
たとえ王が「情願」を行わなかったとしても、天皇が臣籍降下を命じれば皇籍離脱しなくてはならない
何か必要性があって天皇が命じなければ皇族のまま、何もなければそのまま命じて皇籍離脱

で、「皇位継承問題」をその理由にしているんだろうけれど、「皇位継承問題」が起きたのは平成になってから
つまり、昭和の間は皇籍離脱を止める理由はないので、そのまま旧宮家は全員皇籍離脱してる、というのがこちらの反論

「たとえGHQの指示がなくても、この準則によって、伏見宮系の傍系皇族は遅かれ早かれ全員臣籍降下して皇族の身分を
失っていた」という説の「遅かれ」は昭和までのことだから、間違ってないよ

993名無しさま2020/05/06(水) 13:45:43.85ID:9YXZTU/c
>>992
そう。最終的に皇族に臣籍降下を命じるか否かの判断は天皇次第だった。

昭和天皇は自分の皇女(成子内親王)を東久邇宮家に嫁がせているし、終戦によるGHQの占領がなかったら、
他の3人の皇女も宮家に嫁がせるつもりだった。普通に考えて、他の宮家のことならいざ知らず、
自分の娘が嫁いだ宮家や、祖父の明治天皇の皇女たちが嫁いだ宮家を、自らの手で強制的に臣籍降下させて
平民にすることはなかったでしょう。

994名無しさま2020/05/06(水) 14:00:27.24ID:9YXZTU/c
>>993
戦前の制度のままだと皇族が臣籍降下したら平民ではなく華族だね。改訂

995名無しさま2020/05/06(水) 14:27:49.18ID:c28g5GfC
>>993
宮家の中で自分の女系の血筋だけを優遇したら、そちらの男系の大義名分がなくなってしまうよ
それをごまかすために全ての宮家を留めるというのなら、天皇の人格品性に問題がある

それに昭和天皇の個人的感情で昭和の間宮家として留まっていたとしても、国民が多すぎる皇族を問題にしないわけがないし、
代が替われば新しい天皇がさっさと皇籍離脱させたと思う
やっぱり皇位継承問題の前に皇籍離脱

996名無しさま2020/05/06(水) 15:33:53.19ID:DJIjMQ8G
昭和の時代はまだ現天皇と皇嗣と三笠宮の皇子が3人いたから、鍛冶屋の子孫疑惑のある(信者にとっては)誇り高い傍系伏見宮系の連中は、
昭和天皇が娘のためとはいえ臣籍降下をさせない理由はなかっただろうなwww

逆説的に言うと昭和の時代に旧宮家復帰なんていう話がなかったのが、旧宮家の連中が要らない連中だったてあかしだろ

997名無しさま2020/05/06(水) 15:37:14.79ID:DJIjMQ8G
>>993
つまり、あんたは昭和天皇的には父親の情>>>>超えられない壁>>>>君主として日本を統治する事を平気でするろくでなして言いたいんだねwww

998名無しさま2020/05/06(水) 16:23:02.60ID:DJIjMQ8G
昭和天皇は娘の為に鍛冶屋の子孫疑惑のある(信者的には誇り高い)傍系伏見宮系皇族を皇族に留め置いたはずなんだ!ていう理屈だと、
逆に言えば昭和天皇の娘を迎えなかったら皇室から追い出されてたていう認識なんだよwww
つまり鍛冶屋の子孫疑惑のある(信者的には誇り高い)傍系伏見宮系皇族の男系の血筋での正統性なんか遠すぎてないて事だよな
だって鍛冶屋の子孫疑惑のある(信者的には誇り高い)傍系伏見宮系皇族が、皇室の担う血筋だと認められていたら、
昭和天皇の娘云々とか関係なく大正天皇も裁可した皇室から追い出される内規なんか作られなかっただろうしなwww

で、次スレいるか?

999名無しさま2020/05/06(水) 16:38:27.45ID:9YXZTU/c
>>995
天皇家の歴史の中で、傍系による継承が行われた際に、父方の血縁関係の遠さを母方の血で補正するという手法は
よく使われてきた。これも父系(男系)継承の継続性と正当性を確保するためのひとつの知恵。

昭和天皇も明治天皇と同じく、皇統の直系に万一のことがあったときのための安全装置として、
南北朝時代から数百年にわたって、皇室という大きなシステムの中で、傍系の皇族
(明治維新までは世襲親王家、それ以降は旧宮家)を絶やさずに維持してきたことの重要性と必要性を
十分に理解していたと思う。だからこそ、もしも将来的に皇統が傍系の宮家に移ったとしても問題がないように、
自分の皇女を宮家に嫁がせ、傍系の血統に直系の血をあらかじめ入れておいたのでしょう。
なにしろご自身が、江戸時代後期にいったん皇統の嫡流が断絶したあとに、傍系の世襲親王家(閑院宮家)から
即位した光格天皇の子孫なのだから。

あと>>993で言っているのは、昭和天皇の娘や明治天皇の娘が嫁いだ宮家の嫡流(長男の血統)に、
準則に規定された強制的臣籍降下の対象者が出たとしても、昭和天皇が自ら臣籍降下を命じて、
その宮家を潰してしまう可能性は極めて低いということ。上記のように、自分の娘を嫁がせた宮家は
万一のときの「血のスペア」として考えていただろうから。但し、その血縁関係が近い宮家でも、
嫡子以外の次男以下の者については、該当者にはその都度臣籍降下を命じて、
皇族の数を調整していた可能性は多いにある。

1000名無しさま2020/05/06(水) 16:40:56.22ID:Vih3Hv74
>>998
全くいらない。絶対結論が出ないから。悠仁親王に子供がいないか、若しくは女子しかいない時に考えればいいこと。先送りするべし。

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