2018年10月26日 7:00 (2018年10月26日 13:15 更新) 日本経済新聞
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO36943350V21C18A0TJ1000

ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長はサウジアラビアで25日まで開かれた国際投資会議を欠席した。同国とは世界のテック企業への投資で深く協力しており、会議でも登壇予定だったが沈黙を貫いた。いまサウジとの関係をアピールすると、投資先企業が遠ざかると懸念したようだ。それでも王室との関係を保つため、首都リヤドを訪れるという折衷案を取った。

リヤドで開かれたフューチャー・インベストメント・イニシアチブで25日、運用額10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」に関する講演が開かれたが、孫氏は姿を現さなかった。登壇したのはソフトバンク傘下の投資助言会社、ソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズのパートナーであるムニシュ・バルマ氏だった。

昨年とは対照的だ。孫氏は、石油に頼らない経済改革を進めるムハンマド皇太子と並んで登壇し、親密さを印象づけた。ヒト型ロボット「ペッパー」によるパフォーマンスも披露した。

ソフトバンクは会議への出席を巡ってサウジ王室などと調整したが、直前で見送った。「ファンドの主要な投資先であるウーバーテクノロジーズのCEOが早々に欠席を表明したことは大きかった」。ソフトバンク関係者は、孫氏が不参加を決めた背景をこう語る。

ウーバーのダラ・コスロシャヒCEOは、孫氏と同じく登壇予定だったが、サウジに批判的だった記者ジャマル・カショギ氏の殺害事件を受けて11日に出席を撤回。雪崩を打つように、世界の有力企業トップが欠席を表明した。

孫氏にとって参加見送りは苦渋の決断だ。人工知能(AI)など先端技術を持つ企業をグループに取り込む投資戦略はビジョン・ファンドが要だ。米シェアオフィスのウィーワーク、中国の滴滴出行など、投資先は30社を超え、実績を積んでいる。ファンドに半分近くを出す最大の出資者であるサウジとの関係を考えれば、批判覚悟で出席する選択肢はあった。


サウジアラビア・リヤドで開かれた投資会議「未来投資イニシアチブ」の参加者(AP=共同)
ただ、殺害事件の全容が見えない段階で孫氏が前面に出れば、マイナスイメージが世界を駆け巡る。トランプ米大統領は「史上最悪の隠蔽だ」と批判し、欧州からも避難の声が相次いでいる。

孫氏は、投資会議には出席しないで批判を避ける一方、リヤドを訪れることは実行に移した。サウジ王室と関係を維持するためとみられる。米ブルームバーグ通信は孫氏がリヤドでムハンマド皇太子と会ったと報じた。今後の投資方針などを確認した可能性がある。

世界の成長企業を発掘して投資を続けたいソフトバンクにとって、地政学リスクは避けて通れない。これについてソフトバンク幹部は「殺害事件は痛ましい。だが、政治とはある程度切り離して考えないとグローバルなビジネスはできない」と話す。

ムハンマド皇太子は投資会議が開かれている最中の24日、記者殺害との関係を事実上否定した。ビジョン・ファンドに資金を出すサウジ政府系ファンドのルマイヤン総裁は投資会議で「変化に揺さぶられるのではなく変化を主導する」と、あくまで投資の流れを続けると強調した。

日本のメガバンクもサウジの投資会議に参加したように、金融機関やファンドにとって中東マネーは一定の魅力がある。だが、記者殺害事件をきっかけにサウジが混迷を深めれば、欧米のテック企業がビジョン・ファンド以外の資金の出し手を探し始める。サウジの資金力を後ろ盾とするソフトバンクの戦略は岐路に立っている。

(佐竹実)